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アナザーワールド 〜My growth start beating again in the world of second life〜  作者: Blackliszt
マイナスオーケストラ 編

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378/424

07 Underground


 聖母の許しを得て、神との謁見に臨む。


 謁見の場は広場だった。

 部屋は暗い。

 だが、ぼんやりは照らし出されている。


 阿利襪の葉冠を被る動かない女性の立つ噴水が中央にあって、床は白いレンガで舗装され、噴水から7方に伸びる溝が壁の下を通って外のどこかへと流れ出している。 


 壁際には弱い光でも育つシダ植物が花壇に植えられ、花壇の一角には、見知らぬ石像が一体だけ飾られていた。

 なによりも部屋を照らす緑色の光と中央噴水の女性の手の内から溢れる黒い水に、まずは注意しなければならない。


「まだ昼なのに緑の光を纏う夜のアクロポリスとアゴラみたい」

「ミリア。黒い水には絶対に触れないで。次に瞬いた時にはリヴァイブで目を開くことになる」

「これ、もしかしてエリアEに沈んでいた霧と同じもの?」


 鋭い。まさしくその通りだが、あれよりずっと濃い。

 この黒い水からは緑色の光を放つ魔力の粒が立ち上り、蛍のように宙を漂い線香花火のように静かに儚く闇に溶けていく。

 黒い水を吸って育っているのであろう壁際の花壇の植物もわずかに緑色に発光して己の存在を懸命に主張している。


 メルクリウスでは空を見上げても星は見えない。なぜならアルカディアの大地の塔を襾の雲が覆っていているから。

 最上階は常に闇に覆われ、昼でも夜のように暗い。

 唯一の光源はスカイ苔という襾の雲を吸って育っているのだろう不思議な植物だけ。

 大地の底、空の天井に生い茂る彼らは襾から星の記憶を受け取って大地へと再現する。

 最上階を除く階層はスカイ苔に照らされているので、昼は太陽の下のように明るく、夜には星が輝く。


 クッキーベルをはじめ支援することになったアドラーというトップ冒険者たちは語る。

 最上階では下の階層で採取したスカイ苔をランタンに入れて持ち運んでいた。

 スカイ苔の発する光だけは襾を通過する。


 ここにあるシダはおそらくそれと同系統の代物だと推察される。


「エリアEの底。そこにはね、緑色の光を纏うピンクや白い花たちの畑があった」


 ミリアはシルクにEの底へと落とされていたっけ。


「あの女の人の持ってる本から黒い水が溢れてる……目を閉じて動かないけれど生きてるのかな」


 指摘通りに、黒い水は噴水の女性の手にしている開かれた一冊の本から溢れ出している。


「本から溢れてるからインクっぽい。ガントレットをはめたら触れるかも」

「霧の中なら眷属化でも動けただろう。でもこのインクに触りたいなら精霊王クラスの魔力がいる」

 

 もしくは、これを飲んで腹を壊さないドラゴンや命の属性を司る者の協力が必要になる。 


 


「ん?」




 この広場は異様だ。だが、さらに異質な物が広場の壁の一部に張り付いている。


 入口との反対側の壁だ。

 またしても扉だろうか。

 噴水の裏手の方の壁に2枚の紙が張り付いていた。


 魔力で視力を強化し、物を確認してみる。



 ……驚きすぎて息が止まってしまった。

 閉じている口が石のように開かない。


 息をのみこんで、静かに近づいて、今一度、2枚の紙に目を通す。


──1枚目。

 ピーター、カストラ、ガスパーがここに記録を残す。

 ダンジョンの中では生物に限らず、概念さえも似像である。だが真理ならぬ叡智を授かった、あるいは運んできた者は知っているだろう。この世界も原物の延長であることを。故に、全てが似像に映るのだ。我々は偶然、聖母の扉を開いた井蛙(せいあ)。未知に蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)としていた方が心地よい。x ---カストラとガスパーは空腹に耐えられなかった。わたしも携帯していた水だけで凌いできたがそろそろ限界かもしれない。喉が渇いてるのに、飲み水で溺れてしまいそうだ。薄情者!!!一緒に臆見に溺れもがこう!なぜさっさとゲートで逃げる!なにが”時は金なり”だ!知こそ金だろう!?私が伝えてやった言葉で言い返してきた2人をいい友達だと思うべきなのか?それは迷走してるだろう!やっぱり奴らは悪友の類だ!そう思わない!?これを読んでいる未来の人!……


──2枚目。

 ソフィア、マリー、シルクが書き残す。

 叡智は手に入らず。先達の方々が失敗したように、我々もまた失敗した。前に倣いわたしたちもここに記録を残し、グラウクスが殺した更明(ふめい)の音だけを持ち帰る。x---お友達にあなたの徳は教えることができませんが、学ばせることはできるとわたしは思います。決して神に与えられる徳に限らず、育むものであると、信じています。善の時も悪の時も忘れられない素敵な友情が不滅でありますように


「先客がいたんだ」と、ミリアも隣で興味深そうに文章に目を通す。


「追記の方が長げぇ……」

「たしかに。面白い人。ねぇ、この名前」

「ほんとう。すばらしいよ」

「そうだね」


 顎が外れたんかってくらいびっくりした。

 リアナ、あんにゃろうめ。これ見つけたって話したら絶対に嬉しそうに笑われる。

 中には一人だけ心当たりのない名前があるが、記録にある限りだとここに初めに辿り着いたのはピーター、カストラ、ガスパー。ミネルヴァに未知の言語が飛び交うよりも、静かに探索していたかったんだろう。カストラとガスパーはこの投機を見逃しそうにないが、おそらく発見者であるピーターに敬意を払いでもしたのか、世間に喧伝することなく口を噤むことにしたのだろう。


「……ここはなんのためにあるところ。……もしかして、ミネルヴァのすごく重要な場所」

「ミネルヴァだけじゃない。ダンジョンの血液を回収して濾す。気をつけて、こっちに来て」


 こんな暗くて陰鬱なところじゃなくて、哲学の道でも散歩しながらミリアと話したかった。

 はぁ……。ペテンの時間だ。

 ミリアと一緒に女神の前に立つ。


「女神の台座を見て」

「文字が書かれてる」

「Ἀθηνᾶ-アテナ-と書かれてる。この動かない女神こそ、アクロポリスの本当の守護者」

「アテナ……それもどこかで……あぁー思い出せない!」


 アヴェ・マリアに続き、きっとアカデメイアに所収された書物のどこかで見たのだろう。ギリシャ語で書かれてるが、ベルの記憶から地球のことを学んだリアナは読めたのだろうか?


「この像や入り口の聖母の造形にはモデルがいる。この部屋の入り口で聖杯に祈りを捧げていた聖母はソーマ。あの本を手にした女神はセーマ。そして、遠見だったんでもう一度の確認が必要だけど、ここの上に立つ巨像のミネルヴァはおそらくレテ」


 リアムはミリアに語る。

 命の三大精霊。

 命の精霊王とソーマを失った聖戦の結末と世界が失ったもの。


 そして、命の木をめぐる輪廻転生について。


「ベルは命の精霊王の代わりにエデンの所有と輪廻を巡らせる司令塔となるために眠りについた。英雄たちはベルの過ちを隠した。すべてはベルを助けるために……ベルとして戦った日登 鈴華を助けるために。ベルは神が理外より遣わした別世界の人間。そして僕もまた、日登 鈴華が生まれた世界に縁を持つ人間だ。僕は向こうの世界で死に、ベルが神と交わした契約のおかげでこの世界に生まれ変わった」


 ベルが異世界からの転生者であったことをミリアにこの口から直接話すのは初めてだった。一応は、婚約の時にブラームスの口から、僕が前世のある転生者であることは話してあった筈だ。


「転生者なのは聞いてた。でもベルとあなたが知り合いだとは思わなかった」

「はっきり言おう。彼女は初恋の人だ。そして再会を約束し、破けた人。そう思っていたけど、約を束ねる切れたと思っていた束の糸がわずかに繋がっていた。今の僕の夢は、その糸で花を束ねて”おはよう”と声をかけてあげること」

「エリシアも知らないんだよね」

「聖戦の真実も初恋の人とベルが同一人物だったことも知らない。だからもしエリシアが辛そうなら、話してあげてほしい」

「あなた、わかってる?……エリシアが辛そうならって、私がいまどれだけっ!!!辛い思いをしているのか!!!?」


 訴えかけるミリアの目線の方が、少しだけ高い。だけど、きっと越していく。その間に解決するような簡単な問題だったならば……そんなに涙しながら泣いてもらえることは、ぼくの悲劇は辛く悲しいことばかりではなかったのかな。


「回復の属性、あるいは生の属性は魔力の生成器である魂と肉体との接合によって生じる。人が誕生して初めて使う魔法は命の魔法なんだ」


 魔力に属性を与えて魔法に焚べる。人によって得て不得手があるが、生きながら死の魔力を生み出せる者は限られている。名称こそ死となっているが、それは人が死ぬときに最も生み出される属性魔力であるから。

 本質は、魂のためのエネルギーだ。

 ゆっくりと次の生までの道のりを漕ぎ出すための力だ。

 聖戦以前も、世界から生成される死の魔力のみでは魂の運航には足りず、魂に触れられる命の精霊が手ずからサポートすることで補っていた。

 現在も世界の人口は増え続けている。

 それを補うためにマルクトを通じて死属性の記録と魔力をベルへと集約し、世界からは死属性が忘れさられた。

 1年前に死んだレッド・レイザーの魂も、ベルが迎えたに違いない。


「体の数に対して、足りない魂は?」

「その分の魂は命の木に実って、もし人口が減りはじめてしまえば命の木が吸い取って蓄えてしまう」

「養分になってしまうの?」

「ある程度は吸い取られてとある存在に生まれ変わる。精霊だ」


 聖霊と精霊は本来、宇宙の誕生と共に生まれたものと命の営みによって誕生したものとの区別をつけるために作られた言葉だった。それがいつしか聖霊と精霊と契約をする人の台頭とともに統合され、精霊という呼び名が一般化された。だが、一部の妖精族など古い歴史を持つ者たちの間ではこの呼び名の区別する習慣が残ってもいる。


「聖霊は勝手に生まれたり消えたりする。精霊は周囲の魔力で育ったり、いつしかは衰えて自然の魔力に染められていきそのものとなり、命の木に吸い上げられて新しい魂になる時を待つことになる。命の木を通して、人が増え続けるといつかは世界の自然の魔力は減って、人が減り続けると世界の自然の魔力が増えていく。下位精霊、および中位精霊のほとんどは精霊で、高位精霊と精霊王たちは聖霊という場合が基本らしい。契約した下位精霊が中位精霊に昇位することがあっても、契約した中位精霊以上での昇位が滅多にないのは、そもそもの精霊と聖霊の違いによるところが多い」


 周囲の魔力に干渉を受ける、その要領で代々同一の精霊と契約し血で染めていくと、家を象徴する精霊が育つ。契約者の能力を超えることはないが、最も自分達を理解し性質の似た助けとなるサポート特化の頼もしい味方となる。

 それに対して、聖霊の魔力は非常に強力だ。

 特にアウストラリアのような属性ごとの聖霊たちを束ねる王ともなれば、代々同じ家と契約を交わすことで自らに合った魔力を持つ人間(アウストラリス)が生まれやすいように促すことさえできる。


「……あの、ウォルターのブレイフは?」

「魔力で縛る契約は互いの魔力で相手を染めるようなものなんだ。下位精霊だったブレイフはウォルターに混じり十年以上を供に過ごした。契約石によってウォルターの魔力に染められたペガサスが生まれたことで、同質の魔力を持ったペガサスにブレイフが混じり直したんだ。どちらも命ある者だ。かなり稀なケースだけれど、似たようなことは特定の強い魔力の縛りの少ない自然界で割とおこってる」

「近年数は減っているけれど、夜血森のような自然の魔力が偏りやすい場所で魔物が生まれやすかった理由って」

「……濃い自然の魔力を得ながら、動物なんかの魔力も混じり混じりに育ってしまった精霊が変質したのが魔物だ。だから魔物の体内には大なり眼に見えないほど小なり魔石が存在する。じゃあダンジョンのモンスターは?──ドロップなんて不自然の極み、意図的に作り出された魔物ってのが仮説になるんじゃないかと思う。さて、回復の魔力ってのは実は誰でも生み出せる。誰でも生まれたときに強く発する。そこで、死傷を負った肉体を再生し、命の木を巡る前の死にたての魂をそこへ再結合することだけに死で生じた死の魔力を使うと、どうなるんだろう」

「命の木を巡る分の余剰が出る?」

「そう。そしてその死の魔力の余剰こそが、今、そこに凝縮し流れている。浮力が足りず、迎える力が足りず、地上に取り残されている魂を命の木へつながる航路(レテとソーマ)へ導くための澪標(インク)だ」


 さらに、肉体と魂の再結合による命の木へ再接続をもって、無属性魔力を回復(じゅよう)する。

 ゲイルが復活するたびに魔力を回復させることができた理はこのためだった。


 魔力の再分配を行いながら、死属性と回復属性の魔力を生み出す、これらダンジョンの役割については、ブラックに聞いた話だ。


「見て。この噴水の縁を」


 リアムが指した噴水を囲う縁の装飾に混じって、文字が彫られていた。


“Pro Holmiae, campus veritatis atramento tingitur-ホルミアのため、真理の野はインクに染められる-”


「ホルミアのため、野はインクに染められる」


 この文章。真理を含むと少し意味が違って伝わる。この真実はブラックさえも知らない。なら自分も知るはずはなかった。だからミリアに全ては伝えない。


「ホルミアはかつて日登 鈴華と一条 直人がいつか一緒に行ってみたいと語らった場所のことだ」

「あっ、でもどうして先駆した人たちの書いたインクが消えてないんだろう!」


 2人だけの思い出で大方を語り終えたとリアムの雰囲気が変わったことから、時間が迫っていることを感じ取ったミリアの声が浮つく。──ここまで、リアムはミリアの手の届かないところの話をしただけだ。


「ここがミネルヴァではなく、アテナの聖域(しんぞう)だからだ」


 ピーターたちの方は思いの丈を爆発させたような内容だったから後を考えない勢いのままに感情をぶつけた結果のように思われる。一方のソフィアたちの残した内容からは、ここで記した書き物が消えないことに気づいたらしいことが文章から窺える。


「ミネルヴァに溢れている知識は、前世の僕の記憶が原料になっている。生まれつき知の書を得ながら、ミネルヴァで知の書を顕現できなかったのは、盗作者が彼女と一緒に隠したから」

「ダメ!?触ったら!!?」


 問答無用に噴水の水の中へ足を突っ込み、アテナの台座に足をかける。


 アテナの右手から本を取り上げると紙の隙間から溢れ、背表紙を伝うインクが落ちなくなった。白紙だったページに浮かび上がってきた文を読み上げる。


「叡智の書-ヌース- ノエシスによりあなたの前へ知の姿を映し出す」


 伝えるべきことだけを伝えて本は虚空へと消えた。

 

 噴水に溜まっていたインクが明るく透き通っていく。

 そして、本から溢れるインクで気づかなかった、アテナの本を持つ右手の薬指には黒色の宝石の指環が嵌められていたのだが、噴水に溜まった水が透明に変わっていくとともに部屋の灯りと同じ色で輝く宝石(ペリドット)の姿を露わとした。


 ペリドットは、太陽の石。

 そして夜輝く石、夜会のエメラルド、橄欖石。


 本を盗ると記録の紙が張り付いていた壁扉が開く。 


「女神の扉が開いた。行こう」


 指輪は取らない。奪ったら盗人と同じになるし、恐らくはフェイクだ。

 リング意匠が独特で、指に巻き付く蛇が尻尾を宝石に巻きつけている。

 そこでアテナの左手に何かヒントはないかとチラっと観察してみると、うっすらと薬指に輪の凹み跡が付いていた。

 書の名前が分別などを意味するヌースだったことも気になる。

 取った瞬間、石にでもなってしまうのではないかな……あの、花壇の石像のように。


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