第百八十三話 母、降臨―― そして全てが終わる(予定)!?
アルヴェリア王立士官学園――正門。
石畳に、馬車の車輪が静かに止まる。
その音だけで、空気が変わった。
「……来たか」
低く、短く。
アレクシス・レイフォード伯爵は、腕を組んだまま門前に立っていた。
その後ろ。
「やばい(確信)」
「終わった(確定)」
ノアとレオン、すでに半泣き。
さらにその後ろ。
(終わった……でも助かる……)
メイド隊、複雑な安堵。
――そして。
馬車の扉が、開く。
コツ、コツ、とヒールの音。
先に降り立ったのは――
レイナ・レイフォード伯爵夫人。
優雅。
静謐。
そして――
圧倒的な“母”の威圧感。
「……なるほど」
その一言で、空気が凍る。
続いて。
「失礼いたします」
ふわりと現れる、小さな影。
「……アリア様……!」
ミーナの声が、かすかに震えた。
その瞬間。
「アリア!!」
「アリアァァァ!!」
――兄ィズ、解き放たれる。
ダンッ!!
ドドドドドドッ!!
一直線に突っ込む二人。
「会いたかったぁぁぁ!!」
「元気だったか!? 怪我は!? 寒くない!? 食べてる!? 寝てる!?」
情報量の暴力。
「お兄様、落ち着いてください」
アリア、にこやか。
だが――
「落ち着けるわけあるかぁぁぁ!!」
無理だった。
抱きしめる。
撫でる。
確認する。
もう一度撫でる。
「軽くなってないか!? いや軽い!!」
「誰だちゃんと食べさせてないのは!!」
「食べてます」
「足りてない!!」
「足りてます」
「足りてない!!(確信)」
そのやり取りの隙間を――
スッ……
アレクシス、侵入。
「アリア」
「お父様」
次の瞬間。
兄ィズごと、まとめて抱き込まれた。
「無事でよかった」
低く、重く、しかし確かに柔らかい声。
ぎゅ、と力が込められる。
「……会いたかった」
ぽつり。
その一言に――
ノアとレオン、静かに頷いた。
「……うん」
「……それは同意」
――三人。
完全に同じ顔で、同じ温度で、同じ感情。
メイド隊。
(増えた……)
(いや、元からいた……)
(密度が上がった……)
現実逃避。
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「――終わりましたか?」
静かな声。
全員、ビクッとする。
レイナが、一歩前へ出た。
その微笑みは、完璧。
だが――
逃げ場は、どこにもない。
「……さて」
ゆっくりと、視線が巡る。
ノア。
レオン。
アレクシス。
そして、学園の一部(被害区域)。
「……なるほど。全部、理解したわ」
兄ィズ。
「やばい(確信)」
アレクシス。
「……来たか」
メイド隊。
(終わった……でも助かる……)
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「ノア」
「はい」
「レオン」
「はい」
「……あなたたち」
にこり。
「反省文、まだ終わっていないのよね?」
「はい!!」
即答。反射。
「よろしい」
スッと、横を指す。
「続けなさい」
「はい!!」
ダッシュ。
座る。
書く。
過去最高速度で書く。
「はっや……」
アシュリー、ドン引き。
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「そして――あなた」
視線が、アレクシスへ。
「……はい」
伯爵、背筋を伸ばす。
「学園を“再設計”したそうね?」
「安全性を考慮し――」
「妹基準で?」
「……はい」
「“来るかもしれない”から?」
「……はい」
「来ないわよ」
「……はい」
沈黙。
そして――
「……帰りますよ」
きっぱり。
「……承知した」
アレクシス、即答。
メイド隊、心の中でガッツポーズ。
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その時。
「え、帰るの!?」
「もう!?」
ノアとレオン、顔を上げる。
「アリアともう少し――」
「帰ります」
即・斬。
「はい!!」
再び書く。
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そして。
「アリア」
「はい、お母様」
「あなたは」
一瞬、間。
「……よく、我慢しましたね」
その言葉に。
アリアは、ほんの少しだけ――
頬を緩めた。
「……はい」
その様子を見て。
三人同時に思う。
(可愛い)
(可愛い)
(可愛い)
完全一致。
レイナ、ため息。
(……ほんとにもう)
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こうして。
暴走する溺愛三人衆は――
母によって、完全制圧された。
アルヴェリア学園は救われ。
メイド隊は解放され。
そして――
レイフォード家の騒がしさだけは、何も変わらなかった。




