第1話 桁違いな3人
「おい、早く行こうぜ!!次はせっかくの実習なんだから!」
智隆が急かすように後ろにいる少女たちを呼ぶ。やれやれ仕方ないなと思いながら、秋子は少し駆け足気味に追いかける。
ここは、日本皇国、埼玉県の北東部栗橋。歴史的に交通の要所であり、江戸時代には関所が置かれ、関東三大関所の一つに数えられた。第三次世界大戦後、この地は利根川の氾濫を完全に防ぐため、スーパー堤防事業が進められた。住民はこの地から内陸(川からみて)に移住し、わずか七年の歳月でスーパー堤防は完成した。そして新しく現れた大地に造られたのが、ここ国立第八防衛高校。富国強兵を目的に造られた全国十二の防衛高校の一つである。ここに置かれている科は、騎士科、魔法科、そして魔法戦士科である。魔法に関しては、また後ほど述べるとして、今は先ほどの彼らに話を戻そう。
「おい、秋子、遅いぞ。俺がどれだけ待ったと思っているんだ。」
智隆の声に秋子はやれやれといった感じで追いかけた。
二人はこの第八高の魔法科一年生。入学して既に二ヶ月が経ち、各々友達グループができていた。
「ちょっと待ちなさいよ。あなた達はなんでこんなに無駄体力があるのよ。そんなのは騎士科で十分よ。」
後ろから追いかけてきたのは彰子。今のところ、この二人が秋子の友達グループということになっている。因みに秋子が今年の魔法科首席、彰子が次席、智隆が三席というトップ3のグループに対して、誰が近づくことができよう。
今日の実習は、五分以内で基礎攻撃魔法の生成、及び標的に命中させることである。魔法科の生徒に求められる戦闘技術は騎士たちに迅速な補助魔法をかけ、彼らが戦っているうちに、後方から大きな魔法をかけ敵を殲滅することである。なので、特に入学したばかりの彼らに求められているのは、補助魔法と攻撃魔法の習得である。
ドドーーン!!
実習開始から、十秒も立っていないのにもかかわらず、標的が爆ぜた。
「うっしゃーーー!クリアだぜ!!」
智隆が、腕を突き上げ勝鬨をあげる。
「いや、そんな早く終わらせちゃったら、つまんないわよ。」
制限時間ちょうどの五分になった瞬間、標的を切り裂いた秋人は智隆の方をむいて言った。
「いや、だからって終了三秒前に俺よりも高度な魔法を無詠唱、無所作で放つんじゃねえよ。」
「そうよ、少しは私たちに合わせてよ。」
詠唱に四分の時間をかけたが、その分二人より強力な魔法で標的を破壊した彰子がため息をつきながら言った。おそらく、あんたも十分規格外だよと思った同級生は多かったはずである。魔法の能力でも他の同級生に追随を許さない3人である。
実習が終わった後の時間は魔法通史であった。秋子は授業を聞きながら、窓を眺め、魔法の成り立ちについて頭の中でおさらいをしていた。
そう、魔法がこの世に登場したのは、第三次世界大戦の末期であった。
第三次世界大戦
二〇一三年四月、当時領土問題で対立関係にあった日本と中国の間で、突如戦火がきられた。中国はすぐに同じく領土問題のあった韓国に彼の国の言い分をすべて認める代わりに共闘を持ちかける。竹島の自領への編入と、日本に対する強烈な劣等感から、韓国はそれを受諾、日本に宣戦布告となった。
対する日本は断腸の思いで、北方領土を二島返還ということでロシアとの交渉をまとめ、中国の台頭を苦々しく思っていたロシアを味方につけた。
態度を決めかねていたアメリカは中国の脅威を重視、日本側として参戦することが決定した。ここに日・米・露を中心とした連合側と中・韓を中心とした枢軸側による第三次世界大戦が勃発したのであった。
この戦いは、たちまち世界へと波及した。アメリカの態度が決まったことにより、英・仏・独等の欧州は連合側についた。対して、イラン、南米等の反米勢力は枢軸側につく。南米での、反アメリカ勢力の暴走、アフリカにおける中国の暗躍により、三回目の大戦にして初めて世界全土が戦争となった。
日本は、中国・朝鮮軍の猛攻に耐え切れず、フォッサマグナ以西を占拠された。アメリカ軍は日本からの兵の撤退を決め、ハワイに防衛戦の構築を始めていた。ロシアは、東半分を既に中国に占拠され、モスクワでは連日、降伏に関する協議が続けられていると噂された。
中東イランの活躍により、石油資源国家は総じて枢軸側に塗り替えられた。誰もが、枢軸側の勝利を確信しつつあった。
しかし、この戦争の行く末を決定づけたのは日本の某所で行われていたあるプロジェクトである。
カミカゼプロジェクト
元寇のときの神風は偶然のものではないという研究者たちの執念の元、科学面・古文書面からの研究が進められた。そして発見されたのが、亀山上皇の記した敵国降伏祈願次第書である。
所謂オカルト的なものとして見られていたこの儀式を実行した所、瞬く間に神風が吹き、日本を占拠する中国軍に襲いかかった。それから一気に戦況が変わっていった。
結局、連合側の勝利で終わった。しかし、カミカゼプロジェクトによる奇跡はその後魔法と称され、例えば、仏教でやる修法などはその儀式に発動キーを組み込むことによって発せられることも解った。各国も積極的に魔法の研究がなされるようになり、それは日本も例外ではなく今に至るのであった。




