0007 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 1
とある空間の中。
ドクン。ドクン。
「……ぅう…う……」
真っ暗で何も見えない、光を感じられない、自分の目が開いているかどうかすら分からない悠樹。唯一彼に存在の実感を持たせたのは、彼が抱きしめている馴染みきった鼓動と温もりである。
悠樹が目覚めた。彼は今自分が地面に座っていて、何か硬いものを背にしているように感じる。
「……萌花、萌花!」
彼は腕の中にいる萌花を揺さぶる。
「……ぅ……う……ゆう……き……?」
「おれだよ。大丈夫?」
「うん、たぶん大丈夫。悠樹は?」
「おれも」
「よかった……」
「うん」
お互いの姿は見えていないが、二人は相手の声に怪我のなさそうな様子を感じ取り、ほっと胸を撫で下ろす。
「でもここどこ? なにも見えない」
「うーん……おれたちも光になった?」
「みたい」
「じゃあここ天国?」
「暗い天国だよ」
「ハハ」
二人はちょっとした冗談を交わすうちに、記憶に齟齬がないことを確かめ合った。
悠樹は床に触って、太陽に照らされていたような温度を感じず、歩道橋の上ではなさそうだと考えた。さらにここは光も音もなく、空気は乾燥していて、やや息苦しいということから、彼はここは室内だと推測する。
「スマホのライトをつけよう」
悠樹がそう言って、二人はスマホを取り出した。スマホの電波は圏外のままで、時間はそれほど経っていない。
二人はスマホのライトをつけて体に問題がないか確かめると、ライトを周りへ向けた。
悠樹の推測通り、彼らがいる場所のは室内である。
丸い加工木材で組まれた天井、石造りの床と壁。木製の長いテーブルの上にたくさんの試験管やフラスコなどの化学実験器具が置かれており、暗い環境の中でライトを向けると眩しく反射した。奥には本がぎっしりと置かれた本棚と、木箱や麻袋などの雑物があった。
悠樹と萌花の二人以外には誰もいないようだった。彼らは周囲をざっと見渡したが、ドアや窓はまだ見つけていない。
「地下室?」と萌花が呟く。
「そうみたいだね」
でもなんでおれたちは地下室に? どこの地下室? さっきの超常現象は一体なんだったんだ? と、悠樹の頭には疑問が次々と浮かんだ。彼は疑問を解くためにもっと情報が要ると思い、この地下室を仔細に観察する。
ガラス製の化学実験器具には厚い埃を被っていた。それ以外のものはどれもすごく時代を感じさせるものの、それほど老朽化していない。少なくとも放棄された場所ではなさそうだと、彼は一息つく。
他も見てみようと体を起こした時、彼は足元の感触に気付く。そこには円形の図柄があり、複雑な紋様が刻まれていた。
「こ…ここれはっ!?」
悠樹が急に慌て出すのを見て、萌花も彼の視線に沿って足元を見る。
「……これは……ま……!」
「――だ…誰かいるのですか?」
「っ!!」
二人が足元のナニかを見て戸惑っている時、天井のどこかから声がした。そして悠樹は考えるよりも先に返事をする。
「はい!」
「!?」
相手も驚いたようで、少々沈黙した。
「……ど…泥棒さんですか?」
「違います!」
「……」
悠樹が即答したが、相手はまた沈黙した。
「萌花が話して。むこうは女の子みたいだから、おれを警戒してるかも」
「うん」
二人は交代した。
「こんにちはー。驚かせちゃってごめんなさい。でも私たちもどうしてここにいるのか、どうやってここから出るのかも分からないの。助けてくれませんか?」
「……」
相手は依然として何も言わない。
「うーん……やっぱり簡単には信じてくれないみたいだね。でもそれもいい。彼女(?)が誰かを呼んで来ればお互い安心できるから」
「うん……」
カッ、カギイィィー――
二人が小声でこれからどうするかを話し合っている時、天井からかすかな軋み音がした。ぱっと、一条の光が差し込み、ほこりがきらめく光の筋の中で舞う。
開かれたのは扉。地下室の階段は彼らのいる場所の角度からは死角だった。
二人がスマホをしまって階段へと駆け寄ると、中学生くらいの少女が階段口でおずおずとこちらを伺っている。
少女は細身で非力そうな体をしていた。肩まで届く淡い水色の髪が、差し込む光に透かされて、きらめくように美しい。左側の前髪が長めで左目を半分隠していた。彼女が身につけているのは、青い飾りが付いたフード付きの白い上着に黒いショートスカート。腰にはいくつかの布袋がぶら下がっていて、手に自分の背より少しだけ低い棒を持っている。
その白い棒の上部と下部には青い線で描かれた模様があり、先端にはテニスボールくらいの大きさの青白い水晶玉が嵌め込まれていた。
これは日本人の普段の装いではない。
「……コスプレ?」悠樹が心の中で呟く。
少女は明らかに悠樹と萌花を警戒していて、落ち着かない様子でその白い棒を握る。それを見て悠樹は自ら口を開くことにした。
「え…えっと……こんにちは? ここはどこなんですか?」
「……こ…ここはうちの地下室です……」
悠樹が聞きたがっているのはこの地下室の具体的な場所だった。
「聞き方が悪かった。ここは何町ですか?」
「ナニチョー……が何かは分かりませんが、ここはカールズ城、魔法薬のアトリエ『令狐』です」
「カっ……ルっ……」「魔法薬のアトリエ!」
変わった格好をした少女の口から奇妙な単語が出てきて、悠樹と萌花の反応は対照的だった。
「あ…あの、お二人はなぜうちの地下室に?」
「こちらばかり質問してすみません」
悠樹がそう言いながら萌花のほうを見ると、萌花がコックリと頷く。それを受けて悠樹は続ける。
「おれたちもどうしてここにいるのかは分からないけど、悪い人じゃないんです。どうかそれだけは信じてください」
二人の真摯な眼差しと言葉は、少女の警戒心をある程度和らげた。
「…………はい……」
現状をよりよく知るために、二人は少女の許可を得て地下室から1階に上がり、ようやく再び自然光を感じることができた。
地下室の出入り口は室内にある。二人が上がると、そこは木製の部屋だった。丸太を積み上げた壁、同じく丸太で組まれた天井、分厚い板が敷き詰められた床。家具もすべて木製。
この空間はいくつかの用途に使われているようだった。食事をするためのテーブルや椅子、オープン型キッチンエリア、他の場所へ通じる2つのドア、2階へ上がる階段と地下室に下りる階段などがある。
そして一番目立つものは壁に沿って造られたLの字の長い石造りのプラットフォームだった。その上には地下室のと少し違うガラスの瓶が置かれていて、その中には液体や粉末、或いは植物などが入っていた。また、大きな坩堝が1つ内蔵されていて、薬草などを煎じるためのものに見受ける。
それらの物品は皆長い間使われている痕跡があって、部屋の中は薬草や何か植物の香りに満ちていた。
悠樹と萌花は思わず目を見張った。このような場所はまるで……
少女は二人を座らせ、お茶を出した。なぜか自分の家の地下室にいる知らない人たちにお茶を出すなんてと、悠樹はすごく意外に思う。
その後少女も座り、三人は本題に入った。
「まずは自己紹介しますね。おれは猫森悠樹で」
「私は百合園萌花です」
「おれたちは日ほ……うん……」
悠樹が言い淀んだ。そして恥ずかしい気持ちと笑われる覚悟を抱えて、勇気を出して言う。
「おれたちは地球から来ました!」
この言葉は普通の状態で言えば呆れられて、場を気まずくさせてしまうだろう。当然のことをわざわざ言うのだから。
だけど今はそれがちょうどいいと彼が思っていた。
萌花は彼にいたずらっぽい笑みを向け、少女の返事を期待感いっぱいで待っている。それに引き換え、悠樹はこの少女が<普通の反応>をしてくれることを願った。
「初めまして。私は令狐詩織と申します。令狐が苗字で、この都市が地元です。”チキュー”(?)はこの辺りの都市ではないようですが、新しくできた村でしょうか。それとも遠いところの都市ですか」
「……ウソダロウ……」
「うん~うん~私たちはとおーいところから来たんですよ~」
悠樹は顔を手で覆いながら思考を整理する。萌花は大げさに頷いてへらへらと笑った。
まさか本当に萌花の期待通りに? と悠樹が複雑な気持ちでそれを考えている。
「で…ではお二人はなぜうちの地下室に?」
少女はさっきの問いを繰り返した。
これまでの状況から見ると、萌花が思っているようなことが起きている可能性が高いが、悠樹はまだ諦めていない。
「その質問に答える前に、確かめたいことがあります」
読んでくれてありがとうございます。
もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)




