表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

141/170

第百三十五話 母レイナのメイド部隊

 ――レイフォード伯爵邸。


 その大広間の奥にある一室は、普段は客人にすら知られない。重厚な扉には錠前がかけられ、伯爵家の使用人でさえ立ち入ることはない。


 ここは、「裏メイド部隊」の作戦室。


 レイフォード家に仕える数多のメイドたちの中でも、選ばれたごく一握り。いや、ほんの数人。

 彼女たちは、掃除も料理も礼儀作法も完璧にこなすだけではない。暗号の解読、監視と追尾、果ては短剣や魔術を扱う戦闘術まで――すべてを身につけた精鋭。


 彼女たちの存在を知るのは、ただ一人。レイフォード家の奥方にして“氷の薔薇”と恐れられる、レイナ夫人のみ。


 当主アレクシス伯爵すら、その存在に気づいていない。

 いや、気づかせないように、完璧に立ち回っているのだ。


 その日、作戦室では淡々とした声が響いていた。


「対象は、また学園に潜入したようです」


「ええ……監察官の査察中に、あの兄ィズが戻るなんて」


「報告によれば、エルダリオン様は“ハウス”により帰還。残った兄ィズは学園に潜伏。しかし、早々に発見されております」


 冷徹に事実を並べ立てる声。彼女たちにとって兄ィズ――すなわちアリアの過保護な兄たちは、護衛対象であると同時に、最大の厄介者でもあった。


 そこで、部屋の奥に佇む一人の女性が口を開く。

 深紅の瞳を持ち、漆黒のメイド服を纏ったその姿は、優雅でありながらも威圧感を放っている。


「――出動します。母上からの直々の命です」


 裏メイド部隊の隊長、ミリエル。

 彼女の声に合わせ、影のように控えていたメイドたちが一斉に立ち上がる。


「任務は“兄ィズの制御と確保”。いかなる抵抗も許さない」


「「了解しました」」


 こうして、裏メイド部隊は音もなく姿を消した。


◆学園・裏庭


 一方そのころ。


「ふはは! 我々は帰ってきた!」

「潜入成功だな!」


 兄ィズこと、ノアとレオンは、こそこそと学園の裏庭に隠れていた。

 本来ならすでに強制送還されているはずだったが、今回はどういうわけか「ハウス」を受けたのはエルダリオンだけ。彼らは奇跡的に残留することができたのである。


 しかし、隠れるといっても……。


「おい、ノア兄。そんなに派手に笑ったら――」

「誰も気づかぬ! 完璧な潜伏である!」


 ――すでに派手に目立っていた。


 学園の女生徒たちは遠目から兄ィズの姿を見つけ、きゃあきゃあと騒ぎ出す。

 その声はやがて、ウォッチ隊――兄ィズを観察する秘密のファンクラブの耳に届く。


「……見つけたわ!」

「今日も美しい……」

「観察記録に残さなくちゃ!」


 隠れるどころか、さらに注目を集めてしまう兄ィズ。

 彼ら自身は気づいていない。むしろ「潜伏に成功している」と思い込んでいる。


 ――その瞬間。


「……やれやれ。やはり我々の出番ですか」


 低い声と共に、裏庭の影から数人のメイドが姿を現した。

 黒のメイド服に身を包み、銀の髪飾りが冷たく光る。


 裏メイド部隊、顕現。


◆兄ィズ vs 裏メイド部隊


「なっ……な、何者だ!?」

「いや待て、服装はメイド……だが雰囲気が尋常ではない!」


 ノアとレオンは背中合わせに構える。

 しかし裏メイドたちは、微動だにしない。冷たい視線だけで圧を与える。


「対象、発見。作戦通り、確保します」


 隊長ミリエルが短く命じる。


 次の瞬間。

 裏メイドの一人が影のように走り出し、ノアの腕を一瞬で絡め取る。

 レオンもまた、別のメイドに蹴りをかわされ、その隙に拘束された。


「なっ!? 我らが簡単に……」

「ば、馬鹿な……! この兄ィズが!」


 兄ィズは一瞬で取り押さえられ、動きを封じられる。

 彼らの力は決して弱くはない。むしろ一般人では到底太刀打ちできないだろう。

 だが、この裏メイドたちは違った。


「……母上直伝の制御術、侮ってもらっては困ります」


 ミリエルは冷ややかに言い放つ。

 その声音に、兄ィズは背筋が凍るのを感じた。


◆兄ィズの残念さ


 だが、ここで終わる兄ィズではなかった。


「ふふふ……しかし、美しいメイドに囲まれるのも悪くはない!」

「拘束されるとは、つまり我らは大人気ということだな!」


 どういうわけか、状況を勘違いして喜んでいる。

 周囲の女生徒たち、ウォッチ隊も呆然とするしかなかった。


 裏メイドたちは表情を変えず、淡々と兄ィズを抱え上げる。

 その姿は、獲物を捕らえた狩人そのものだった。


「――搬送します」


 ミリエルの一声で、兄ィズはずるずると引きずられていく。


「ま、待て! 我らは潜伏任務の最中だぞ!」

「母上に報告されれば、また調教が……」


 必死に抵抗するが、裏メイドたちは全く動じない。

 その姿は、まるで冷徹な刃のようであった。


◆レイナの前へ


 そして数刻後。

 兄ィズは邸宅の一室に放り込まれていた。


 そこには、レイナ夫人が座っていた。

 銀糸のような髪を優雅にまとめ、冷たい眼差しで息子たちを見下ろす。


「……また、やらかしましたね」


 その声は静かで、しかし底冷えのするような圧を孕んでいた。


 兄ィズは同時に口を開く。


「い、いや、これは誤解で――」

「我らはただ、学園の平和を守ろうと――」


 レイナは扇子を開き、ゆっくりと頬に当てる。


「……まだまだ調教が必要なようですね」


 その言葉に、兄ィズの顔から血の気が引いた。

 裏メイド部隊が背後で一斉に姿勢を正す。


「隊長ミリエル、あとは任せました」

「御意」


 こうして、兄ィズは再び母の“愛の調教”に引きずられていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ