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30/30

君と歩く、その先へ

 事件が終わった翌日。


 ではなかった。


 三日後。


 土曜日。


 高瀬朗は。


 待ち合わせ場所に。


 三十分前からいた。


「……早すぎた」


 スマートフォン。


 午前九時三十分。


 約束。


 十時。


 駅前。


 秋。


 少し冷たい風。


 朗は。


 何度目か分からないくらい。


 時計を見る。


「落ち着け」


 今日は。


 調査ではない。


 教授もいない。


 警察もいない。


 脅迫状もない。


 写真も。


 古文書も。


 ない。


 いるのは。


 自分と。


 ロキシーだけ。


「……そのほうが緊張するんだけど」


     ◇


「アキラ!」


 声。


 振り返る。


 金色。


 人混みの中でも。


 すぐ分かった。


     ◇


 ロキシー・ハートマン。


 いつもの大学とは。


 少し違う。


 淡い色のニット。


 ロングスカート。


 薄手のコート。


 長い金髪。


 耳元には。


 小さなイヤリング。


「おはようございます!」


「……おはよう」


「何です?」


「いや」


「見ました?」


「見てない」


「今、すごく見ました」


「……似合ってる」


 ロキシー。


 止まる。


「もう一回」


「言わない」


「聞こえませんでした」


「始まって三十秒でそれ?」


「大事です」


     ◇


 ロキシーが。


 朗の顔を。


 じっと見る。


「アキラも」


「?」


「格好いいです」


「……どうも」


「照れました?」


「行くよ」


「逃げました」


     ◇


 今日。


 朗が選んだ場所は。


 都内の。


 古い庭園だった。


 池。


 石橋。


 紅葉。


 茶屋。


「アキラ」


「何?」


「どうしてここ?」


「静かだから」


「アキラらしい」


「嫌?」


「いいえ」


 ロキシー。


 周囲を見る。


「好きです」


 朗。


 少し反応。


「場所が」


「ああ」


「今、何か期待しました?」


「してない」


「残念」


     ◇


 二人。


 並んで歩く。


 不思議だった。


 今まで。


 二人で。


 いろいろな場所へ行った。


 大学。


 温泉街。


 月姫山。


 旧診療所。


 旧校舎。


 京都。


 修道院。


 でも。


 いつも。


 目的があった。


 手掛かり。


 写真。


 人。


 真実。


 今日は。


 何もない。


「アキラ」


「うん?」


「事件がないですね」


「当たり前」


「本当に」


「探すなよ」


「まだ何も言ってません」


「顔で分かる」


     ◇


 池。


 鯉。


 ロキシー。


 しゃがむ。


「大きいです」


「うん」


「アキラ」


「何」


「この魚」


「鯉」


「恋?」


「……」


 嫌な予感。


「日本語は面白いですね」


「絶対分かってて言ってるだろ」


「何が?」


「もういい」


 ロキシーが。


 笑う。


     ◇


 茶屋。


 抹茶。


 和菓子。


「苦い」


 ロキシーが。


 顔をしかめる。


「抹茶だから」


「でもおいしい」


「どっち」


「両方です」


「便利だな」


 ロキシー。


 和菓子を半分。


「アキラ」


「何?」


「はい」


「?」


「半分」


「君食べないの?」


「一緒に食べます」


「一個ずつ頼んだだろ」


「これはデートです」


「だから?」


「シェアします」


「そのルールどこで覚えた?」


「インターネット」


「信用するな」


     ◇


 結局。


 朗は。


 一口もらった。


 ロキシー。


 満足そう。


     ◇


「エリザベスさん」


 ロキシーが。


 ふと。


 話題を変えた。


「うん」


「昨日、連絡が来ました」


「何て?」


「美津子さんと」


 少し笑う。


「また電話したそうです」


「そっか」


「今度は一時間」


「五十年分あるからな」


「はい」


     ◇


 大学。


 三崎俊明理事長。


 第三者委員会。


 調査。


 まだ。


 時間がかかる。


 橘達也。


 神谷圭介。


 遠山雅人。


 それぞれについても。


 警察。


 大学。


 関係者が。


 判断していく。


 すべてが。


 一日で。


 綺麗に終わるわけではない。


 でも。


 もう。


 隠されてはいない。


     ◇


「エリザベスさん」


 ロキシー。


「言ってました」


「何を?」


「過去を消すことはできない」


「うん」


「でも」


 池の水面を見る。


「過去の続き方は」


「……」


「変えられるって」


     ◇


 朗は。


 少し。


 黙った。


 エリザベス。


 美津子。


 葛城。


 宮原。


 神谷。


 遠山。


 大庭。


 三崎。


 五十年前。


 みんな。


 何かを。


 選んだ。


 怖くて。


 間違えた人も。


 途中から。


 戻った人も。


 いた。


     ◇


「ロキシー」


「はい?」


「君」


 一度。


「日本に来てよかった?」


 ロキシー。


 少し驚く。


     ◇


「はい」


 即答。


「事件に巻き込まれたのに?」


「それは困りました」


「閉じ込められたし」


「二回」


「自慢するところじゃない」


「でも」


 ロキシーが。


 朗を見る。


「アキラに会いました」


     ◇


 心臓。


 一回。


 強く。


 鳴る。


「だから?」


「来てよかったです」


 ロキシー。


 笑う。


「とても」


     ◇


「……そう」


「アキラは?」


「何が?」


「私に会って」


「……」


「よかった?」


 逃げ道。


 ない。


     ◇


 以前なら。


 目を逸らした。


 冗談。


 事件。


 相棒。


 何か別の言葉へ。


 逃げた。


     ◇


 今日は。


 逃げない。


「よかったよ」


     ◇


 ロキシー。


 目を。


 少し大きくする。


「本当に?」


「ああ」


「どのくらい?」


「数字にするな」


「では言葉で」


「……」


 難易度を。


 上げてくる。


     ◇


「人生」


 朗。


 少し考える。


「変わった」


     ◇


 ロキシーが。


 黙った。


     ◇


「君が来る前」


「はい」


「僕」


 一息。


「こんなこと絶対しなかった」


「事件を調べる?」


「それも」


「京都へ行く?」


「それも」


「女の子を助けに旧校舎へ?」


「それは普通する」


「よかった」


     ◇


「でも」


 朗。


 続ける。


「人に」


「?」


「ここまで」


 少し。


 言葉を探す。


「振り回されるのも」


「……」


「心配するのも」


「……」


「会えないと嫌だって思うのも」


 ロキシー。


 表情が。


 少しずつ。


 変わる。


     ◇


「全部」


 朗が。


 笑う。


「初めてだった」


     ◇


 風。


 紅葉。


 一枚。


 二人の間を。


 落ちた。


     ◇


「アキラ」


「何?」


「それ」


 ロキシー。


 少し。


 声が小さい。


「もう告白では?」


「……まだ」


「まだ?」


「ちゃんと言うって言っただろ」


     ◇


 今度は。


 ロキシーが。


 黙る番だった。


     ◇


 午後。


 二人は。


 庭園を出た。


 書店。


 カフェ。


 雑貨屋。


 何でもない。


 一日。


     ◇


 ロキシーが。


 外国語の本を見つけて。


 朗へ。


 読み方を教え。


 朗が。


 漢字の意味を。


 ロキシーへ教えた。


     ◇


 昼。


 パスタ。


「日本で」


 ロキシーが言う。


「イタリア料理」


「嫌?」


「いいえ」


「何食べたかった?」


「お好み焼き」


「先に言えよ」


「次があります」


 朗。


 止まる。


「次?」


「次のデート」


     ◇


 自然に。


 その言葉が。


 出た。


「……」


「嫌?」


「嫌じゃない」


「では決定」


「早いな」


     ◇


 夕方。


 二人は。


 川沿いへ。


 日が。


 落ち始めていた。


 空。


 橙色。


 水面。


 光。


     ◇


 朗は。


 歩きながら。


 ずっと。


 考えていた。


 いつ。


 言う。


 今?


 もう少し先?


 橋?


 ベンチ?


     ◇


「アキラ」


「!」


「びっくりした」


「何を考えてます?」


「何でもない」


「嘘」


「……」


「顔に全部出ます」


「君にだけだよ」


     ◇


 言ってしまった。


 ロキシー。


 目を丸くする。


     ◇


「アキラ」


「もういい」


「今の」


「分かってる」


     ◇


 朗は。


 立ち止まった。


     ◇


 川沿い。


 小さな遊歩道。


 人。


 少ない。


     ◇


「ロキシー」


「はい」


     ◇


 彼女。


 真正面。


     ◇


 ここまで。


 三十話。


 ずっと。


 ロキシーのほうが。


 近づいた。


 腕を組んだ。


 手を握った。


 抱きついた。


 からかった。


 聞いた。


     ◇


 朗は。


 逃げた。


 照れた。


 誤魔化した。


     ◇


 でも。


 今日は。


 違う。


     ◇


「最初」


「はい」


「君のこと」


 一度。


「ものすごく苦手だった」


     ◇


「……」


 ロキシー。


 眉。


 下がる。


「告白の始まりとして最悪です」


「最後まで聞いて」


「はい」


     ◇


「距離近いし」


「はい」


「勝手に決めるし」


「はい」


「危ないところへ行くし」


「はい」


「人の話聞かないし」


「……少しは聞きます」


「でも」


     ◇


 朗。


 ロキシーを見る。


     ◇


「いつの間にか」


「……」


「それが」


 一息。


     ◇


「全部ないと」


「……」


「寂しくなった」


     ◇


 ロキシー。


 何も。


 言わない。


     ◇


「君が笑ってると」


「……」


「安心する」


     ◇


「君がいなくなると」


「……」


「怖い」


     ◇


「君が」


 言葉。


 一つずつ。


「隣にいると」


「……」


「嬉しい」


     ◇


 もう。


 逃げない。


     ◇


「ロキシー」


     ◇


「僕は」


     ◇


 青い瞳。


 まっすぐ。


     ◇


「君が好きだ」


     ◇


 風。


     ◇


 沈黙。


     ◇


 一秒。


 二秒。


 三秒。


     ◇


「……」


     ◇


「ロキシー?」


     ◇


 彼女の目。


 涙。


     ◇


「え」


 朗。


 焦る。


「何で泣くの」


     ◇


「遅いです」


「……え?」


「遅い!」


     ◇


 ロキシー。


 朗へ。


 抱きついた。


     ◇


「うわ!」


「ずっと!」


「ちょっと」


「ずっと待ってたんです!」


「分かったから!」


「第何話からだと思ってるんですか!」


「メタなこと言うな!」


     ◇


 ロキシー。


 朗の胸へ。


 顔。


 埋める。


     ◇


「私も」


 声。


 少し。


 震えている。


「アキラが好きです」


     ◇


 朗。


 息を止める。


     ◇


「最初から?」


「最初からではありません」


「そこ正直だな」


「最初は」


 一度。


「かわいい日本人だと思いました」


「かわいい?」


「はい」


「……」


「でも」


 ロキシー。


 顔を上げる。


「優しい」


「……」


「怖いのに」


「……」


「来てくれる」


「……」


「逃げるのに」


「そこ必要?」


「最後は逃げない」


     ◇


 笑う。


     ◇


「だから」


 ロキシー。


「大好きです」


     ◇


 朗。


 完全に。


 言葉が。


 なくなった。


     ◇


「アキラ」


「何」


「顔」


「?」


「すごく赤い」


「君もだろ」


     ◇


 少し。


 二人。


 笑う。


     ◇


 そして。


 ロキシーが。


 朗の手。


 握る。


     ◇


「これで」


「?」


「恋人?」


     ◇


「……」


 朗。


 少し。


 考える。


「違うの?」


 ロキシー。


 不安。


     ◇


「いや」


 朗。


 握り返す。


     ◇


「恋人」


     ◇


 ロキシーの。


 笑顔。


     ◇


「はい!」


     ◇


 帰り道。


 二人。


 手をつないだ。


     ◇


 今までと。


 同じ。


 でも。


 少し。


 違う。


     ◇


「アキラ」


「何?」


「次のデート」


「もう?」


「お好み焼き」


「覚えてたの?」


「もちろん」


「分かった」


「その次」


「まだあるの?」


「温泉」


     ◇


 朗。


 止まる。


「温泉?」


「はい」


「二人?」


「はい」


     ◇


 脳裏。


 昔。


 月影荘。


 浴衣。


 近すぎるロキシー。


     ◇


「……それは」


「何?」


「もう少し後」


「どうして?」


「心の準備」


「何の?」


「聞くな」


     ◇


 ロキシーが。


 朗の腕へ。


 抱きつく。


「近い!」


「恋人です」


「恋人でも近い!」


「慣れてください」


「無理」


「では」


 一度。


「一生かけて」


 朗。


 止まる。


     ◇


「……」


「アキラ?」


「そういうこと」


「?」


「簡単に言うな」


     ◇


 ロキシー。


 少し考え。


 そして。


 笑う。


「では」


「?」


「一生かけます」


「……」


     ◇


 また。


 朗が。


 負けた。


     ◇


 数週間後。


 大学。


 中庭。


     ◇


「アキラ!」


 ロキシー。


 走ってくる。


「走ると危ない」


「事件です!」


「嫌な予感しかしない」


     ◇


 封筒。


 一枚。


     ◇


「これ」


「何?」


「図書館の古い本から」


「……」


     ◇


 朗。


 封筒。


 見る。


     ◇


 差出人。


 なし。


     ◇


「ロキシー」


「はい?」


「まさか」


「新しい事件かもしれません!」


     ◇


 目。


 輝いている。


     ◇


「……」


     ◇


 朗。


 大きく。


 ため息。


     ◇


 でも。


 今度は。


     ◇


「分かった」


     ◇


 最初から。


 そう言った。


     ◇


「一緒に調べよう」


     ◇


 ロキシー。


 満面の笑み。


「はい!」


     ◇


 二人。


 並んで。


 歩き出す。


     ◇


 過去は。


 変えられない。


     ◇


 でも。


     ◇


 誰と。


 これからを歩くかは。


     ◇


 自分で。


 選べる。


     ◇


 積極的すぎる留学生。


 ロキシー・ハートマン。


     ◇


 奥手だった。


 日本人学生。


 高瀬朗。


     ◇


 二人の物語は。


 事件が終わっても。


     ◇


 まだ。


 始まったばかりだった。


 最終話 君と歩く、その先へ 了


『ロキシーは謎まで距離が近い!』 完

挿絵(By みてみん)

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