チャプター1 依頼
お読みいただきありがとうございます。雨屋悟郎です。
今回はSFの中編をお届けします。
荷物ひとつ運ぶのも命がけの世界で、ニアとアストラルは何を届けるのか。
道中の掛け合いも含めて、最後まで楽しんでいただけたらうれしいです。
全6チャプターとエピローグで完結する物語です。
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それでは、『ポーターガール!!!』をよろしくお願いします。
「なんだとッ! 黙って聞いてれば、好き勝手言いやがって!──ふぐっ」
「ほらアス! 静かにしてッ! あは、あはは……」
肩の上に乗った相棒、アストラルのくちばしを押さえてニアが愛想笑いを画面に向ける。
キセキレイを模した鳥型のバイオロイドは、短気なのがたまにキズだ。
画面の向こうには、無愛想な眼鏡の男が、不愉快そうに眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。
「別に依頼を受ける必要はないぞ。それにどう見てもまだ子供じゃないか。そんなんで仕事が勤まるのか?」
「バイオロイドは若く見えるんですよ」
男の発言は容赦なく、そして多分に嫌味が含まれている。ニアの見た目も、不信感の元になっているのだ。
白髪のショートカット。
一五、六歳の少女というのが、男から見たニアの見た目だろう。人間の価値観で言えば、年端もいかない子供に見えて当然だ。
(実際は稼働を始めて三〇年を超えてるんだけどね。それでもバイオロイドの中ではひよっこだけど)
ニアは内心独りごちる。
バイオロイドは加齢による変化がないから、見た目と一致しないのは普通のことだ。
思考に気をとられた瞬間に、アストラルがニアに押さえられたくちばしを振りほどく。
「前金って言えば半値が相場だろうがッ! それをこんな格安で──ッこらっ、ニア何をする──ッ」
「何をしてるか聞きたいのはこっちだよ! アスッ! ちょっと黙ってて!! …………あははは。ニア・トランスポートサービスは安心・最短をモットーにやらせてもらってます。もちろん依頼を受けさせてもらいますとも」
慌てて暴れるアストラルを捕まえ直して半ばやけくそになりながら、笑顔を保持する。
嫌な沈黙が続いた後、男がため息をついて目頭をもんだ。
「まあ良いだろう。どうせ端金だ。おまえらも気に入らなければ好きに持ち逃げでも何でもすればいいさ。実際、過去の奴らはすべて持ち逃げしている。娘が心配するから、私としても捨て置くわけにはいかずに続けているようなものだ」
「いや私どもは……」
「別にいい。バイオロイドに何も期待はしていない」
「──ッ! ──ッ!!」
羽をばたつかせて暴れる相棒のくちばしを押さえながら、必死に口角を上げる。
「では依頼は書面の通りに。あと、娘が話をしたいそうだ。……変なこと言ったら、成功報酬カットだからな」
「え……あと……」
急に画面が切り替わり戸惑っているうちに、モニターに幼い少女が映し出される。
恐らく小学生に上がる前くらいの少女。黒髪と真っ黒な瞳が美しい。将来は美人になることだろう。
「こんにちは! あなたが今回、荷物を運んでくれるバイオロイドさんですね!」
画面一杯に映し出されたのは、黒髪の少女だった。年齢で言えば五から六歳といったところだろうか。
「てがみも入れてあります! おばあちゃんにおねがいします! カメラでかおが見られなくてしんぱいしているの!」
画面越しの少女は、真剣な表情で頭を下げる。
一瞬で分かる。めちゃめちゃ良い子だ。
なぜあの父親から、こんな天使のような子が生まれたのか分からないほどに。
「お父様より依頼内容は聞いています。おばあ様の住まわれている個人用シェルターにカメラ部品一式とこの手紙をお届けすればいいんですね」
しかしこのご時世に手紙とは随分古風だ。人々を感染者とするナノマシンが散布されて二〇〇年。
人類はシェルターと呼ばれる防護施設の中に引きこもって地上に出てくることはない。
そう聞くと人類は多大なる不便を強いられているようにも聞こえるが、シェルター内の人間には高域電子領域であるVR空間が解放されている。
VR空間では視覚だけでなく触覚や味覚を含めた五感のすべてが、現実と遜色なく再現されているらしい。むしろ、移動を伴う現実での付き合いなど面倒くさいだけだろう。
その面倒くさく、危険を伴う作業をするのが、ニアたちバイオロイドというわけだ。
「うん。おばあちゃんとVRでお話するようになったんだけど、ずっとカメラが壊れちゃってて本当の姿を見ることができないの! わたし、どうしてもおばあちゃんの顔が見たくて……」
少女の目が潤む。
確かにVR空間ではアバターを使うだろうから直接の姿とは多少は違いがあるかもしれない。
少女は祖母の本来の姿を見たいのだそうだ。現実の姿を気にするとは、人間としては変わった感覚を持った少女だ。
「すでに何回か依頼しているんですね」
「うん。でも上手くいかなかったみたい。お父さんもがっかりしてた」
(あの父親ががっかりする様子は想像できないけどね──)
内心で苦笑いしつつ娘の言葉に相槌を打つ。ともあれ、祖母のシェルターのカメラは壊れていて、何度も部品を送り続けているのだがいつも失敗している、というのは事実らしい。
父親は依頼したバイオロイドが手付金を持ち逃げしている事実を娘には伝えてないらしい。
(確かにそれが事実なら、確かにお父さんの態度もうなずけるね)
それほど多い数ではないが、不正を働くバイオロイドがいないとは言えない。だからと言ってあの態度は少し悲しいけれど。
「おばあちゃんに会えるなんていいなぁ。大変だとおもうけどよろしくおねがいします!」
「ええ。ニア・トランスポートサービスにお任せください」
少女の期待のこもった表情と共に、画面がブラックアウトした。
ニアは肩に乗った相棒のくちばしをそっと離す。
「おい! ニア! 何であんな奴の依頼受けるんだ! ったく人間はどいつもコイツもバイオロイドってだけで見下しやがって腹立たしい! それになんだ八割が成功報酬って! この界隈じゃあ半分前金なのは常識だろうが!」
途端、くちばしを解放されたアストラルがまくし立てる。いつものことだが、怒りだしたアストラルはなかなか収まらない。
「そもそもだな。人類にはVR空間があるだろうが! 実際の見た目を気にする人類がどれだけいるんだよ! いいだろそれで! オレたちバイオロイドは低域電子空間しか解放されてない上に従量制のくせに!」
「無線端末で話すと料金掛かっちゃうから、こうして公衆端末を使っているんじゃない。一度でいいからVR空間に入ってみたいよね。」
人類が暮らす都市型シェルター──楕円形の白亜の巨大ドーム。
その外周を覆うようにして形成されたバイオロイドによる街、その公衆端末の一つにニアは座っていた。
「かーッ! たく、無線端末すら遠慮して使えないって情けなくなるぜ! もっと儲けの良い仕事はないのか! ついでに言えば礼節を持った人間の依頼者で!」
ニアが一言話す間に、アストラルは一〇は喋る。そういうバード──鳥形のバイオロイドだった。
「まあまあ落ち着いてよアス。いいじゃない。わたしたちが成功すればいいってことでさ……」
怒ったときのアストラルをなだめすかす。
大抵人類はバイオロイドを見下している。それが気に食わないアストラルは依頼を受注したあとは概ねこうなる。
「お前がそんなだから足下見られるんだ! あーまったくこんな奴と根っこは同じ精神だなんて、末代までの恥だぜ……!」
「はははわたしたちは一代かぎりじゃない」
アストラルの言葉に思わず突っ込む。だってバイオロイドに生殖機能はないんだもの。
ということは自分たちが末代か、とニアは独りごちる。
そこまで考えて、アストラルが一瞬だまり込んだのに気がついた。アストラルはおしゃべりだけど、揚げ足を取られるのが嫌いだ。
まずい。なだめようとして、逆に火に油を注いだかもしれない……。
「言葉のあやって言うんだ! いいか! 成功報酬が出るまでは、ずっとジャガイモだからな! 自転車操業どころか、車輪、逆に回ってんの!」
完全にキレた様子のアストラルは、ぷいとそっぽを向いた。
会社の経理を担当するのはアストラルの仕事だ。彼がお金を出さないと言ったら、たとえマスターであるニアであっても、覆すことは難しい。
「そ、そんな〜。アス様、ご無体な…………」
ニアはへなへなと膝を突く。
だって昨日もジャガイモだったのだ。昨日の昨日も。昨日の昨日の昨日も。せっかく少しでもお金が入ったのだから、せめて一食だけでも、美味しいものが食べたい。
たとえ水だけでも三ヶ月は持つバイオロイドであっても、食の楽しみは必要だ。仲間のバイオロイドからは変な目で見られるけど、食べることって大事だと思う。
ステーキ、いやお肉の乗った丼……せめてお肉が入ったスープだけでも……。
美味しいご飯が遠ざかっていく。
「おいこら! 公衆端末の前で、うずくまるなッ! のの字を書くな!」
「──やあニア、これから仕事かい?」
そのときだ。騒ぎたてるアストラルの後ろから見知った声がニアに掛かる。
女性型にしては上背の高いすらっとしたスタイル。深紅の長髪と切れ長の瞳。バイオロイドにとって切り札となる焼却機はなんと太刀だ。それでいてこのシェルター界隈でナンバーワンの実力と名高いバイオロイドでもある。
彼女の肩にはハヤブサのバードが静かに止まっていた。
このシェルター界隈で彼女を知らない者はいない。
「リリム、ねえ聞いてよ! アストラルが、ご飯をくれないって言うの」
──惨劇のリリム。
二つ名が付くほどに高難度依頼を数多くこなしてきたベテランポーター。ニアのように運送依頼専門ではなく、感染者の討伐などの戦闘依頼もこなす、かなりの使い手だ。
ニアは、リリムのズボンの裾をつかむと泣き崩れる。
「うるせぇ! お前がつまんねー依頼ばっか受けてくるからだろうが!」
「よよよ」
「うはは。ニアは食いしん坊だからな。会うたびに飯抜かれてないか? だったら私が久々に奢ってやるよ。新人の頃以来か?」
キセキレイの罵声を浴びながら、頭髪を啄まれるニアを見て爆笑しながらリリムは言った。
赤髪の女神がココにいる。
少なくともニアには、リリムのことがご飯……いや、女神に見えた。
「ごはん! リリム様! なんでも言うこと聞きます!」
「珍しいじゃんかよリリム。ニアが独り立ちしてからは、同僚なんだからって理由で奢ってくれなくなったろ? なんか裏でもあるんじゃないか?」
「こらっアスッ! わたしのご飯……いや、ごほん。リリムに酷いこと言わないで!」
珍しい提案に不審さを隠そうともしないアストラルに、ニアが素早く切り込む。
ご飯が機嫌を悪くした………リリムが機嫌を悪くしたら大変だ。今日はもうジャガイモじゃない可能性が見えてしまったのだ。これでもし、チャンスを逃したらニアは一生立ち直れない。
「まったくマスターとバード共にいい性格してやがるぜ。おまえらを見てると、根っこの部分では同一の人格なんだとつくづく思うよ。まあ、裏ならあるぜ? デカい仕事が終わったんだ。で、これから一〇年くらいの休養に入る。で、最後の晩餐に誰かとメシでも、と思ってな」
バチバチと火花を散らすニアとアストラルに苦笑いしながら、リリムが言った。
休養、という言葉にニアの表情は硬くなる。
バイオロイドにとって休養とは、本来の休養とは違う意味を持つ。
ナノマシンの暴走によって、体組成を強制的に組み替えられてモンスターと化した人類──それが感染者だ。
今もなお増殖を続けるナノマシンによって、人類は屋外に出た瞬間に感染し、即死するか感染者となる。そんな凶悪なナノマシンに耐性を持って造られたのがバイオロイドだった。バイオロイドは空気中に浮遊するナノマシン程度では、感染することはない。
しかし、完全に感染しないわけでもない。
長時間濃密なナノマシンにさらされること。たとえばナノマシンの塊となっている感染者と戦い、体液を浴びるようなことを何回も行うと、徐々にナノマシンの浸食が進むのだ。そんなときにナノマシンの浸食率を下げるために、ナノマシンを除去するカプセルの中で長期間の眠りにつくこと。それが休養だった。
「一〇年……! そんなに感染率が上がったの?」
ニアが息をのむ。
休養で一〇年といえば結構な数字だ。
バイオロイドだって浸食率を無視していれば、いずれ感染者となる。ニアは出会ったことはないが、人間の感染者とは比べものにならないほどに凶悪な存在となるらしい。下手すれば、都市型のシェルターを破壊しかねないほどに。
「まーな。実際は七年でリスク域は離脱できる予測なんだけどさ。もう私も稼働を始めて一〇〇年になるからな。念のために長く寝ることにした」
リリムは肩をすくめる。
稼働一〇〇年というとかなりベテランの域だ。三〇年を超えて稼働してきたニアにとっては想像もできないほどに長い時間、リリムはポーターとして活動してきたのだ。
「そうか……。寂しくなるね」
ニアは肩を落とす。
リリムはニアについた教育係で、独り立ちした後も仲良くしてくれる大切な友達だった。一〇年という期間はニアにとっては途方もない時間だ。
アストラルもビックリしたのだろう。いつもは皮肉の一つも言うくせに、今はだんまりだ。
「一〇年なんてすぐさ。次起きてきたときには、ちったぁ稼げるようになれよ。アスも助けてやれや」
そのことにリリムも気がついていたのだろう。
肩の上で黙りこんでいるアストラルに、声が掛かる。
「そんなんオレがいくら諭したって、コイツが割に合わない仕事をだなぁ……!」
「アストラル。マスターを導くのもバードの役目、ですのよ。バードとマスターは元はといえば一つの精神。繋がっているんですから、マスターの不手際は自分の不手際と知りなさい」
すぐさま切り返したアストラルに言葉を返したのは、リリムの肩に乗ったハヤブサ型のバード。タークだ。
「ターク、てめっ、久しぶりにしゃべったと思ったら小言かよッ」
「こらアス! 大先輩に対してそれはダメ」
「つーん」
ニアがたしなめるがアストラルは聞く耳を持たない。
ふん、と顔を背ける。
「……まったく」
「マスターとバードは一つの精神なんだから、無意識的にせよニアもアストラルと同じような感情を持ってるってこった」
そばで見ていたリリムが、くくくと笑った。
そう、マスターである人型とバードと呼ばれる鳥型のバイオロイド。バイオロイドは必ずこのコンビとして生まれてくる。発狂防止や機能分化による最適化など色々な理由をもって生まれる一人と一匹だが、二つの精神の根っこは同一のものだ。意識の浅層に障壁を設けることによって、二つの人格を形成しているに過ぎない。
当事者のニアにとっては信じがたいことではあるが、アストラルの発言は深層無意識ではニアが思ったことでもあるのだ。
「え? いや……! そんなこと……、ははは」
ちょっと気まずい思いで作り笑いをすると、リリムは破顔した。
「ぷっ、くっくっくっ。本当に飽きない奴だな。飯にしようぜ。今日は一〇年分食うぞ!」
どうやら気分を害したわけでもないらしい。いつも行きつけにしている食堂に向かって歩き出したリリムにニアは付き従う。
あぶない。もしアストラルのせいでリリムに嫌われてしまったら、アストラルの羽を毟ってしまうところだった。
だって今日のご飯………リリムに嫌われてしまうのは余りにつらい。
(一〇年も会えないのか……)
寂しさを押し殺して、ニアは腕をまくる。
「よしっ、わたしも一〇年分!」
「ニアは明日から仕事だろうが!」
ニアが掲げた目標は、アストラルによって一瞬で潰された。




