後宮――美しくも厳しい世界
いったい、後宮はどんな世界なのか。
一応、後宮についてじいやに習った。
後宮の頂点に佇むのは、正妃。後宮の主とも呼ばれ、もっとも権力を持つ。
次なる権力者は、国王の子を産んだ母妃と呼ばれる存在。子を持つ母は強し、というわけである。
続いて、恋妃と呼ばれる、国王のお気に入りが第三の権力者となる。彼女らは国王の寝所に自由に出入りすることを許されているらしい。
そして、最下位は初恋妃と呼ばれる、後宮にやってきたばかりの新参者。
妃の生殺与奪権はすべで正妃が握っており、逆らったら最後。正妃が指先一つで「殺せ」と命じたら、中庭で処刑されてしまう恐ろしい世界だ。
まあ、暗殺者にいつ殺されるかわからない世界にいたので、その辺はあまり気にしていない。面と向かって「死ね」と言われるだけ、まだマシか。
しかし、後宮には百七名もの妃が存在する。
嫉妬や妬みが渦巻く中、国王のお気に入りに対して何もしないとは思えない。権謀術数がはびこっているのだろう。巻き込まれたりしたら大変だ。
ダルウィッシュには、なるべく親しい態度で接しないよう言っておかなければ。
後宮内は贅が尽くされた、物語の世界のようだった。
うっとりするような大理石の床や柱に、トルコ石っぽい宝石がはめ込まれた壁は美しく、ドーム状の天井にはモザイクタイルで豪奢な鳥が描かれている。
中庭には、クジャクがのっしのっしと闊歩していた。どんな世界観だ。
「じいや、すごいな!」
背後を振り返ったら、じいやの姿は遠くにあった。
「おい、どうしたんだ?」
「コノ先、入レルノハ、王ト、宦官ダケ」
「あ、そうか」
ここは後宮。男子禁制の世界だ。入れる男は、国王であるダルウィッシュと去勢をほどこした男だけ。
「ヘマーム、じいやはどうなる?」
「宦官ニナレバ、後宮ニ召シ使イトシテ、入レル」
「ゲッ!」
慌ててじいやを振り返り、叫んだ。
「じいや、去勢なんかするなよ!」
「してもよいと思ったのですが」
「絶対に止めろ!」
「ここの国では、私の教育は役に立ちませんからね」
「そんなことない! 私はじいやがいるだけで、背筋がピンと伸びるんだ。おい、ヘマーム、じいやはどうなる」
「心配スルナ」
とりあえず、じいやはダルウィッシュの近侍となるらしい。まさか、こんな所でじいやとお別れになるなんて。
「面会ハ、一日一回、サセテヤル」
「わかった」
じいやと別れ、長い廊下を進んでいく。
「あ、そうだ。エリーズとオディルまで、ダルウィッシュの妃になっているわけではないよな?」
前世で見たオスマントルコ帝国のドロドロ後宮ドラマで、主人公に仕える女性も皇帝の妃扱いされていたことを思い出したのだ。
「安心シロ。使用人ハ、妃デハナイ」
「そうか、よかった」
エリーズとオディルは私のものだ。ダルウィッシュになんか渡すわけがない。
ホッとしたところで、先へと進む。
「ちらほらと、人の気配があるな」
「宦官ダ」
ここで働く者の大半は、宦官らしい。女性だけでは、後宮の運営は難しいところがあるのだろう。
宦官の姿は見えない。おそらく、妃の前に姿を現さないよう教育されているのだろう。
たどり着いた先は、見上げるほどに大きな扉の前。
「ココハ、妃シカ、開ケルコトガデキナイ」
「魔法か!? どうやって開ける? 開けゴマ! とか?」
アラビアンナイトの世界のようだ。わくわくしながら言ったが、反応はなし。呪文は「開けゴマ!」ではないらしい。
「イフタフ・ヤー、ト言エバ、開ク」
「わかった」
すうっと息を吸い込んで、叫んだ。
「イフタフ・ヤー!」
大きな扉が、ゆっくりと開いていく。
「おお!」
すごい。本当に開いた。どんな仕組みなんだと思っていたが、扉の向こうに人の気配があった。魔法ではなく、思いっきり人力だった。夢がない。
内部は円形の部屋で、天井は言わずもがな、床まで美しいモザイクタイルだった。
あまりにもきれいすぎて、美術館や博物館にいる気分になる。とても、寛げそうにない。
百八名分、このような部屋があるというのか。
さすが、石油王。待遇がまるで違う。
部屋の端にポツンと一人、目だけ出した黒衣の衣装をまとっている女性が立っていた。
「ヘマーム、彼女は?」
「召シ使イ。ドウシテモ、妃ニ仕エタイト、望ンデイテ」
「そうか」
エリーズとオディル以外、使用人は必要ないと思っていた。しかし、この国の風習や文化など知るために必要な存在だろう。
「彼女ノ名ハ、ハーイデフ」
「ハーイデフか。よろしくな!」
片手を挙げて挨拶したが、ハーイデフは反応を示さない。
「耳が、聞こえないのか?」
「違ウ。召し使いイハ、意思ヲ持タナイ。家具ト同ジ」
「ええ、なんじゃそりゃ」
「コノ国ノ、習ワシダ」
使用人がいても、特に気にすることはない。家具がずっと同じ場所に置かれ、物としての役目を果たすように、召使いは働くだけだという。
なかなか特殊な決まりごとだ。
「陛下ハ、夜ニヤッテクル」
「え、大丈夫なのか?」
「何ガ?」
「ほら、その、順番とかさ」
「気ニスルナ。何モ、問題ハナイ」
「そうか」
そのあとの予定も、ヘマームに教えてもらった。
結婚式は明日らしい。急だが、早急に必要な儀式なのだろう。
「とりあえず、湯浴みと着替えをするか」
後宮では、自室に限り黒衣を纏わなくてもいいらしい。故郷から着てきたドレスは汗だくなので、早く着替えたい。
「よし、風呂に行くぞ!」
部屋の奥に、妃専用の風呂があるのだとか。
この風呂が、またとんでもないもので……。
風呂場は洞窟のようになっていた。じっとり湿っていて、立っているだけで汗が額に滲む。
どうやら、風呂は何部屋か分かれているらしい。
最初の浴室に入る前に召し使いが待ち構えていて、服を問答無用で脱がされる。
まず、サウナルームのようなところに通され、汗だくになるまで待機するようだ。
続いての部屋では、大理石の台に寝かせられ、ぬるま湯をドバドバとかけられる。
何やら黒い石鹸のようなものを全身に塗りたくられ、マッサージしてくれる。
これがまた、気持ちいい。うとうとする前に、お湯をかけられてしまった。
次の部屋では、アカスリが行われる。毎日きれいにしていたのに、消しゴムのカスのようなアカがでてきてびっくりした。痛気持ちいい感じで、スッキリした。
湯でアカを流したあと、泥パックみたいなものを全身に塗られ、再びマッサージしてくれる。これまた眠りそうになったが、完全に寝入るまえに冷水がかけられて目を覚ます。
最後に、薔薇が浮かんだ湯が入った浴槽に寝そべり、髪を洗ってもらう。
なんて優雅で贅沢な時間なのか。
三時間ほど入浴にかかった気がする。
全身拭いてもらい、全裸で風呂から出るとハーイデフが着替えを持って待っていた。
異国の服なので、エリーズとオディルは手伝えないのだろう。居心地悪そうに佇んでいた。
ハーイデフが服を見せてくれる。
それは、胸元が大きく開いた、ヘソ出しのドレスだった。
露出度、高すぎませんか?




