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0006 - 第 1 巻 - 第 1 章 - 6


 二人が歩道橋から離れようとした時、近くの男性から疑問めいた声がした。二人は反射的にその男性の見つめる方向へ目を向ける。


 そこにあるのは、黒雲の形状が変化し、時計回りに内側へ窪んでいくという光景だった。


 通常、夜にでもなったかのように空が黒雲に覆われたら、人々は急いで建物の中へ駆け込むだろう。しかし空に起こっているこの未曽有で不思議な現象に、人々は好奇心に駆られ立ち止まり、空を見上げたりスマホで撮影したりしていた。


 そんな人々の注目を浴びながら、黒雲は次々と巨大な螺旋状の窪みを形作っていく。


 それらはどんどん深く、大きくなり、まるで巨大な逆さ竜巻のよう。地上の全てを吸い込みそうな威圧感があった。


 恐怖の声を上げる者もいたが、幸いそのような事態には至らなかった。


 黒雲の窪みの下にたくさんの光の玉が現れ、それらは膨らみ、輝きを増し、やがて不規則なモノへと変わる。


 モノの形も大きさも異なっていた。斜めの、縦状の、横状の、楕円形の、Xの字の……様々。また、どの裂け目も縁が不規則で、虹色の光が滲み出し、周囲の空間を歪ませている。


 最後、モノはまるで何かが引き裂かれた『裂け目』のようなものになった。


 『裂け目』から漏れる光が建物に、商店の看板に、道路に、街路樹に、そして人々を染め、周囲は微かに明るくなった。


 『裂け目』の向こうには動く景色が広がっていた。その一つを通して、遠方に巨樹がぼんやりと見えた。


 その巨樹は周りの景色と比べて途方もなく巨大だった。幹が太く真っ直ぐ、雲を突き破り頂点が見えない。幹に点在する枝や樹皮の皺がなければ、天地を支える巨大な石柱と見間違えただろう。巨樹の周りには不可思議な光がまとわり、その遠景は緑と白、そして幻想的な色調に包まれていた。


 “これはプロジェクションマッピングとかじゃないよな……”。


 と、眼前の光景を目の当たりにした人々が、そうのようなことを考えずにはいられなかった。


 数多の『裂け目』からは、日常生活はおろか、この世界のどこにも存在しない光景ばかりが映し出されていた。


 果てしない草原、延々と続く氷河、激しく噴火する火山、微かに光る水晶の洞窟、空に浮かぶ島々、未知の生物……


 人々から次々と驚嘆や驚異の声が上がった。


 「……まさか……これは……」


 眼前の光景に、悠樹の頭の中は様々な推測や考えでいっぱいになった。


 するとどこからか「やっほ~~~~~いっ!! キタキタキタぁっ! 非日常キター――!! 異世界来たああぁー――っ!!」という声が上がり、さらに悠樹をギョッとさせた。


 萌花が悠樹に体を寄せた。直射日光の熱が黒雲に遮られたせいか、この常軌を逸した現象への畏怖か、猛暑の日にもかかわらず二人は熱さを感じず、むしろ冷や汗をかいていた。


 「萌花、行こう」


 二人は再びその場を離れようとする。


 すると次の瞬間、二人が渡ろうとしていた向こう側の街道でなにかが白く光った。周りが暗いため、その閃光はとても明るかった。


 「ギャァ――ッ!!」


 閃光が消えた後、女性が叫ぶ声が響いた。


 オフィスワーク風の服装の女性が地面に倒れ込んでいた。顔は青ざめ、恐怖に震え、書類が散乱している。


 その女性の近くにいる男性が彼女を助け起こし、話しかけた。


 「どうしたんですか?」


 「い…いま……私の前にいた男の人が消えました……」


 女性は体を震わせながら返事をした。


 「なに? 消えた?」


 「はい……さっきの閃光です……あの男の人が一瞬だけ閃いたら消えたんです!」


 男性は「な、何を……変なこと言わないでくださいよ」と信じられないという口調で返した。


 「本当ですっ! あの人が目の前で消えたんです!」


 閃光に注目していた人々は静まり返っており、車両が道路を通る音以外は街が異様に静かだったため、この二人の会話は周辺からよく聞こえていた。


 「そんなこと言われても……」


 白光。


 「ぎゃあっ!!」「キャッ!」


 男性の話を遮るように、悠樹と萌花が来た側の街道からも白い光が閃いた。


 人々は視線をそちらへ向けた。そこに高校生に見える二人の少女がいる。彼女たちは目を閉じ、体を硬直させて腕で身を守る姿勢を取っていた。


 数秒後、彼女たちが目を開く。


 「大丈夫? 亜美? 佳奈?」


 「うん……わたしは平気。そっちは?」


 「私も。亜美は?」


 「亜美?」


 二人は辺りを見回す。”亜美”という連れの人を探しているようだけれど、”亜美”は現れなかった。


 「え? 亜美どこ?」


 「う…うそ……亜美……? 亜美!?」


 二人はスマホで”亜美”に連絡しようとしたが、圏外であることにすぐ気づいた。向かい側の通りでの出来事もあり、彼女たちはますます恐怖を募らせた。


 「さっき……亜美がピカッて光らなかった……?」


 佳奈という少女がおずおずと小さな声で言ったが、周囲の人々には十分聞こえた。


 人々の表情が硬くなり、顔を見合わせて不安と焦りを露わにする。店や建物の中にいた人々も騒ぎを確かめようと外へ出てきた。


 そして、3度目の閃光が不意に訪れる。


 「あっ!」「きゃっ!」


 今回の閃光は悠樹と萌花のすぐ近くだった。あまりの眩しさで二人は本能的に目をつぶり防御の姿勢を取った。先ほどの少女たちと同じように。


 二人が目を開けるとすぐに気づいた。消えたのは閃光だけではなく、さっきまでそこにいて、自分たちを黒雲の変化した部分へ見上げさせた人物もだということに。


 消えた。跡形もなく。


 辺りは水を打ったように静まり、風さえもが止んだかのよう。周囲の電器が不規則に点滅し始め、雰囲気はさらに不気味さを増した。


 「……き…消えた…………人が消えたぞっ!!」


 そしてこの息の詰まる空気の中で、誰かが、そう叫んだ。


 この一言が『閃光』の正体を完全に肯定した。


 <スマホが圏外になる>、<空に超常現象>、そして3度にわたる<人が閃光になって消えた>という出来事の連続で、人々の神経は極度に張り詰めていた。


 この言葉が恐怖のドミノを倒すきっかけにもなった。


 危険のシグナルが連鎖的に増幅され、ネガティブな感情が瞬く間に街中に広がっていく。


 夜よりも暗い街中で、4つ目、5つ目、6つ目……と閃光が続々と発生し、人々は絶叫する。


 道路上では乗り捨てられた車両、信号無視でアクセルを踏み込み衝突する車が続出し、多重衝突事故が起きて道路は完全に麻痺した。


 歩道上では必死に逃げ惑う者、家族や友人の名を叫び泣く者、ショックで呆然と立ちすくむ者もいた。


 「あああああ――!!」


 「ギャ――ッ!!」


 「どけっ! どけぇ!!」


 「ぐああ痛えっ! イテーって!」


 「うわあ゛ああ――! ぐはっ!!」


 「人が倒れてる! もう押すな! 踏むなあぁ!!」


 「な…なにが起きてるんだ!?」


 「たっ…助けてくれ――っ!!」


 「――はどこにいるの!?」


 「うああああああ――!!」


 「ママぁ――!!」


 ……


 一帯の地域でクラクションの音、衝突音、破壊音、喚く声、泣きじゃくる声、怒鳴る声、助けを呼ぶ声、様々な音や声が響き轟く。


 人々は凶暴な形相で押し合い、引き合い、倒れた者を踏み越える。秩序は完全に失われ、パニック状態に陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 ものの数分で、穏やかな日常が恐怖の深淵へと転落することを、誰が予想できただろうか。


 “此処から離れるのだ”。誰もがこう思っている。『此処』は何処までなのか、何処に行けば安全なのか分からないとしても、それを目指し行動するしかなかった。


 今いる通りの向かい側へ走る者、道に沿ってひたすら遠くへ狂奔する者、建物の中から飛び出す者、大勢で建物へ押し寄せ入り口を塞ぐ者。人々は方向も行先など分からず、ただ本能のままに逃げる。


 しかし、すでに遅すぎた。



 瞬間、夜空に輝く満天の星の如く、街の屋内外無数の閃光が煌めき出す。


 閃光は一瞬、けれど閃光体――人はその閃光と共に消えた。何も残さず、まるで最初からそこには何も存在しなかったかのよう。



 「ぐあっ!」


 悠樹と萌花も混乱の中で逃げていたが、激しい走りで悠樹の右足の古傷が疼き、バランスを崩して転んだ。


 「くそっ! こんな時にっ!」


 「悠樹!!」


 萌花が戻って悠樹を助け起こす。


 「ぐっ……ごめん!」


 悠樹はゆっくり立ち上がり、何度か右足を振って状態を確かめた。


 「もう大丈夫、行こう!」


 「まだ走れる?」


 「ちょっと痺れてるけど、気を付ければ多ぶっ……ああっ!!」


 二人が再び走り出そうとした時、彼らの身体が微かな白い光に包まれた。


 これが何を意味するか、二人は即座に理解した。


 その瞬間、世界の騒音が遠のいていく。二人には、時間の流れが蜜のように濃く、遅く感じられた。


 彼らの目に映るものはすべてがくっきりで鮮やか。元から愛らしい相手の顔が、さらに可愛く見えた。


 二人は無意識に抱き合い、そして唇を重ねた。


 一緒になれて、本当によかった。愛してる。


 口にできなかったその言葉も、きっとその口づけで伝わったであろう。


 やがて、二人も光へと変わっていった。




 読んでくれてありがとうございます。

 もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)

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