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召喚しちゃうぞ!〜四の姫と兎の隊長さん  作者: 十海 with いーぐる+にゃんシロ
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【14】ロブ隊長参上す

 

「お疲れさま、ニコラ君。次の授業を楽しみにしてるよ」

「はい」


 無事にニコラの召喚成功を見届け、ナデューは満面の笑みを浮かべて帰り支度を始めた。

 術に使うもろもろの触媒と、召喚用のチョーク大入り一箱を抱えて。


「すごい荷物だな。馬、出そうか、先生?」

「いや、その心配はないよ。迎えが来るから」


 果たしてその言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドアの外に重々しい蹄の音が近づいてきた。


「あ、来た来た」


 ナデューはひょいと立ち上がると扉を開けて外に出て行く。

 一瞬、呆気にとられた後、ダインはおもむろに先生の荷物を引っ担いで後を追った。ニコラとフロウ、キアラとちびが後に続く。


「見事よね」

「ああ、もはや本能だな、あのわんこぶりは」


 愛人の子だから。呪われた目を持った男だから。騎士として、他者に尽くさなければいけない。人の役に立たねばならない。

 根っこにあるのが、そんな悲しいまでの気遣いだったとしても……結果的に、それが彼を好人物たらしめているのも、また事実。いそいそと荷物を運ぶダインの後ろ姿を見守りつつフロウは思った。


(最近は卑屈になり過ぎることもなくなってきたし。いいんじゃないか、ダイン?)

 

      ※

 

 店の外に出たダインと、フロウと、ニコラは見た。重々しい蹄の音を轟かせ、道の角を曲がってやって来たのは黒と同じくらい、いやひょっとしたらそれ以上に逞しい、堂々たる体躯の『馬』だった。

 鞍も手綱もつけず、誰も乗っていない。

 金色の毛並み、白銀のたてがみ、顎の下になびく山羊にも似たあごひげ。筋肉の盛り上がったぶっとい四本の足を支える蹄は、二つに割れている。すらりと伸びた尾は肉厚で先端のみ毛が長く、さながらライオンのよう。

 そして額には、捩れた白い螺旋状の角が一本。


「え」

「うえ?」


 ニコラとダインは目を真ん丸にして、口をぱくぱく。ややあって同時に叫んだ。


「ユニコーンだ!」

「こーゆーでっかいのも居るんだ」


 不意打ちで出現した強力な存在に共鳴し、ダインの左目は完全に「月虹の瞳」が解放されていた。


「エルダーコーン。ユニコーンの古代種だ」


 事も無げにフロウが答える。


「あれ、こっち側の生き物だろ」

「ほう、そこまでわかるか」

「うん。境界を越えてきたにしては、何つーか……命のカラーが馴染んでる」

「森の奥ーの方は、こっちと異界の境目が溶け合ってる場所があるからな」


 ナデューは愛おしげに金色のユニコーンの首筋を撫でた。


「やあ、ノーザンライト。時間ぴったりだね」

「ぶるるるっ」


 鼻を鳴らすと、ユニコーンはうやうやしくナデューの頬に唇を寄せた。さながら口付けするように、そっと。

 四の姫は青い瞳を輝かせて大興奮。キアラとちびがくるくるとその回りを飛び回る。力の強い存在の側に居ると、彼らもテンションが上がるらしい。


「すごーい、すごーいっ、ナデュー先生かっこいい!」

「ありがとう、ニコラ君。それじゃ、また学校でね!」


 身軽にユニコーンにまたがると、ナデュー先生はさっそうと帰っていった。

 ダインぼそりとつぶやく。


「なあ、ユニコーンって処女にしか懐かないんだよな」

「ええ、そうよ?」

「ってことは、ナデュー先生ってばもしかして、どうて……」


 ごすっとフロウの肘が鳩尾にめり込む。容赦なく、深々と。ダインは声もなくうずくまり、静かに悶絶した。


「ほれ。余計な知恵回してないで、とっととニコラを送ってけ」

「ぐ……わ、わかった」

「ぴぃ?」


 金髪まじりの褐色の頭の上に、のしっとチビが乗っかる。


「とーちゃん?」

「……うん、大丈夫だから」

「ぴゃあ!」


 一方でニコラは両手を組み合わせ、うっとりと見つめていた。黄金色のユニコーンに乗ったナデュー先生の後ろ姿を。


「いいなあ。ナデュー先生、かっこいいなあ」


 ユニコーンと乗り手の姿は徐々に小さくなり、やがて角を曲がって見えなくなった。

 

      ※


 四の姫ニコラは、騎士ダインに連れられ、意気揚々と帰途についた。初めて召喚した使い魔を連れ、黒毛の軍馬の背に乗って。しっかりと胸に、水色のリボンを首に巻いた呪術人形を抱きしめて……。


「まさか、アレが気に入るとはなあ」


 やれやれと肩をすくめながら思い出す。水色の巾着袋に刺繍されていた、この上もなく精密、かつリアルな『死んだ魚』を。見ていて鱗のざりっとした感覚まで克明に指先に蘇りそうな逸品だった。

 ついしみじみ見ていたら、目を輝かせて言われてしまった。


『ね、ね、師匠。今度師匠にも作って来てあげようか?』

『はは、そりゃ嬉しいね』

『モチーフは何がいい? キノコ? 虫? それとも魚? ゼニゴケとか、サルノコシカケもいいよね。細かくて、刺繍しがいがある!』


 何だってそっち方面に興味が行くのか。年ごろの女の子にしては珍しいが、観察眼の鋭さと手先の器用さはずば抜けている。


『……ハーブがいいな。ラベンダーとかミントとか、フェンネルとか』

『わかったわ!』


 何のことない、モチーフを指定しとけば問題はないのだ。

 一番上の姉さまから刺繍を習ったと言っていたが、最初の『作品』を見た時、一の姫はさぞかし肝を潰したことだろう。 

 

(やっぱり、あの子は魔法使い向きだねえ。あらゆる意味で……)


 くつくつと思いだし笑いをしていると。ふと、食い入るような視線を感じた。ちっちゃいさんかと思ったが、どうやら違うようだ。方向と気配から察するに視線の出所は、おそらく店の外。

 顔をあげると……窓越しに、ばっちりと目が合った。金髪に薄いスミレ色の瞳、鋭い目つきの背の高い男。ダインを見慣れているとどうも細く見えてしまうが、それにしたってかなり体格はいい。

 顔や腕に残る傷跡からして歴戦の強者。傭兵か兵士か、そんな所だろう。

 男はぎょっとしたようだった。足早に窓を離れる。

 と思ったらドアから入ってきた。


「いらっしゃい」


 だっかだっかと床板を踏みならす、頑丈そうなブーツは見覚えがある。ダインやシャルダンが履いているのと同じ、西道守護騎士団の官給品だ。


(ってことは、こいつ、騎士か?)


 制服こそ着ていないが、立ち居振る舞いはきびしきびして、どこか堅苦しい。全ての騎士団員を見知っている訳ではないが、街に来て間も無いなと感じた。着ている服や髪形がどことなく、ここいらの流行りと違っている。だが王都の人間にしては、今一つ洗練されていない。

 この、適度にくったりしたゆるめな着こなしはもっと東の……交易都市の方の流儀だ。


(ん? あれ? ちょっと待てよ?)


 何かが記憶に引っかかる。東から来た男。東から届いた薬草。南の海の貝殻も、赤いロードクロサイトも交易都市なら容易に手に入る。


(ひょっとして、こいつは……)


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