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第百五十六話 開会式――アリア嬢、頭脳戦開幕!

講堂中央のステンドグラスが朝光を散らすころ、アルヴェリア王立士官学園の大講堂は期待と緊張で満ちていた。各校の代表たちが整列し、主催側の係員が最終確認を済ませる。知の祭典――国対抗戦の開会式は、学園の誇りをかけた一大行事だ。


アリア・リュミエール・レイフォードは式典に臨む黒紺の装いをきちんと整え、深呼吸を一つした。胸は高鳴る。だがそれは、単純な不安ではない。自分の力を、冷静に、正確に出すという決意が静かに芯を作っていた。


(――今回の大会も、魔法演算だ。余計な騒ぎに飲まれず、精度を保つこと。)

小さな声でそう繰り返し、アリアは背筋を伸ばす。隣に立つ友人や代表メンバーに軽く会釈をすると、講堂のざわめきが一層大きくなった。


だが、ざわめきの理由は単純な期待だけではない。講堂入り口の方から、いつも通りの――いや、いつもを超えた“遠吠え”めいた声が聞こえてきたのだ。


「アリアァァァッ!」

「おお、妹よ、よくぞ来た!」


ノアとレオン――遠く離れているはずの“兄ィズ”の名を誰もが思い出す。だが今回は違う。今回は二人が実際に壇上へ乱入するわけではない。彼らは“留学(整備任務)中”として隣国にいる──だが、噂と報告は速い。兄ィズの“到来の予兆”は、ここにも伝播していた。

そして、友人や代表メンバーは「うっわ!兄ィズ、よその国に来ても変わんねぇ(笑)」などという声が聞こえる。


アリアは微笑をかろうじて保ち、内心でメイベルやクラリスの最新報告を整理する。メイド達は言葉少なに、だが確実に兄ィズの動向を監視している。万が一のときは即対応――その連携が、彼女の後ろ盾だった。


式典は正式に始まり、学園長の挨拶、審判団の紹介、競技ルールの最終通告と進む。壇上の演説が終わると、代表者たちは各々の席へと戻り、やがて最初の競技が予定されている会場へ移動する合図が出た。


――その直前、会場の一角で小さな騒動が起きる。


「おい、資料に不整合があるぞ!」と声を上げたのは審判補佐だ。魔導採点装置の初期設定に小さな誤差が見つかったという。係りの青年が青ざめ、会場内に緊張が走る。採点装置は競技の肝だ。ここで不安要素を残すわけにはいかない。


アリアは静かに立ち上がる。胸中の計算を一つ、二つ、と確かめるように指を動かす。彼女の眼差しには迷いがなかった。


「私が手伝います」

その声に、周囲の誰もが驚く。アリアの名は既に事前の練習と実績で知られている。技術補正、式の最適化、即席のパラメータ補正――彼女の頭脳がそこで働けば、問題は短時間で解決へ向かう可能性が高い。


係の者は躊躇いながら頷き、アリアを装置の元へ連れて行った。壇上の審判長が渋い顔で見守る。だが、会場の空気は「観察」から「期待」へと変わる。アリアは器具に触れ、運用ログを読み、最小誤差の原因を指摘した。数分のうちに、採点装置は安定を取り戻す。


「さすがだわ」――隣にいたある代表が小声で漏らす。アリアはわずかに会釈するだけで、席へ戻った。その胸には、小さな安堵が灯る。


――しかし、安堵は長く続かない。


講堂の一番外側、控え室の方向から、やはり例の遠吠えが聞こえる。メイドの通信魔石が振動を伝え、ミーナの声が耳元で報告される。『整備班ノア・レオン、会場外で“装飾拡張”を開始。規定外の設置が進行中』。短い、しかし濃密な情報だ。


アリアは冷たく空気を吸い込み、唇の端で微笑む。兄達が何をやらかすかは想像の範囲内だ。だが、それを止めるのもまた現場の仕事だ。彼女はセリフを用意したり、舞台の魔方陣を組み直したりする代わりに、ただ座っているだけで――必要なときに動けるよう、精神を整えた。


「始めましょう」


司会の声が再び響き、いよいよ第一競技の会場への移動が始まる。代表たちが一列になって進む。アリアの足取りは軽やかだが、思考は静かな鋭さで満ちている。頭脳戦の幕が、今、開かれようとしている。


講堂の出口で、ミーナが小さく腕を振った。『問題発見時、即救援を』――その指示は簡潔で確実だ。遠くで、誰かが「兄ィズ、どれだけやらかすんだろうなあ」と苦笑する。だが会場の空気はすぐに締まる。頭脳戦の舞台では、“冷静さ”が何より武器になる。


アリアは振り返りもせず歩き出した。背後で微かに、花弁が舞ったような音がする。ノアとレオンによる“歓迎装飾”の最終調整音だろう。彼女はわずかに笑った。――それが、いつもの、馬鹿馬鹿しくも温かい家族の音なのだと知りつつ。


(さあ、頭を切り替えて。魔法式の美しさを示してみせましょう。)


講堂の扉が閉まる。静寂が一瞬だけ支配した後、遠くで誰かが小声で呟く。


「これが、アリア・リュミエール・レイフォードか」

「うん、静かだけど、危ないタイプだ」


静かさは、強さの前奏である――そう誰かが言ったのは、たぶん正しい。


そして、競技は始まる。

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