1話 妹弟(きょうだい)との再会
ノーチェは夜会に参加するため、ポラール王国を訪れていた。今日は祝福の共同研究が始まることを祝っての夜会だ。
彼女は白く聳え立つ城を見上げる。――暗く冷たい十年を過ごした城を。手が震える。落ち着こうと手をさすっていると、隣にいたアルバがその手をそっと握った。その温かさに力が抜ける。
「……怖い、な」
「じゃあ、入るのやめとく?」
「……アルバ、だめだよ」
アルバが軽口を言う。ノーチェは小さく笑った。
「……大丈夫。がんばる、から」
「無理しないでね。無理そうなら、攫ってでも帰るから」
「……お仕事は、ちゃんとしないと」
ノーチェは一度深呼吸をする。そして、一歩踏み出した。
シャンデリアの灯り、人々のざわめき、演奏される音楽。煌びやかな会場の中、ノーチェは挨拶回りをこなす。その最中だった。
「……あ」
ルナリアとすれ違う。足が止まりかける。思わず振り返る。彼女は笑みを浮かべていた。隣にはカントもいる。
「ちょっと疲れてきた。休憩していい?」
「構いませんよ。……あちらに海老の軽食が」
「もしかして甘酢漬けかしら。あれ、美味しいのよね」
かつてのような作られた笑みではない。本当に楽しそうに笑っていた。
(……よかった。……大事にされてるんだ……)
ノーチェは小さく息を吐いた。
「殿下、ご機嫌麗しゅう」
「……君か。久しいな」
クラロの挨拶が聞こえてくる。そちらに視線を向けた。彼は背筋を伸ばし、挨拶をこなしている。隣には少女がいる。彼女がイルシオンなのだろうか。挨拶が終わり相手が離れたタイミングで、イルシオンが口を開いた。
「彼は羊公爵ね。柔らかく見えるのに、声を聞くと安心するの」
ノーチェの脳裏に、穏やかな羊の老紳士の姿が思い浮かぶ。クラロは「相手に聞こえるぞ」と嗜めてから口を開いた。
「彼はリーダー羊だ。群れの動かし方を知っている」
ノーチェはクラロへ視線を向ける。彼女の知っている彼は、あんな冗談を口にする人ではなかった。……あんなふうに、柔らかくはなかった。
「……二人とも、幸せそうだ」
彼女は表情を緩め、ぽつりと呟く。アルバは怪訝な顔で「ノーチェ?」と顔を覗き込んだ。
「その、えっと。……二人とも、もう大丈夫、って思って」
「妹弟達のこと? ……話しかけちゃう?」
ノーチェはほんの一瞬だけ言葉を失う。……足が動かない。
「……いい……のかな……」
「きっと大丈夫だよ」
ノーチェは一度、ぎゅっと手を握りしめる。
「……うん。……行く」
彼女はこくりと頷く。……少しだけ、視線を彷徨わせた。
「……アルバ、その……。……一緒に来て」
「もちろん! じゃあ、行こうか」
アルバはノーチェの手を取って歩き出す。彼女は一瞬だけ足を止めかけ――それでも、歩き出した。
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