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第百五十四話 アリア、アルヴエリアへ――兄ィズ再会、整備班が火を吹く!?」

 馬車の車輪が、乾いた街道の砂を巻き上げる。

 国境の見張り塔を越えた先に広がるのは、異国アルヴエリア王国――



「……やっと、国境超えたわね」


 薄い金髪をひとつに束ね、アリア・レイフォードはカーテンを少しだけ持ち上げた。

 旅装のコートの裾には長旅の埃がうっすらとついているが、表情には疲れよりも、むしろ静かな決意があった。


「これで、兄さまたちに――ようやく(会いたくなくても)会えるのね」


 その声は小さく、けれど温かい。

 王都を出て数日、寝台付きの馬車での旅はそれなりに過酷だったが、彼女の胸の中には“楽しみ”が混ざっていた。


 そんなアリアの対面に座っていたのは、長旅の付き添いとして派遣された二人のメイド――

 メイベルとクラリス。どちらもレイフォード家の誇るベテラン侍女だ。


「お嬢様、お着きになられてすぐお会いできると思いますよ。

 ノア様もレオン様も、“準備は万端だ”と、お手紙にございましたし」


 メイベルが、いつもの穏やかな声で微笑む。

 アリアはその言葉に、少しだけ不安げな笑みを返した。


「……その“準備”が、平和的なものだといいのだけれどね」


「どうでしょうねぇ」

「過去のご兄妹関係の経歴からして……」

「クラリス、メイベル、変な分析をしないの!」


 メイド二人の悪戯っぽい視線を、アリアは半眼で制した。

 けれど、胸の中では“嫌な予感”が少しずつ膨らんでいた。



 ◇ ◇ ◇


 アリアが到着する数日前、アルヴェリア王立士官学園――

 国際魔導競技大会の会場でもあるこの学園都市では、すでに噂が駆け巡っていた。


 『レイフォード家の末娘、アルヴエリア入り』。


 その報せを、ある部屋で最初に聞いたのは――ノア・レイフォード本人だった。


「……妹が来る、だと?」


 ノアは工具箱を片手に、整備区画で硬直した。

 天井から吊るされた飛翔訓練用魔導具の下で、弟のレオンが苦笑いを浮かべる。


「兄上、驚きすぎです。アリアが来るのは当然でしょう。

 今回の国際大会に選ばれたのですから」


「そういう問題ではない。あの子がこの環境に――来るのだぞ?」


「……はあ?」


 ノアの声は、どこか戦場の司令官のように重々しかった。

 彼は壁際の棚をガン、と叩くと、振り返って叫ぶ。


「整備班、総員集合!」


 その声に反応して現れたのは、彼らの監視兼補助として配置されたメイド隊の五名――

 カティア、アシュリー、アネット、リリア、そしてミーナだ。

 五人はそれぞれ資料や点検表を抱えて駆けつけたが、ノアの勢いにやや引き気味だった。


「お呼びでしょうか、ノア様……?」

「整備班じゃないでぇぇす、あたし達」

「聞け、カティア、アシュリー。アリアが来る」

「は、はい。それは……めでたいことでは?」

「違う。問題はそこではない」

「……兄バカが始まったわね」

 ミーナがぽそっと呟き、周囲のメイドたちが同時にため息をつく。


「まずは環境整備だ。宿舎の寝具は? 食堂の食材は? 

 この国の気候は乾燥している、アリアの肌が荒れぬよう加湿器を魔導式で――」


「兄上、待ってください! 整備班の本来業務は大会の装備点検です! 妹の滞在準備ではありません!」

「レオン様がマトモナことを……」リリア。


「レオン、妹が快適に過ごせなければ、我々の精神が崩壊する!」


「意味がわかりません!」


「落ち着け皆の者! 作戦名は“アリア迎撃――否、歓迎作戦”だ!」


「名称からして危険です!」

 メイド隊の誰かが叫んだが、もはや止められなかった。


 その日の午後、学園の片隅にある宿舎区画。

 普段は静かな整備班寮が――異様な熱気に包まれていた。


「クッションは柔らかすぎても腰を悪くする。角度調整を忘れるな!」

「花瓶の配置はっ、アリア嬢の身長目線に合わせて!」

「兄上、床が鳴ってます、床が!」


 ノアとレオンの周囲では、メイド隊が慌ただしく走り回る。

 カティアは片手にチェック表を握りしめ、眉をひそめた。


「ノア様、まさか宿舎全体を“妹仕様”に変えるおつもりですか?」

「当然だ。アリアが滞在する以上、ここは“第二レイフォード邸”だ」


「兄上、それでは我々が泊まる場所が無くなります!」

「ならば野営でも構わん!」


「構うわ! あなたたちが倒れたら大会に出られないでしょ!心配しちゃうじゃない!!」


 アシュリーが半ば悲鳴のように叫ぶと、リリアとミーナが同時に頷いた。


「……あの、ミーナ。前にも似たような騒ぎが?」

「ええ、レオン様が王都でアリア様の寝室に“魔導式防音壁”を組み立てようとして、三日でレイナ様に叱られたことが」

「うわぁ……」

「しかも“音漏れは魔物の侵入経路になる”という理由で」

「もっとひどい!」


 以前クラリスの報告書に書かれていた“兄たちの過保護癖”が、これほどとは――

 五人のメイドは視線を交わし、言葉にならない同情を滲ませた。



 その夜。

 アリアが滞在する予定の代表宿舎では、最後の確認作業が行われていた。

 机の上には温度・湿度調整用の魔導石、香りの調合瓶、整えられた寝具。


「……これで、完璧だ」


 ノアが満足げに頷く。

 レオンもため息をつきながら、胸を張った。


「兄上、まるで国賓を迎える準備です。完璧ですね」

「ああ。アリアは――レイフォード家の宝だ」


「……もう手遅れですね」

 ミーナが小声で呟くと、カティアがこっそり耳打ちした。


「後日、アリア嬢が到着されたら……お二人の暴走を抑える準備、しておきましょう」

「了解です。消火用の水魔法、いつでも発動できます」

「物理的に鎮火する気?」



 ◇ ◇ ◇


 数日後。

 ついに、アリアの馬車が学園門前に到着した。


 見晴らしのいい並木道に、ひときわ目立つレイフォード家の紋章旗。

 アリアがカーテンを上げると――


「……うわ、あれ、何?」


 メイベルがぽかんと呟いた。

 門の向こう、学生と職員の人だかりの中央で、なぜか巨大なアーチが輝いていた。

 金属製の骨組みに魔導灯が並び、“Welcome ARIA”と煌めく文字が浮かんでいる。


 そしてその真下で、両手を広げて立つ二人の兄。

 ノアとレオンが、満面の笑顔で手を振っていた。


「……兄さまたち、またやってる」


 アリアの頬がぴくりと引きつる。

 クラリスがそっと呟いた。


「お嬢様、どうなさいますか?」

「見なかったことにして、別門から入るわ」

「それが賢明かと」


 だが、その試みは甘かった。

 数秒後、レオンが彼女を見つけて叫んだ。


「アリアァァァァァァ!!!」

「兄さま!? 声、響きすぎっ!」


 ノアも続く。

「おお、愛しの妹よ、ようこそ異国アルヴエリアへ!!」

「やめてぇぇぇぇっ!!」


 門前はたちまち騒然となり、周囲の他国代表団がざわめく。

 メイド隊が慌てて割り込み、兄たちを左右から押さえた。


「ノア様、落ち着いてください! 公衆の面前で抱きつくのはやめてください!」

「レオン様、魔導灯が過負荷で火花を出してます!」

「いいから水魔法準備っ!!!」


 シュウゥゥゥ――という音とともに、アリア歓迎アーチが小さく煙を上げた。

 水魔法が一斉に展開され、辺りは一瞬にしてミスト状態に。


 霧の中でアリアはため息をつき、額を押さえた。


「もう……やっぱり、こうなるのね」


 その横で、メイベルがぽそりと呟いた。

「これが、噂の“兄ィズ暴走”ですね……久しぶりに何かホッとする様な…」


 こうして、アリアのアルヴエリア初日が幕を開けた。

 開会式まで、あと三日。


 だが――

 その三日のあいだに、彼女の兄たちがどれほど騒動を起こすかは、

 この時点で誰も予想できなかった。

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