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夏休みの山奥に洋館でタイムスリップしたら、死体が転がってた。〜棋士の紋章と因果の詰み〜  作者: lavie800


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第一話

挿絵(By みてみん)

「逃げろ。あいつが来る。赤いあの、あいつが」


脳裏にこびりついて離れない、あの掠れた断末魔は何だったのか。二〇二四年、八月。都心から離れた山奥の空気は、暴力的なまでの陽光を放ちながらも、その縁にはどこか不吉な緑色の絵の具を溶かしたような、不自然な色が混ざり始めていた。


三島美鶴は将棋をこよなく愛し、女流棋士になる夢を持っている都内の高校生だ。そして私は吉川早月。彼女のクラスメイトであり、自分で言うのも何だが剣道の腕前が抜群の男子高校生である。将棋は初心者だが、美鶴と同じ将棋部に入ることにした。早月と書いてサツキではなくソウゲツと呼ぶ。一応、語り手として、あのひと夏の不思議な思い出を書き記すことにした。

美鶴は私のことをソウと呼ぶ。瞳が大きく鼻筋も整い、美少女と美女の端境にいるような独特の存在感がある。ツインテールにまとめた髪も、彼女の勝気な性格によく似合って魅力的だ。

今回の夏山合宿は、私と美鶴、それにクラスメイトの田口と大内の四人で、顧問の先生が所有する古びた洋館で行われる予定だった。田口と大内は夕食の買い出しのため、少し遅れて合宿所にやってくる。私は将棋の駒と盤を入れたリュックサックを担いで山道を歩いていた。念のために防災グッズも詰め込んでいるが、重みが肩に深く食い込む。

山頂の洋館に近づくにつれ、雲行きが怪しくなり、生暖かい風が湿気を帯びて吹き荒れてきた。目の前に巨大な吊り橋が現れる。その手前には、どこかの会社の保養施設か診療所らしきコンクリートの建物が、廃墟のように静まり返っていた。

定年間近の顧問、滝音たきおん二郎先生が私たちに声をかける。

「もうすぐじゃ。この吊り橋を渡れば、ほれ、あの洋館の建物がゴールじゃ。先に鍵を開けるから後から来なさい。それから早月、この手紙をしばらく預かって欲しい」

二郎先生の差し出した封筒が私の指に触れた瞬間、真夏だというのに氷のような冷たさが伝わってきた。それはまるで、生者の熱を拒絶する死者の体温そのものだった。私は得体の知れない悪寒を感じながら、その手紙をリュックの奥へと仕舞い込んだ。

「わかりました、顧問。そう言えば、高校の別のクラスの女生徒が行方不明になったと噂がありましたよね。見つかったのですか」

私が尋ねると、二郎先生は表情をぴくりとも動かさず、深い皺の刻まれた顔で答えた。

「家出をしたようだ。しばらく旅に出るというワープロの手紙が家に着いたらしい」

先生の兄は、かつて剣道部と将棋部の顧問を兼任していたらしい。先生は定年間近とは思えない健脚で、坂道を駆け上がっていく。夏の蒸し暑い空気が重く澱んでいる。この洋館では数十年前に不可解な事件が起きたと、剣道部の先輩から聞いていた。

「美鶴、この洋館って不思議な噂があるんだよ。夜になると女の悲鳴が聞こえるとか。まあ、怪談話を誰かが広めたようだが」

「妙な雰囲気だけれど、落ち着いて対局できそうでワクワクするわね」

美鶴は不敵な笑みを浮かべ、不気味な緑がかった空を見上げた。先生の姿はすっかり見えなくなった。私は吊り橋の前で立ち止まる。実はかなりの高所恐怖症なのだ。

「行くわよ。何、震えているの」

美鶴が私の顔を覗き込んで笑う。

「エスコートしなさいよ。特別に許可してあげるわ」

美鶴の細い指先が私の手と触れ合った。その温もりに私は顔を赤らめ、吊り橋の怖さを一瞬だけ忘れた。彼女の手を握りしめ、度胸を決めて足を踏み出した時、不意に彼女と初めて出会った中学時代の記憶が脳裏をかすめた。

中学時代、私は剣道で初段を取った翌日、祖父に連れられて将棋道場へ行った。そこで出会ったのが美鶴だ。彼女は北山という二十代の女流棋士と盤を挟んで向き合っていた。北山先生を相手に、美鶴は平手で対等に渡り合っていた。爛々と対抗意識を燃やす彼女の瞳に、私は気圧された。彼女のうなじには小さな赤い痣のようなものが透けて見えていた。北山先生がそれを見つめ「赤龍の紋」と驚愕していたのを覚えている。

美鶴は私を見つけるなり「弱すぎる」と言い放ち、駒落ちで私をコテンパンにした。

「貴方、どこかで会ったことない?」

その言葉の真意を測りかねたまま、私たちは同じ高校へ進学し、今こうして手を繋いでいる。

その時だった。空を裂くような激しい雷鳴が轟いた。視界が真っ白に染まり、足元の吊り橋が激しく波打つ。私は反射的に美鶴の身体を引き寄せ、力任せに抱きしめた。

「きゃっ」

短い悲鳴と共に、美鶴の柔らかな身体が私の胸板に叩きつけられる。凄まじい落雷の衝撃に、私は無我夢中で彼女を抱きすくめていた。湿り気を帯びた美鶴の細い腰に腕を回し、顔を彼女の首筋に埋める。雨と汗の混じり合った、彼女固有の甘く熱い香りが鼻腔を突いた。

密着した彼女の身体から、驚くほどの熱量と脈動が伝わってくる。薄いブラウス越しに、まだ発育途上ながらも確かな弾力を持った彼女の胸の膨らみが、私の胸を強く圧迫した。恐怖と興奮で、美鶴の呼吸が激しく上下しているのが分かる。そのたびに、ブラウスの下に隠された彼女の柔らかな肉が形を変え、私の身体を弄ぶように押し付けられた。

落雷の閃光の中で、彼女のうなじにある赤龍の紋が、まるで生き物のように赤黒く脈打っているのが見えた。同時に、濡れた生地が彼女の白い肌に透けて吸い付き、繊細な下着の輪郭と、その奥にある未熟な乳房の膨らみをあられもなく浮き上がらせている。寒さか衝撃のせいか、尖った乳首が布地を内側から鋭く押し上げ、私の肌にその硬い感触を刻みつけた。

「ソウ、苦しいわ」

美鶴の声が耳元で熱く弾けた。彼女の吐息が私の首筋を焼き、抱きしめる腕に一層の力がこもる。私は彼女の柔らかな肉体の感触を全身で受け止めながら、このまま時間が止まればいいとさえ願っていた。

ふと目を開けると、世界は一変していた。

先ほどまで廃墟のようだった診療所の建物が、まるで塗り直されたばかりのように真新しく変わっている。壁の色も、窓のサッシも、数秒前とは明らかに時代が異なっていた。吊り橋を渡りきり、私たちは導かれるように洋館の扉を開けた。広間にはうっすらと明かりが灯っていたが、私たちが一歩足を踏み入れた瞬間、背後の扉が重い音を立てて閉まり、全ての光が消失した。

「ちょっと、何よこれ」

「顧問、悪ふざけはやめてください」

暗闇の中、奥の部屋から生々しい呻き声と物音が聞こえてきた。

「先生に何かあったのかも、早く助けないと」

私はリュックから懐中電灯を取り出し、美鶴と共に音のする方へ走り出した。辿り着いた古びた書庫の前で、一人の老人が倒れていた。

「先生、大丈夫ですか」

美鶴が駆け寄るが、ライトの光が照らし出したのは、絶望的な光景だった。倒れていたのは、滝音二郎先生によく似た老人、滝音太郎タキオン・タロウだった。しかし、その首と胸には鋭利な刃物が深々と突き立てられている。部屋中に鉄錆のような血の臭いが充満し、床を這う血溜まりがライトの光を不気味に反射していた。

老人は既に息絶えていた。扉も窓も内側から施錠された、完全なる密室の中での死。美鶴が必死に心臓マッサージを試みようとしたが、その手は血に染まり、身体は既に冷たくなり始めていた。

突然、洋館の扉がガタガタと激しく震え始めた。二十四年前の夏。私たちの終わらない合宿は、最悪の密室殺人と共に幕を開けたのだ。

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