第百八十四話 帰還開始――だが道中すら平和じゃない!?
アルヴェリア王立士官学園。
長きにわたる――
いや、学園側からすれば“永遠にも感じられた”騒動の日々は、ついに終結を迎えようとしていた。
正門前。
大きな馬車が数台並び、出発準備が進められている。
学園関係者たちは、皆そろって同じことを思っていた。
(帰る……!)
(ついに帰る……!!)
(学園が平和になる……!!!)
もはや卒業式より感動的である。
「……皆さん、泣いてません?」
アリアが小声で呟く。
「気のせいではありません」
リリア、即答。
「実際かなり泣いてます」
「そんなに……?」
「お嬢様」
カティアが静かに微笑んだ。
「学園側の方々、“これで校舎が増築されずに済む”と安堵しております」
「増築……?」
「“妹専用快適通路”建設計画です」
「……お父様」
視線。
アレクシス伯爵、サッと顔を逸らす。
「いや、だってな?」
「だって、ではありません」
レイナ夫人、冷たい。
「そもそも、なぜ学園に“アリア専用休憩サロン”を作ろうとしたのです」
「長旅で疲れるかもしれないだろう」
「来ない予定でした」
「だが“可能性”はあった」
「ありません」
「ゼロではない」
「ゼロです」
夫婦漫才みたいになっている。
その横で。
「アリア、こっちな!」
「いや俺の隣だろ!」
兄ィズ、始まる。
「お兄様、まだ乗ってませんわよ?」
「乗る前から決めとかないと危険なんだ!」
「何がですの?」
「座席戦争」
「そんな戦争起きません」
「起きる!!」
即答。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして。
――起きた。
「アリアは真ん中!」
「いや俺の隣!!」
「いや父としては私の視界内が望ましい」
三方向からの主張。
完全に包囲されるアリア。
「……あの」
「「「なに!?」」」
声が揃った。
「近いです」
三人、ハッとする。
「すまん!」
「悪かった!」
「失礼した」
即謝罪。
しかし五秒後。
「いやでも真ん中が安全――」
「窓側は寒いかもしれない!」
「段差は大丈夫か!?」
再開。
レイナ夫人、こめかみを押さえる。
「……あなたたち」
低い。
「はい」
三人、直立。
「静かにしなさい」
「「「はい!!」」」
一瞬で静かになった。
だが。
三秒後。
「アリア、膝掛けいるか?」
「クッションも追加する?」
「飲み物は?」
静かに騒ぎ始めた。
「変な進化しないでくださいません!?」
アリア、ついにツッコむ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一方。
「……帰れますね……」
ミーナが、じーん……と空を見上げていた。
「長かったわねぇ……」
アシュリーも遠い目。
「精神的には三年くらい居た気分です」
アネット、真顔。
「実際は数か月です」
リリアが訂正する。
「体感がおかしいのよ……」
そんなメイド隊の前で。
「アリア、疲れてないか?」
「眠くない?」
「馬車酔いは!?」
まだやっている。
「……カティア」
「ええ」
二人、同時に頷く。
「縛りますか?」
「まだ早いです」
怖い。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ようやく馬車が動き出す。
ガタゴト、ガタゴト。
街道へ出ると、窓の外には草原が広がっていた。
「わぁ……」
アリアは小さく目を細める。
春風。
柔らかな陽射し。
遠く見える山並み。
...穏やかな景色であった。
その隣では。
「寒くないか?」
「平気です」
「ほんとか?」
「本当です」
「膝掛け増やすか?」
「増やしません」
ノアである。
さらに反対側。
「お菓子食べる?」
「さっき食べましたわ」
「じゃあ別のお菓子」
「増えてますわよね?」
レオンである。
向かい側。
「水分補給は大事だ」
「お父様、もう飲みました」
「もう一杯」
「飲みません」
アレクシスである。
(うるさい……)
レイナ夫人、静かに目を閉じる。
(本当にうるさい……)
だが。
ちらり、とアリアを見る。
アリアは困ったように笑いながら――
どこか、嬉しそうだった。
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(……まったく)
レイナは小さくため息を吐く。
この人たちは、本当に加減を知らない。
娘から少し離れただけで大騒ぎし、
学園を巻き込み、
周囲を振り回し、
果てには他国から“引き取り願い”が届く始末。
普通なら呆れる。
いや、実際かなり呆れている。
――けれど。
「アリア」
「はい?」
「……楽しい?」
不意に問われ、アリアはきょとんとした。
そして。
ちらり、と三人を見る。
「アリア、これも食べるか?」
「毛布もう一枚あるぞ!」
「眠いなら肩貸すぞ」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人。
その後ろで、頭を抱えるメイド隊。
完全にいつも通り。
でも。
「……はい」
アリアは、ふわりと笑った。
「なんだか……安心します」
その言葉に。
レイナは少しだけ目を細めた。
「そう」
困った家族だ。
騒がしくて、落ち着きがなくて、
溺愛が重くて、加減も知らない。
でも――
この子は、それをちゃんと分かっている。
そのうえで、嬉しそうに笑っている。
だから。
(……まあ、いいでしょう)
少しくらいなら。
本当に、少しくらいなら。
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――その直後。
「アリア!!」
「はい?」
「揺れた!! 大丈夫か!?」
「普通の揺れですわ!?」
「止めろ御者!!」
「止めません!!」
馬車、急停止しかける。
「あなたたちぃぃぃ!!」
レイナ夫人、ついにブチ切れた。
「街道のど真ん中で何をしているのですかぁぁぁ!!」
「「「すみません!!!」」」
メイド隊。
「ああ……帰ってきた感ありますね……」
ミーナ、しみじみ。
「わかる」
アシュリー、深く頷いた。
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こうして。
レイフォード家の帰還道中は――
平和とは程遠く。
騒がしく。
騒がしく。
とにかく騒がしかった。
けれど。
馬車の中には確かに、
温かな笑い声が満ちていたのである。




