巨人の行進
もう1つの終わり、もう1つの始まり
1
巨人は進む。それが海の底であっても、地の果てであっても。それを証明するかのように、彼らは海から上陸してやってきた。
その光景はもはや、怪獣映画だ。
上陸後、巨人達はなおも行進を止めず、廃墟を進んでいた。
また、それとは別の巨人達は進軍を行っていた。こちらは人類が守る基地へと進んでいるから、行進ではなく進軍で間違いはない。
人類側も対策に動き出している。
目的のない行進よりも、明らかな進軍をする巨人達の方が危険でしかない。
そして、少女達も進軍をする巨人への対処を求められた。何せ、少女達は人類の敵である巨人達を倒すために作られた存在だから。
敵はゴーレム、1機。ワイバーン、2機。そして、スフィンクスが1機。
4機だけとは数は少ないが、問題視すべきは敵にスフィンクスが含まれていること。
――スフィンクス。
ゴーレムの亜種であり、外見はほぼ同じだが、ネコの耳を模した観測機器を持つ。
スフィンクスがいると最大で65パーセントの戦闘力向上。最小では15パーセントの減少と戦闘に明確な影響を与えてくる。
マイナスで働くケースが多々観測できているため、情報支援を行っていることは確か。
しかし、マイナスのバラツキがあるとはいえ、65パーセントの効果であった場合、戦闘は脅威でしかない。その場合、4機であっても、6機以上の働きとなる。それでは少女2人で巨人1機を対応する体制が崩れてしまう。
一方で離れつつある巨人は、パーフェクト・ゴーレム、3機。
こちらもゴーレムと外見は似ているが、球体の体に頭、手、足を持ち、人型をしている。
ただ、巨人達の特徴である、釣り上がった半円と大きく開かれた牙のある口元という落書きがされていない。その頭部とて、目や口らしきモノもない。
正に土塊のゴーレムを体現した姿。
それゆえ、パーフェクトの名を持つ。また、ハヤミから言わせると、「足など飾りだと」とのこと。その理由の1つが目的なく行進する様を皮肉っている。
実際、明らかに基地と別方向を進み、もう一方の巨人達とは離れるばかり。そもそも、その行進途中ではすれ違っていた。
こうなっては目的が、基地への進軍ではないことは確か。
ただ、合流していれば、7機に戦闘向上によるプラスアルファ。そうであれば、被害は避けられない。
今は人類側には目的なき行進を喜ぶべき状況であった。
2
アキラは基地での防衛を避け、地上に出て廃墟を迎撃ポイントと定め、少女達を進めさせていた。
基地の方がより守りは固められるが、目的が不透明なパーフェクト・ゴーレムがいる中ではあえて先に打って出ることにした。
迎撃にはアキラが直属に指揮する第1部隊を出す。控えというよりは基地防衛を目的として、第2部隊は装備した状態で基地に待機。
アキラが基地に配属されたとき、3人から始まった指揮は今ではA班、24人名が彼の命令で動く。
その中の1名、カエデは初陣こそ済ませているが、実戦経験はほとんどない。
もっとも、シミュレータでの経験では所定の時間をクリアしていて、兵士としての素養は十二分に身についている。
それでも実戦の怯えはまだ付きまとっている。今も駆け抜けていく、地上の風ですら震えるほどに。
カエデと同じチームであるユキカゼは今から実戦だというのに、何も考えていない。せいぜい、終わったら何を食べようと少しだけ思うだけ。そんな彼女は初陣の頃から怯えることなく、今日まで来ている。
それはファイターとして、前衛を支え、命を晒しているからだろうか。それとも、おっとりとした地の性格からだろうか。
どちらにしても、経験を積んでいながら、怯えに対して気にしなさすぎな部分はアキラ、周りからも注意されている。
そんな怯えという危機管理をフォローしているのがチームの柱である、レモア。
今もそんなチームメンバーの様子に、ため息交じりに眺めている。
昔はムードメーカー兼トラブルメーカーであったレモアがいつの間にかフォローする側になっていた。それはベテランといっても良いほどには、経験を積んでいる者の責務でもあるのだろう。
そうアキラにも言えることは、レモアにも同じことである。アキラとともに育った1人であるから。
カエデが持つのは2連装レーザーライフル。昔、レモアがプラン実証したときからも洗練され、兵器運用も明確になった武器。
巨人達が持つ、独特なバリアは強い攻撃に対して発動される。そのため、2連装レーザーライフルにおける威力は2倍ではなく、連射による1+1。
エネルギー消費コスト重い武装であっても、アタッカーが使うメリットは大きい。
他にもレモアが開発に関わった、ワイヤー付きレーザーブレイドにしても推進力を兼ねて爆雷をワイヤーで投げ飛ばし、レーザーライフルを槍に見立てたランサーモードにしても、推進力を付けてレーザーランサーとして発展させて兵器として完成していた。
ただし、余りに外連味ある武器は刺さる場面には刺さるが、それ以外では使い勝手は悪い。レモア自身も経験から、武器には堅実さを求めるようになっていた。
そんな恥ずかしい過去でもあるが、自身が生きた証として今も残ることはどこかうれしいモノでもあった。
そして、ユキカゼはただ重量のある武器を好んで使っている。重量ある武器を素早く振れば、それだけで威力があると単純なロジックを信仰しているからだ。
3
廃墟にて、少女達の布陣は完了していた。
先ほどまで目的なき巨人が行進していた場所、そして、今は新たな巨人が進軍にて向かってきている場所。
進軍する巨人達も廃墟に隠れる少女達の存在には気がついている。お互い観測機器を持つ以上、建物が死角になることはない。
そして、巨人だけに建物は進行の妨害にもなる、わけではない。奴らは空を飛んでいるからだ。それでも攻撃の際には障害物となるが。
その巨体からの攻撃もまた、巨大であるから。
一方の少女達は巨人から見れば小さな点であり、攻撃もまた針のようなモノ。だが、障害物がひしめく中では、針は隙間を縫うには適している。
レーザー、弾丸という点の攻撃は、廃墟を壁にして撃つのには地の利になりうる。
廃墟という地の利は少女達の方にある。
巨像スフィンクスは、この状況でどう打開するのか。
少女達の戦術は3人1チームで1機ずつを担当すること。そして、スフィンクスに対しては一旦攻撃を控え、足止めに抑えること。
スフィンクスを先に潰そうとすると、守備の連携を固めやすいのが経験上分かっているためだ。だから、まずは戦闘力を削いでいく。
少女が持つ武器は自身の倍近い大きな物。そこから繰り出される砲撃は巨人であっても驚異。そんな砲撃が上空に向け放たれ、空を漂う巨人に対空砲撃を開始する。
ワイバーンは見た目通り高速移動を得意とする。だが、囲われた廃墟の中、2機という少数では特性を生かし切れず、廃墟周辺をホバリングと低速になって、攻撃をしていた。
スフィンクスも指にて指示を出しているが、それがどういった内容かは読み取れない。
そして、あっけなくワイバーン、1機。撃墜。
撃破したことで手が空いたチームはもう1機のワイバーン討伐に合流する。倍になる対空砲火に、機動力も生かせないワイバーンは回避しきれず、こちらもすぐさま落とされてしまう。
反撃の攻撃にしても、廃墟が邪魔して、少女達に直撃を与えることはできずにいた。
情報戦を担うべきスフィンクスは、地の利を克服できていない。後退するなどして、廃墟から戦場を変えれば、まだ状況は変わっていただろうに。
ただ、互いに地平の先まで攻撃できる以上、戦場の移動も建物の障害物も大した差はないのだが。
そんな行動故に、彼らを太古の蔑称、「バカ」の名を冠して、バカピックと人類は呼んでいる。ただ、そんなふうに見下しても、人類は滅亡寸前。軽蔑した言い方はせめてもの強がりにすぎなかった。
しかし、この戦いにおいては少女達の勝ちは確かなモノになっている。
それでもスフィンクスは手を動かし、ゴーレムに指示を出しているようであった。状況は悪くとも戦局は打開する気でいるようだ。
だが、スフィンクスを担当していたチーム長、ルリカも撃墜に向けて指示を出す。それは部隊全体の決定でもあった。ゴーレムとスフィンクスのたった2体だけでは連携による脅威はかなり失われている。
ルリカは以前のファイターからアタッカーへの転向している。武器も大砲へと変えている。
廃墟からの攻撃にスフィンクスも身構えるが、ゴーレムが盾となり守る。だが、それは12名の攻撃から集中されることになる。幾ら強固な体とはいえ、攻撃に耐えきれず消滅してしまう。
ただし、消滅とはいっても、巨人達の動力源とされる虚無エネルギーの放出により空間ごとの収束を起こしている。そのため、少女達の攻撃だけで引き起こったモノではない。
しかし、盾となったことに何の意味があるのか。
そして、最後に残されたスフィンクスは余裕を見せていた。
パーフェクト・ゴーレムは違うが、巨人達は個性を持ち合わせている。それだけにスフィンクスの特性も同種であってもバラツキがある。
巨人達は本来、個々で違う個性を持つ。
そのニヤけた顔は何か目的を達成したかのように、余裕を見せていた。
だが、その意図を語ることなく、すんなりと撃破される。彼らは知性を持ち合わせていても、交流を限りなく取ることはない。「バカ」の名は、こういった意味でも込められている。
一方で更に離れていくパーフェクト・ゴーレムの行進は今も続いている。それは目で追うことができなくとも、観測機器から確認ができる。
ひとまず、少女達はこの場の勝利は得たようだ。
アキラはその内容には特にコメントはしない。理解ができないことが多すぎるからだ。ただ、その戦果に対しては少女達をねぎらう。
戦闘もひとまず終わり、少女らしい和気あいあいとした会話が聞こえてくる。
だが、昔のアキラとは違い、それが楽しいモノには聞こえていない。そして、以前ハヤミから聞いた混沌の逸話を思い出させる。
顔を持たない混沌が顔を得て死んだのは、意味を持ったからではないか。意味、形あるモノはいつかはなくなる。ならば、意味を持たせないことは、いつか来る消失、別れを示唆させていたのではないか。
先日、カレンを失った悲しみからも、アキラはそんな思いを巡らせていた。そんな経験がアキラを一人前へと成長させている。
4
無垢なる巨人が行進する先には、怒りに荒ぶる巨人が立ち塞がっていた。
それがスフィンクスが行った伏兵なのか、どうかは分からない。ただ、人類側もこの荒ぶる巨人自体は把握していた。
ただ、防衛圏から離れていたこと、移動をしなかったこと、そして、1体であること。
それらが今回、敵戦力としてカウントしていなかった。
現状の様子は中継ポイントの観測機器からは映像が送られている。
荒ぶる巨人、タロス。
ゴーレムの亜種が一体。大きさ、姿形は似てはいるが、違いは足があること、両腕には強固な盾を持っている。防御を特化させ単体で砦のような役割を演じる。
ただ、足があるパーフェクト・ゴーレムとは違っており、その球体にはバカピック面を持つ。そして、個性も持ち合わせている。
先にも荒ぶる巨人と形容しているが、そのバカピック面のつり上がった半円の目と口はいつも以上につり上がり、怒りに満ちているようであった。
その怒りには何なのか。
映像で見ている人類には、巨人同士の思惑など想像ができない。
人類は無垢なる巨人の行進を目的なきと見ているが、その行進に妨害を図る巨人には意図があると見ている。目的がなければ、待ちぼうけの妨害など早々するはずもない。
そして、この荒ぶる姿。
一方の無垢なる巨人、パーフェクト・ゴーレムは進行を止めてはいない。立ち塞がる荒ぶる巨人、タロスを気にすることなく。
そんな様子にタロスは全身を持って、パーフェクト・ゴーレムに体当たりをして押し返そうとする。激しい音と衝撃が辺りを響かせる。
その音に、日頃から静けさに生きている野生の動物も驚き、その場を離れようとする。
タロスはぶつかった体制から相撲を取るかのように、盾を持って腕を押し当て、前へ前へと突き出そうとする。パーフェクト・ゴーレムも負けじと全身を使い前へと進み、抵抗する。
残る2体のパーフェクト・ゴーレムはようやく動きを止め、その様子を眺めている。
タロスは均衡する力比べでは埒があかないと感じたのか、一旦、後ろに下がる。それはパーフェクト・ゴーレムも同じようだった。
そして、助走を付け、互いに体当たり。再度、激しい音が鳴り響く。その音に野生の動物も再度、驚きを見せている。
今度はお互い、殴り合いかのようにたたき合う。
それでも均衡するから、仕切り直しとブレイク。再度、離れて、再度、ぶつかる。それを何度繰り返しただろうか。
手加減のない相撲に、両者とも表面は変形してボロボロである。
それはサボタージュによる懲罰なのか、それともまた別の理由か。
巨人同士の命がけの戦いはパーフェクト・ゴーレムの足が壊れたことで終わった。そんなタロスも腕が1本、動かなくなっていた。
ことを見守っていた別のパーフェクト・ゴーレムには気にせず、タロスはその場を去ろうと歩き始める。
パーフェクト・ゴーレムもそれを見て、行進を再会する。ただ、足が壊されたパーフェクト・ゴーレムは歩くこともできず、その場に取り残されている。
1体のパーフェクト・ゴーレムが残され、この地上に静けさが戻ろうとしていた。
ただ、人類はその光景に理由を付けることはできても、どう真実を見つけ出せば良いか分からなかった。