0005 - 第 1 巻 - 第 1 章 - 5
翌日。朝8時十数分前。悠樹は出掛ける支度を整え、母親の苺に事情を説明する。
「おかあさん、おれと萌花、ちょっと商店街に行ってくるね。昨夜ゲーム機が床に落ちて壊れたから、修理できるか専門店に持ってってみる。ついでにその辺りをぶらつくよ」
「まあ、そう～？ 朝ごはんはいいの？ 何時頃に帰る？」
「いい。外でなんか買って食べる。帰るのは11時くらいかな？ 修理にどれくらいかかるか分からないから、すぐ終わればそのまま帰るし、時間がかかるならまた考える。分かったら電話するよ」
「そうっか～じゃあいってらっしゃい～気をつけてね～」
「うん。行ってきます」
苺との会話を終え、悠樹は萌花の家の前に来た。
悠樹はチャイムを鳴らしたが反応がない。ジェノスと葵はもう仕事へ行ったようなので、悠樹はポケットから合鍵を取り出し、ドアを開けた。
両家は長年の付き合いで信頼し合っているため、お互い相手の家の合鍵を持っている。何かあった時にすぐに対応できるよう、互いの面倒を見やすくするためだ。
仲のいい男女の幼馴染同士の高校生はたまにいるが、ここまでいいのはそういないだろう。二人の家庭環境や関係性のよさは、他の人から見るとあまりにも良すぎると思うほどである。
悠樹は階段を上りながらスマホを確認した。萌花の「おはよう」がまだなので、彼女はまだ起きてはいない。
萌花の部屋の前に来て「萌花起きた？ 起きてないでしょう。入るよ」と言って、ノックしながらドアを開けた。
部屋の中はピンクと白を基調に、大小様々なぬいぐるみが置かれ、女の子の部屋特有の微かな甘い香りが漂っていた。
萌花はまだ寝ている。
「おきてー」
「……ぅ……ううん…………ＺＺｚ……」
萌花を起こした後、二人はまた20分ほど支度をして出掛けた。
いつものように、痴漢から身を守る姿勢で電車に揺られて20分、さらに数分歩いたら、二人は目的地の商店街に到着した。
デパートに入り、二人はゲーム機専門店を訪ねる。修理依頼書に記入し、悠樹は渡された受領証をリュックにしまった。
初めての修理依頼だった二人は、即日修理ではないと知った。順番待ちや部品の有無で、数日から2週間かかることもあるという。
幸い萌花のゲーム機の故障は軽微で、2、3日あれば修理が完了する見込みだった。それでも、予想外の待ち時間に二人は少し呆気に取られる。
ゲーム機専門店を後にして、二人はデパートのロビーのソファーに腰をかけて休憩する。
「連絡待ちだね」
「ごめん……私のせいで……」
「何言ってんの。いいから気にしないで」
＜二人一緒＞は、悠樹と萌花の行動指針だ。ゲームやアニメを楽しむオタク活動も、勉強も外出も、＜別行動＞する意味が＜一緒に過ごす＞ことの価値に及ばない限り、二人は一緒に行動する。常に一緒で離れない。
もちろんお風呂と寝るのは別々である。普段は。
そこで萌花のゲーム機が壊れたということは、悠樹も同じゲーム機で遊べないことになる。萌花はそれを申し訳なく思っていた。
「だって、RPGは1日置いちゃっただけでも進度に慣れるのにちょっと時間かかるじゃない？ こころとの距離ができちゃうていうの？ 3日も空いたら続きにくくなっちゃうよ……」
「確かにそれはあるけど。でも前作の時、おれは風邪をひいたんでしょう？ その時おれのせいで萌花も2日くらい遊べなかったんだから、おあいこってことで」
「……」
悠樹がフォローして元気付けてくれていること、萌花は分かっているが、今回の事はゲームの進度以外にゲーム機を修理するための費用もかかる上、完全に避けられる事だったから、彼女はやはり少し気が差す。
「次から気をつければいいから。ささっ、街歩こう」
悠樹が微笑みながら肩で軽く萌花にタッチした。
二人は長年一緒にいるため、相手が何を伝えたいかは言葉にしなくても理解できる。
「……もう……またこうして甘やかす……私、いつか悠樹にダメにされちゃうよ」
萌花が苦笑いで返した。
「いいじゃない」
「よくないィー」
幼い頃は萌花の背が伸びるのが早く、悠樹も小心者だったため、萌花が悠樹を守っていた。しかし今は、心身の成長と共に悠樹の背丈は萌花を追い越し、立場は逆転した。小心者だった性格もすっかり抜け、今では萌花の方が悠樹に頼ることが多くなっている。この変化に萌花は嬉しさと、どこか寂しさも感じていた。
デパートを出て、悠樹は苺に帰宅して昼食を食べると電話で伝えた。その後、二人は商店街をぶらつき始めた。
週末で夏休み中ということもあり、朝9時の商店街は人通りが多く、賑わっていた。
二人は小腹が空いたから、コロッケを買って食べながら歩く。ものを食べると、悠樹は昨夜自分たちで夕御飯を作ったことを思い出した。
「ね、今後親たちの誕生日も昨夜みたいに、おれたちでご飯作ろうか？」
「いいよ！ やっぱり悠樹もこう考えてるんだね？ みんなの楽しい顔が見れるのいいよね。次の誕生日はお父さんの番だから、練習しとこ？」
「うん。レシピ通りにやってたけど、全部思い通りにはならなかった。食材を切る技術とか……」
「ふふふふ～」
「本屋で料理の本でも買おうか？」
「いいね」
そして二人は本屋で初心者向けの料理の本を購入した。
本屋を出て、悠樹は買った本をリュックにしまい、「これでジェノスおじさんの誕生日の時に、料理のデキがもっといいものになれるでしょう。この本を読んで練習する時間があればの話だけど……うん、あるでしょう、多分」と心の中でつぶやく。
二人はしばらく歩くと、道路の向こう側に新しく開業した服装店を見かけて、見てみようと思い歩道橋に上がった。
途中、電器店の前を通りかかると、ショーウィンドウに並んだテレビに新世代VRゴーグルの広告が流れていた。それを見て萌花が悠樹に問いかける。
「例の新型VRゴーグル、興味ない？」
新世代のVRゴーグルは旧型に存在した様々な問題を解決し、性能も画質も大幅に向上している。使いやすさとおもしろさが飛躍的に上昇していて、現在最もヒットなゲームデバイスである。
「うん……あれかぁ。ちょっとは欲しいかな。でも普段はお小遣いに困らないって言っても、流石にあの値段はちょっと手が出せないよ……どうしても欲しくなったらバイトするのもありって感じ。萌花んちで」
「じゃ折半しない？ 私欲しいんだもん」
「ふーむ。今やりたいゲームあるの？」
「あるよ！ 超大人気の対戦ゲームがあるじゃない？ 自分でパーツを組み合わせた武器を使ってPvPするアレっ！ 短剣に長槍に大斧っ！ 超カッコイイし超おもしろそー！ それに現実的な効果もあるよ。やってる人がね、攻撃避けたりマップ走り回ったりで運動量が半端なくて、体鍛えられるしダイエットにもなるんだって！」
萌花が目をきらきらと輝かせながら、身振り手振りを交えて熱く語った。
ケーキ屋の娘なので、萌花がよくケーキを食べるのは仕方がない。だが太っているとは言えないどころか、むしろスタイルは良い方だ。けれど本人はとても気にしており、体重計に乗る度に強大な敵と対峙するような心境になる。
悠樹は自分たちが成長期の真っ只中にあるから、体重が増えるほうが道理だと考えているが、萌花や他の女の子たちがそんなに気にすることに理解しかねていた。
「そんなに魅力あるの」
「どれだけ食べても太らない悠樹にはわかんないわよ」
萌花は口をとがらせて、少しふくれた。
二人がゲームの話をしながら歩道橋を渡っている途中、空が急に暗くなってきた。
見上げると、いつの間にか空の半分以上が分厚い黒雲に覆われていることに気づく。さっきまで容赦なく照りつけていた日差しも、すっかり遮られてしまっていた。
すぐに雨が降り出す様子はなかったので、悠樹は日傘をたたみ、リュックにしまった。彼が夕べ天気予報を確認する時には、ここ1週間は快晴だと記憶していたが、こんな黒雲を見ると自分がなにかを見落としたんじゃないかと思った。
彼はもう一度確認しようとスマホを取り出したが、電波が圏外になっていることに気づいた。
「あれ？」
「どうしたの？」
「スマホ、電波入ってる？」
「え？」
萌花もスマホを取り出して確認する。電波状態を示すアイコンが、悠樹と同じく圏外マークだった。
「あれ？ なんで？」
悠樹がつい30分前に苺と電話をしていて、その時電波は正常だった。圏外表示の2台のスマホを見て、彼はどこかの電波塔が故障しているのかもしれないと考えた。
彼はふと、さっきのショーウィンドウの中で正常に映っていたテレビがわずか数台だったことを思い出し、歩道橋の端へ移動してあのショーウィンドウを眺めた。
今や、ショーウィンドウ内のテレビは全て砂嵐のようなノイズか、通信エラーの表示に変わっていた。「さっきまで広告流れてたのに」と、彼は小声でつぶやく。
スマホを睨みつけ、眉をひそめているのは悠樹と萌花だけではなかった。ここ一帯の通行人も少ながらずそうなっている。
黒雲が空全体を覆い尽くした。先刻までとは違い、今にも土砂降りになりそうな重苦しい空模様だ。しかし、雷鳴の音は一切聞こえてこない。
商店街の両側の店では、消灯していた明かりを点けたり、雨よけのシートを降ろしたりと、雨への備えを始めていた。
あっという間に黒雲はさらに分厚く、真っ黒に変わり、太陽の光が届いているのかさえ分からないほど周囲は暗くなった。
朝であるため街灯は点かず、人々は商店の明かりや道路を行き交う車のまばらなヘッドライトを頼りにしか周囲を見えない。この辺り一帯の地域は夜よりも暗く、重くのしかかるような圧迫感が辺りを支配した。
悠樹と萌花は胸騒ぎを覚え、同時に耳鳴りがする。
「悠樹……」
萌花が少し怖そうに悠樹の腕を組んだ。
「うん。行こう。大雨が来る」
――「なんだ？ あれ」
読んでくれてありがとうございます。
もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・｀)
