第百十四話 魔法陣と地下施設への転移
一方、消えたアリアたちはどこにいたのか――
気づくと周囲は暗く、冷たい石の床に立っていた。壁には古代文字が彫られ、床には先ほどの魔法陣とは異なる、青い光を帯びた模様が広がっている。
「……ここは、どこ……?」
アリアは周囲を見渡す。研究員たちも慌てて声を上げるが、表情には興奮も混じっていた。
「これは……想像以上だ。見たことのない魔力反応です!」
「こんな空間、今までの研究で確認できたか?」
アリアは心細くなる。ここからどうやって戻れるのか、誰が助けに来てくれるのか――
「落ち着いてください、皆さん。まずは状況を整理しましょう」
アリアは声を震わせながらも、冷静に指示を出そうとする。しかし、周囲の異様な雰囲気、壁や床に漂う魔力の波動が、落ち着いた判断を妨げる。
光る魔法陣や浮かぶ文字は、研究者たちの探究心を刺激する。やがて彼らは、恐怖よりも興奮が勝ち、次々と調べ始める。
「ここに刻まれた文字は……古代都市の防衛魔法かもしれません!」
「この光の波動を解析すれば、未知の魔法理論に繋がる可能性があります!」
アリアは半ば呆れながらも、魔法陣の中央に立って手をかざす。すると微かに、空気の流れが変わり、足元の模様が軽く震えた。
『……これは、何かが起こる前兆?』
研究員たちの手も止まり、全員が息を呑む。魔法陣の光が青白く揺れ、やがて光の渦となってアリアたちを包み込む。
そして――
空気がねじれるように歪む中、アリアの視界の中心に、ぼんやりとした影が浮かび上がった。
光の粒子が集まり、徐々に立体の形を帯びていく。床の魔法陣の光も強く反応し、アリアの周囲を取り囲むように輝きながら揺れていた。
「……何なの、これ……?」
アリアは恐怖と好奇心が入り混じった表情で、足を止める。
だが、その瞬間、研究員の一人が興奮のあまり手を伸ばして、浮かぶ光の球に触れてしまった。
「――わっ、触ってしまった!」
指先が光に触れたとたん、空間が震え、どすん、と重い振動が床を伝わる。
そして、青白い光が渦を巻く中から、異形の姿が現れた。
――それは、キメラだった。
四本の脚と、獣の頭を複数持つ姿は、古代の魔法都市が研究していた生物そのもので、保存魔法によって長らく眠っていたはずのものだった。
しかし今、目の前に実体化している。
「き、キメラ……!?」
アリアは思わず後ずさる。研究員たちは一瞬で恐怖と興奮の入り混じった叫び声をあげる。
キメラはうなり声を上げ、鋭い牙と爪を振りかざして襲いかかろうとしていた。
「ま、まずい……!」
アリアは咄嗟に手をかざすと、魔力が指先から迸り、光の防壁が展開した。
鋭い爪や牙は防壁に阻まれ、直接当たることはない。だが、キメラの体は高速で回復しており、光で打ち消したとしてもすぐに元の形状に戻ってしまう。
「ううっ……倒せない……!」
防御に回るしかないことを理解したアリアは、魔力を全身に巡らせ、光の防壁をより厚く、より広く展開させた。
キメラの爪や牙がぶつかるたびに衝撃が身体に伝わり、足元の床がひび割れる。砂埃や光の残像が舞い上がり、視界がかすむ中で、アリアは必死にバランスを保つ。
「うっ、くっ……!」
心臓が早鐘のように打つ。呼吸を整えようと深く息を吸い込むが、次の瞬間、キメラは回復した体で再び体勢を立て直し、全力で突進してきた。
アリアはとっさに防壁を前に伸ばし、衝撃を受け止める。光が裂けるような音を立て、腕がしびれる。
「くっ……! まだ、まだ負けない……!」
頭の中で必死に考える。防ぐだけではいつか力尽きる。攻撃も防御も、何か突破口が必要だ。
しかし、キメラは全身のあちこちから目のような模様が光り、徐々にアリアの防御の隙間を探るかのように動いてくる。
「くっ、こ、こうなったら……とにかく時間を稼ぐしかない!」
アリアは魔力の集中をさらに高め、防壁の形を変化させ、キメラの攻撃の軌道を読んで光を回避させる。
その間も、心の中では叫んでいた。
『助けて! おにいちゃぁん!!』
声に出すことはできない。ここには兄たちはいない。頼れるのは自分の魔力だけだ。
そして、ふと思い出す。
「そうだ、エルダリオン……!」
必死の思いを込めて召喚の言葉を口にする。光の魔法陣に向かって全力で呼びかけるが、返ってきたのは静寂。
再び、頭の中に低く響く声が聞こえた。
『アリアよ、そこは深い魔力の渦に覆われておる。我の顕現を邪魔をする魔力が……力を発揮できぬ……』
アリアは目を見開き、驚きと焦りで身体が硬直する。肝心なときに頼れる存在――エルダリオン――が力を発揮できないとは思いもよらなかった。防壁の内側で呼吸を整えながら、キメラの鋭い爪が光の壁にぶつかる衝撃を感じる。
「ええぇぇぇ……どうすれば……!」
心の中で叫ぶ声は、口から出ることもなく、ただ胸の奥で渦巻く。周囲の研究員たちも、状況の異常さに言葉を失い、ただアリアの魔力に反応する光景を見守るしかなかった。
だが、逃げるわけにはいかない。アリアは再び手をかざし、光の防壁を厚く、広く展開する。キメラの爪や牙がぶつかるたびに衝撃波が伝わり、足元の床はひび割れ、光の残像が揺れる。
「くっ……防ぐだけでも精一杯……でも……!」
アリアは魔力を一点に集中させ、キメラの攻撃を弾きながら冷静に観察する。回復能力の高いキメラの体をどうやって抑えられるか、光の壁を通じて微妙な動きを探る。
その時、床の魔法陣がわずかに光を増す。アリアはそれに気づき、直感で理解した――魔力の渦が何かしらの規則性を持って動いていることを。
「……ここ……隙があるの……?」
わずかなチャンスを見つけ、魔力を集中させるアリア。しかし、キメラの体は即座に反応し、わずかな隙も許さない。衝撃の連続に、アリアの体力は限界に近づく。
心の中で再び叫ぶ――
『助けて!おにいちゃぁん!!』
届くはずもない叫びを胸に秘め、アリアは光の防壁を強化。光が眩しく反射し、キメラの目に映る影は歪み、動きが少し鈍る。
「……負けない……絶対に……!」




