ミノタウロスの手足
ターニャはミノタウロスの手足を見ながら、考えている。
一応なりともアキラの話していた提案には興味があったからだ。
この手足を利用して、駆使して兵器を作る。発想も考えも悪くは無い。ただ、今の論理感と資源の少なさ、後、忙しさで少し困難ではあるが。
「どうかしました、主任」
先ほどから、近くで聞き耳を立てながら作業をしていた少女がターニャに声をかけてきた。
「その主任という呼び名はやめなさい」
「いいじゃないですか、主任。ここは栄光ある『トリオール.ワークス』なんですよ。その取り纏め役が肩書き無しでは締まりがありませんから」
色々、忙しくなったため、エンジニアの派遣を都市に要請して、やってきたのが彼女、マリコである。つまりは都市育ちのファミネイ。
おっとりした性格ではあるが、少女であるファミネイには珍しく、体格からも雰囲気からも母性を滲ませている。おそらく、マリコは年長者である事から来ているのだろう。
「あの子がアキラさんですか。かわいい子ですね」
アキラに対する評価は外見的にかわいいが、まず始めに来る。
だが、ターニャにとっては、アキラとは部署の違う人間として接する事が多く、説明、提案、そこからくる対立とそういった面で関わる為、かわいいという印象を初めから持てない。
実際、先ほどのやりとりでもそうだ。
かわいらしいのは、時折見せるその発想ぐらいだが、それとてかわいいが故にとんでもないことも多い。
「しかし、さっきの事は他言無用よ。都市の人間はそういうのうるさいでしょう」
「まあ、口には出しませんからどうでしょう」
マリコはおっとりとした口調で答えている。だが、ターニャの意味は当然分かっている。
「でも、私達の生産コストと機械の体では比較できませんからね」
「そういうこと、よ」
ファミネイは人工生命体。その構造は人間を模して作られている。そのため、ありふれた素材で作る事が出来る。
空、地上を奪われた人類にとって、あらゆる資源は不足している。
原子の分解、再構築が可能であるアルミカンがなければ、生活の循環も成り立たない。
もし、機械の体の兵器を作れば、バカピックを模しているとも言うだろうが、それよりも無敵の兵器で無ければ、資源の無駄使いと言われるだけである。
実際、過去で使われた巨大ロボットから、現在のスタイルに代わった経緯はここにもある。より安価で、ありふれた素材で作れるモノでの運用を考えるのが、合理的である。
「私達の命を重く考えてくれる、彼はいい子ですね」
マリコはそう語る。
「それが人類には危険な考えだけどね」
ターニャはそう返す。
この世界は限りなく、滅びに近く、些細なことで崩壊しかねない。それが人類の敵バカピックの仕業である反面、ある種、死して毛皮を残すが如く、支えているのもバカピックである。
こうして、バカピックの残骸から素材を得る事で戦いを続けている。
その中で人類は何を残しているのか。それは禁じられた思考実験である。
ターニャは嫌でも思考を切り替えないと、深みにはまってしまうと感じた。
「それでもやっぱり、男の子よね。そういうモノに憧れるのは」
「なにがですか」
「機械の体というわけじゃ無いけど、この機械的な手足を見て兵器を思いつくのは男の子らしいじゃない」
確かにそれをロマンというべき考えかも知れない。
「まあ、今じゃロボットのオモチャなんてありませんからね」
マリコはそうつぶやく。自身だって書籍で知った知識であり、現物は見た事がなかったが、この基地に来て地上からの里帰り品でようやく現物を見る事ができたのだが。
「それは別にして、この手足の構造は奴らの設計思想を考えるにはいい材料よ」
それは人間の手足とは構造がかなり違っている。
バカピックの事はあまり分かっていないが、それでも可動構造自体は理解に苦しむほどの事はない。力任せではあるが、触って動かして確認できるからだ。
だが、その設計に関しては理解しがたい点はあり、筋肉という概念が無く、関節部はモーターの様な回転運動だけで生物のスムーズな動きを再現しようとしている。
その設計思想は工学的な機械というよりは、創意工夫のカラクリに近いのかも知れない。
バカピックの解明する中で、ミノタウロスはバカピックの中でも数少ない人型。
その人型でありながら、その実、生物を理解していないのではないか、もしくは筋肉に代わる技術がないのか、出来ないのか。
技術的な思想だけでも奴らを紐解こうとすれば、生物を見て参考にする事無く作られた機械になる。
そんな事はあり得るのか。
確かにあの宇宙で人類が探索した時に、生物の発見例はほとんど無い。それでも卵が先か鶏が先では無いが、バカピックとて元は機械の生物が作り出したわけでは無いだろうから、何らかな生物が作り出したはず。
その生物は筋肉を有さなくとも、このような構造で作るだろうか。それとも、機械が機械で進化した形なのか。
「どうしました」
真剣に手足を眺めて、考察を続けた事に気がつかないマリコはターニャに尋ねた。当然だ、語りかけてきたのにしゃべらないのだから。
「ああ、ちょっと構造から設計思想を読み取ろうとしていたら、夢中になって」
「確かにそうですね。構造自体は私達でも理解しやすいですが、奴らの培われた技術をこれらから読み解くのは理解しがたいですから」
同じ、エンジニア。その思想は似た所がある。
「まあ、アキラの期待を裏切るのは悪いけど、これは武器に出来ないわね。何もかも構造の違う牛の怪物と交わる気はさらさら無いから」
ミノタウロスは怪物であっても、その生い立ちは人間と牛が交わりからである。
アキラの提案はある種、それに似ている。
「ひとまず、手足の解明を優先して、この機構で得られるモノは決して無駄では無いわ。目の前の首では、何かまじないの道具でしかないし」
解明しても、手足自体に特殊な能力でもあるわけでもない。ただの力自慢でしかない。そこから分かる事は地味な結果だろう。それでもこれは分かりやすい物的証拠。
何も分からない理解しがたい存在よりも、解明はしやすく、答えも導きやすい。
「それで首自体は頭脳と呼ばれる機器は無いのですか」
「確かに、それはまだだったわね。マリコさん、それに関してはそっちで調べてもらえるかしら」
「分かりました」
ターニャの仕事に関しては、このように次ら次へと忙しくなっている。ターニャは日々、この様にバカピックと向かい合っている。戦闘だけがバカピックと向き合う事ではないからだ。