竜殺しの技能と技術 -中編-
3
方向性が決まったことで司令室を初めとする部署は忙しくなっていた。
その中で、ハヤミは前代未聞のドラゴン退治をグラスに通信越しで話した。
「高く付く報酬を望みます」
グラスはその言葉の承諾だけで引き受けた。その高く付く報酬が何かは、ハヤミもまた知っているから、要求を飲んだ。
つまり、甘味である。それも高級品でというのが要望だ。
次にハヤミは格納庫に通信を繋げる。
「準備にどれぐらいかかる」
格納庫は大騒ぎである。何しろ、通常の出撃以外に『研ぎ石いらずの単分子の原始包丁(ノー・メンテ、プリミティブナイフ・オブ・アトム)』(以下、単分子ナイフ)の制作が含まれているからだ。
単分子部分自体は瞬時にアルミカンで作り出したが、その他の追加推進力、センサー、エネルギータンクの増強などは設計図は存在していても、ファミネイ用ではなく、旧世代のロボット用のモノ。
サイズ変更、出力調整など、急ごしらえでセッティングしている。
「10分で用意します」
ただ、設計図は存在しているので、このセッティングが失敗していても爆発するリスクはまずない。
それでも、性能には大きく関わるので失敗は許されない。
そして、ハヤミは今いる司令室に映し出されている情報を見つめる。
「敵の様子は」
「ゆっくりと進んでいます。警戒しているのでしょうか」
それはモニターの情報でも読み取れる。ハヤミは再度、詳細に尋ねる。
「到着までは」
「今の速度のままなら、数時間ですが……」
ファイアードレイクは歩いているだけ。当然、データ上でも推進装置は持っているので、この距離なら本来は10分とかからないだろう。
それなのに巨体そのものの歩みで進んでいる。
「まだ、猶予があると見るべきか……」
ただ、この状況だけでその判断もできず、油断はできない。
できるだけスピーディに手を打っていかないと詰んでしまうことも十分あり得る。そもそも、援軍を待っている事が十分に考えられる
「ひとまず、単分子ナイフは10分で用意し、敵の様子次第だが、グラスとともにシミュレーションにて技術の習得に時間をかけておけ」
ここでのシミュレーションはシミュレータ装置を使っての話ではなく、自身と兵装を繋いでの脳内のシミュレーション。
コアを持つ戦闘要員の芸当である。
「部隊はまだ、地上に出すな。相手の出方を待つ……」
ハヤミは思い直す。
「いや、基地上で迎え撃つのではなく、基地から距離を取る意味でも、野戦としよう」
最悪、最大火力を持つ惑星破壊砲の使用を考えると、戦闘中は基地を守る必要がある。つまり、惑星破壊砲を保存する基地を背にしては、リスクが上がるだけ。
なら、鈍足の相手を迎え撃った方がリスクなども軽減される。
だが、そうなると今度は基地からの援護がなくなる。特に防衛装置では大型バカピックの武器も存在するため、それらが使えなくなるのは痛い。
それでも防衛装置の兵器は射程は長いのだが、問題は地下という点。防衛装置は地上近くにのみ顔を出す程度のため、光学兵器では地上にいる相手には地平線に邪魔され、その射程は地平線上に限られてしまう。
実弾なら、その制約も少なくてすむが、高威力な実弾はコストやサイズが大きくなるため、極端なサイズでは用意されていない。
ともあれ、相手が空中でないと、射程距離を有効に生かすことができない。本来はバカピックの大半が宙を飛んでいるので問題のない点であったのだが。
それを理解しての歩行なら、それもそれで利口な話である。
「タンク砲を使うか」
タンク砲、単純に車両に装備した砲塔である。威力は高いが、<リフ>の影響下にあっては無意味であるため、その機会は限られている。逆に<リフ>を持たない相手には大きな意味を持つ。
対バカピック戦とは意外に面倒ごとが多い。
アキラもその事実は経験済みであるが、そこまでの対策を考慮するには経験不足である。
ハヤミにしても、いろいろな制約下でやりくりしているので、嫌になっていることである。
「車両は4台しかありませんが」
これも制約の1つである。何しろ、地上が行く機会が少ない地下に住まう人類には車両など使う機会などない。
当然、コスト軽減の対象となってしまう。
「ひとまず、3台で十分だ。装備は……」
「野戦では実弾は弾数が厳しいと思いますので、光学兵器がよろしいかと。むしろ、威力重視でビーム砲、荷電粒子砲でもよろしいかと」
ターニャは進言する。ハヤミはその意見に賛成であった。
光学兵器はエネルギーさえあれば、撃つことができる。コアはその点は問題なく、エネルギープール次第ではあるがチャージに時間がかかるぐらいが欠点になる。
また、ドラゴン相手には豆鉄砲よりも、出力調整で無理もきく光学兵器がメリットも大きい。
「では、ビーム砲を1台、残りはレーザー砲で」
その指示で手の空いているエンジニア達はホコリを被っている車両の準備にかかった。
「ファミネイの装備は」
「爆発系はあの巨体ですから、効果は薄いでしょう。せめて、タンク砲や単分子ナイフで内部が露出すれば効果はあるかと」
ターニャは再度、進言する。ハヤミもその意見には同感であった。
何しろ、タンク砲ですらどこまで有効打になるか分からないのに、ファミネイ装備の爆発系とて有効的とは思えない。それは実弾、光学兵器ならなおさらなのだが。
それでも数で補ってでも、勝負に出なければならない。
「では、車両に爆発系はストックしておき、基本は得意な武器で威力重視のセッティングを」
「野戦となりますので、出撃する部隊数はどうしましょうか」
「出撃は2部隊だ。勤務のC班で対応を。それと非番のB班は装備展開の上、待機。援軍次第ではすぐの出撃は覚悟するように。夜間勤務のA班は引き続き、休憩を」
手数で勝負するには4部隊で攻めたい所だが、基地から出て戦う以上は守備にも部隊を残す必要もある。それにファイアードレイクの強さ、援軍も含め戦力が見えない以上、初めから強引に攻めても、無謀になりかねない。
今はこれが最善なのだとハヤミは自分に言い聞かせ、出せる指示を出していく。
* * *
格納庫では単分子ナイフ装備が急ピッチでセッティングされている。
その他も部隊出撃に関する準備、車両の整備と日頃はこぢんまりで済んでいる格納庫は今はスペースが余り足りていない。
単分子ナイフのハード部分アルミカンによって瞬時に作成はされたが、セッティングは難航していた。
何しろ、今にない発想で作られているため、手探りの調整となっているからだ。
それでもファミネイの処理能力を駆使して、いろいろなパターンで構築している。
この単分子ナイフ装備はファミネイの巨大な兵器群の中でも、いささか浮いてはいる。
武器本体は2m弱で、自身の身長を超えるだけのサイズ。
しかし、メイン部分は追加推進力、センサー、エネルギータンクの増強等を単純な直方体上で構成されたの集合体。必要時には推進装置が分割して四方に可動する。
非戦闘時、コンパクトに収納できるようにデザインされた結果である。
これらすべてを装備すると全高自体は自身の身長とさほど変わらないが、全長は3m弱となる。
ファミネイ自身を巨大とさせている。
こんな武器は今はない。あるにしても、タンク砲並みの火力と飛行による機動力を持つフライトユニットといった大きさは10m弱の戦略級の装備になってしまう。
これに関してはハヤミやターニャにも使用を考えていたが、どうしても機動力重視で今回のケースでは使いづらいと判断していた。
たとえるなら、戦闘機と戦車で殴り合いという困難な話である。
「一応、機能としては完成させてはいるけれど、実戦での経験はないから、どこまで実用に耐えられるかは分からないわ。あまり、無理な使い方はできないわ」
エンジニアがグラスに機能の説明を始めた。現状は完璧とはいわないが、問題のないレベルには仕上がっている。
ただ、問題のないレベル、言い換えれば差し支えのないレベル。実戦という予測できない場面、無理のかかる場合ではこれは除外される訳である。
グラスも出来上がった巨大な装備自体に興味はあるが、どこまで使えて、どう戦えるかになると不安が大きい。もっと、報酬を上乗せしておくべきだったと、少し後悔している。
「それで、このセンサーは」
左側より出たセンサーにはアームが付けられており、自在に稼働できるようになっていた。センサーとはいうが実際はカメラが主体の観測機器ではある。
「これは切断箇所の調査用のセンサーよ」
簡単にエンジニアは説明したが、切断に適した場所、その材質を含めた内部まで調査して、切断方法まで探り当てるためのモノである。
「アームなのは自動で情報を収集するようにしているから。自分の意思で操作することは可能だけれど、処理に負担がかかるわ」
グラスは一旦、装備とコアの通信にてセンサーを動かしてみる。センサーからは情報が返ってくるが、それと同時に様々な処理を求められた。
情報調査で専念すれば、使いこなしも楽であるが、戦闘同時進行は無理そうであった。
「確かに、これは面倒だな」
「戦闘時は自動モードにしておき、気になるポイントのみを指定して処理をさせた方が楽ですね」
グラスは次に気になる所を質問する。
「推進装置が大きいだけでなく、噴射口も多いわね」
「ええ、そこを見て分かる通り、推進装置も結構、面倒です。姿勢制御だけでなく、瞬間的に音速移動も可能なため、力場で補正する必要があります。また、効率的な切断モーションでも使わないといけないから、これまた面倒で」
制御だけでも面倒の塊である。後でシミュレーションでも体験するが、とてもいつものような戦闘を構築するのは難しかった。特に音速移動は自分自身の保護のために力場の制御も取り入れないといけない。
「これも面倒だな」
「こちらも自動補正がありますので、それに頼るのが素直かと」
機動力に関する制御も確かに装備が自動で行ってくれるが、殴り合いメインのファイターでは慣れもあって使いこなしは難しいかっただろう。
そういった意味では日頃から機動力を武器とするグラスでないと、使いこなしは難しい装備である。
「巡回速度でも音速移動可能だけれど、この装備では効率が悪くエネルギーの無駄になるわよ」
そのためにもエネルギータンクの増加で補っている。コアは半永久でエネルギーを作れるが、その量は大きさで決まってくる。
実際、この装備自体にもコアを持っている。それでも装備者のコアとも合わせても、フル出力での稼働時間はそう長いものではない。
あくまで、エンジニアが言う通り、そういった使い方はこの装備の前提ではないため、大きな問題はない。
「ひとまずシミュレーションでそこらはじっくりと確認しましょう。実際の練習は本番になるでしょうが」
グラスは装備を身に付ける。メインの装置以外にも、胸部や腕部には姿勢制御用の推進力や保護用に力場発生器などを詰め込んで鎧のようにした装甲が用意されている。
また、メインとなる長方形の推進装置等の集合装置は背中には直接、身に付けない。コアとリンクさせた上で、力場で浮遊させる。
そして、肝心な単分子ナイフ本体を握る。
「装備本体の駆動のための情報が送られていると思いますので、まずはそれを認識して下さい」
エンジニアが言う通り、装備から情報が送られてくる。それは取り扱い説明書のようなモノではなく、本来ない、第3の目、第3の手、第3の足といった、外付けの機関を動かすための駆動制御。これによって、自身の手足同然に扱える。
それでも、自身の手足のように使えても、歩き方をようやく始めた赤子のようなモノ。使い熟すには技能がいる。これはデータベースに過去の例が参考にあるため、グラスはこれを元にシミュレーションし、自分のモノへと昇華させようとする。
ハヤミとの会話から単分子ナイフ自体は10分で用意はできたが、ここからは可能な限り時間が欲しい所である。
とはいえ、ホコリを被っていた車両の用意にはまだ時間がかかっているため、出撃まではまだ時間的余裕はありそうである。それでもわずかな間の話となりそうである。
そのわずかな間とはいえ、コアを持つファミネイの処理能力の前では、人間の一夜漬けの知識よりも効率的で、多くの知識を得られる。朝飯前の仕事である。
だが、そんな貴重な朝飯前の時間を有効活用できる人間もファミネイも少ない。
さて、エーコは第6部隊長でC班全体の長でもある。他の班のヴィヴィやクローゼと違い、エーコは基本、無口である。それでも長をこなしている。
戦闘要員であるため、コアによる通信でことは足りるとはいえ、いろいろと支障はあるはず。それでも、しゃべること極力避けている。
それは性格的な話ではなく、そういう性分とのこと。
そんなエーコは決して、消極的ではなく、むしろ、班全体に気配りができている。現に今も出撃前に不具合がないか格納庫全体を見ている。
そんな中で単分子ナイフ装備に目が入る。エーコの目からも驚くべきでかさである。
だが、その驚きに他に疑問も覚えた。そのことをエンジニアに指摘する。
『今回は野戦でしょう。これ、どうやって運搬する』
自走ができるとはいえ、先ほども語ったように効率は良くない。
アルミカンで変換して収納するにしても、ここまで大型だと展開時にファミネイのコアでは負荷と時間がかかるだけ。
車両のコアにしてもまだましなレベルだが、戦闘でそんな悠長なことも危険である。
そもそも、既に仕上がっている以上、このまま移動させるのが無駄がない。
では、車両も出すことからそれで乗せていくことになるか。それでは車両1台のスペースを占有することになる。
今回は2部隊だから、2台でまかなえる人数ではある。だが、その他の荷物を考えると余り余裕はないし、既に車両への積み込みはしていて、そのスペースはなくなりかけている。
「司令室へ、単分子ナイフの運搬方法の確認を」
エンジニアは司令室に方法の確認を求めた。
結局、単分子ナイフは車両による牽引という形で運搬されることになった。
車両の後ろに付けられた簡易的な台車にグラスは単分子ナイフ装備を身に付けたまま乗せられた。
これは慣らし運転にもなるとの判断だ、一応。
実際にただ、身に付けているだけでも熟練度は上がる、元々0から始まっているのだから、その習得度は並ではない。
ただ、身に付け慣れていれば、その効果はほとんど期待できないが。
そして、出撃の準備が整ったことで、地上への移動の時間となった。
「グラスさん。これ、差し入れです」
エンジニアの1人が渡したのはチョコ味の携帯食料と水だ。グラスの甘い物が好きということからの、ささやかな選別であった。
これとて、ただではないが恐らく備品からこっそりと取り出したモノだろう。
そんなグラスの今の状態は台車の上に載せられた荷物扱いだ。モノを取ろうとしても誰かに頼まないと無理な状態。
「ありがとう」
グラスはその場で食べ始める。実際、シミュレーションを含めてカロリーは消費しているからだ。その上、これからが本番。ドラゴン退治である。
必要以上のカロリーも無駄でない。
「無理はしないで下さい」
どういう思いなのか、エンジニアはそう声をかけてくれる。
むしろ、無理を承知で急ごしらえの装備を調整してしたのだ、この先の展開では似つかわしい言葉なのは分かっているだろう。
無理などしないで乗り越えられないし、死の確立だって高い。
そして、命惜しさでは基地を危機にさらす。
だけれども、グラスもまたそんな言葉に何も考えず返す。
「別に今日死ぬのも明日死ぬのも、一緒ででしょう、私達には。でも、貴方にそう思われるだけで、有り難いけれどね」
グラスは笑みを浮かべている。
声をかけたエンジニアは少し悲しい気持ちになる。最近、ここへとやってきた新人であるから慣れていないのだ。
この出撃前の空気に。
グラスもそのことを察し、ついでに通信での情報でも確信した。
「まあ、面白いじゃない。仕事だけれど、追加報酬のためになら」
エンジニアは余計に混乱していた。あまり、フォローになっていなかった。
「しっかりね、グラス」
パティは車両に乗り込んでいく際、グラスに手を振っていた。
この2人は特別編成枠として、C班に入っている。本来のチームの一員であるレンは待機である。
「パティ、戦闘の際はアシストをお願いするわね」
そういって、いっきに携帯食料を口にして、水で流し込む。
グラスの甘い物は好きだが、この携帯食料は味やカロリーという点では甘味に似ているが、食感は悪く、味も似ているだけで違和感もある。そもそも、本物のチョコは食べたことがない。
もし、食べる機会があれば人類を裏切る覚悟だってある。それは余談であり、禁句でもあるのだが。そもそも、本物のチョコは人類が地下にいる以上、ありえない夢物語でもある。
ともあれ、グラスには携帯食料では甘味としては満たされない。それでも、思いはしっかりと受け取っている。
「そうだ、無事に帰ってきたら、1杯おごるわ」
水の入っていた容器を投げて返した。
そういって、C班は地上へと上がっていた。
「そういえば、大丈夫かしら。あんなことを言って」
エンジニアは思い出した。昔から不吉なジンクスがあることを。
それは戦場に赴く前、途中で重大な約束事を言うと、それは死によって適わないモノとされてきた。
しかし、少女達にはそんなジンクスは関係ない。何せ、死という結末は常に付きまとい、生きながらえても短い生涯となるからだ。
むしろ、生きていること自体、ラッキーなのだ。
ゆえに、楽しく、死すらネタにする。
これは不吉なジンクスではなく、当たり前なのだ。