20
「クッ、これは!?」
「黒夜の実力を見たかったのですが、仕方ありません」
「ここから出せ!」
「無駄です」
透明な壁は次第に白色へと変わっていく。
同時にシスターの持っていた小箱が縮小を始めた。
「これはアーティファクト。
対象を異空間に閉じ込める特殊アイテムです。
対処法はアバターを削除するしかないでしょうね」
サコンはその説明を聞くと、すぐに壁に攻撃を始めた。
慌ててシェーロ達も攻撃を始めるのだが、壁はびくともしなかった。
半透明だった壁は次第に色を濃くしていき、外の音が聞こえなくなる。
「もう手遅れ」
色が完全に浮かぶと、音も消え、攻撃していた壁が消失した。
「うわっ!?」
「か、壁が無くなった!?」
「け、けど、……何も無いぞ!?」
壁が無くなり、シスターたちの位置に移動するのだが、そこには痕跡が一切無い。
(アーティファクトってなんだろ?)
シェーロ達を尻目にマイペースにアーティファクトについて調べる。
古代の遺跡などから出土した、現代では解明できない高性能なアイテムの事であった。シスターが使ったのもそのアーティファクトの一つである。
説明を眺めていると、サコンがいち早く馬車の中に入り、ミナモに尋ねる。
「解決方法は無いのか?」
「普通一番初めに私に聞く?」
「時間が惜しい」
「時間が惜しいって、寧ろ少し時間を置いた方が良いだろうに、その方が安心して出れるさ」
今出れたとしても、先ほどと同じ様に敵に真っ只中に出る。
時間を置く事で、先ほどの状況から脱せるのだが、サコンはそれを良しとしなかった。
「逃げたくはない、例え絶望的な状況であっても、このままうやむやになんかできない」
「それを彼女達は受け入れるのかい?」
「受け入れなくても良い、進むしかないんだ」
「……ふむ」
独りよがりな答えではあるが、シェーロ達に嫌でも現実と向かい合わせる機会だ。それがサコンの目的なのだろう。
「もう退けない、退ける情勢でもない、ならば逃げるか、立ち向かうか、それだけだ」
「潔良いのか、自分勝手なんだか、まあ、それを私じゃなくて彼女達に言ってくれ。
私が悪者になろうか?」
「俺が言う」
サコンは馬車を降りて、呆然とする彼女達の前に立ち、声を強くして尋ねる。
「もう後には退けない、選択してくれ、このまま進むか、諦めて逃げるか。
たぶん誰も選択を責めたりはしない」
「……進むか、逃げるか」
二択、その二択の未来を彼女達は考える。
裏切られたばかりで、心が落ち着かない。シェーロ達はぐちゃぐちゃな感情を抱えたまま考え続ける。
そして一番初めにシェーロが口を開いた。
「……サコンさんは、どうするんですか?」
縋る様に尋ねるが、サコンは首を振った。
「俺は俺の道を行く、だがお前達はお前達の考えで行動して欲しい、ここがターニングポイントだ」
「ターニングポイント。
……私は」
シェーロの中にある願い、強くその願いを口にする。
「戦争を、止めたい、です、せめて、この国だけは、安全になって欲しい」
力は無い事は自覚している、だからこそ願いだけだ。
その願いは彼等も変わらない。
「俺だってそうだよ、……けど、力だけはどうしようもない」
現実と言う壁にぶち当たり、全員が悔しい思いをしていた。
「なら心折れるまで足掻き続けてみてはどうだね?」
シェーロ達に投げかける言葉は、これくらしかなかった。
「力が無いならせめて考えて、最後まで足掻くしかないだろ。
無いなら無いなりに、仲間を増やしたり、それだけだろ」
そんな事は分かっていたが、それでも壁は厚く高い、踏み出す足が鉛の様に重く一歩踏み出すことが出来なかった。
「本気だからこそ苦しむのは分かるが、……もう少し気楽に行こうぜ」
ゲームだからと続けたかったが、サコンから言われた事を思い出し、その言葉を飲み込んだ。
「貴方は、……どうしたいのですか?」
「私?」
シェーロは、気軽に口にするミナモの心意と目的を知りたかった。
「う~ん、何も考えずにプレイする奴等に良いお灸じゃないかと思ってるよ。
とは言え、あの国に居る奴等はお灸にもならないし、もう少し各方面で頑張って欲しいかな」
「他人事だな」
「他人事さ」
愛着が無いからこその他人事であった。
昔の性格ならば手を貸していたのだろうが、悪く言えば不良になってしまったからこそ、手を貸すという選択は無かった。
「まあ、別に完全に手伝わないわけではないよ、少なからずあの教団にはちょっとした因縁がある」
ミナモは馬車を降りて歩き出す。
そしてサコンの前に立つと、何処からともなく一振りの剣が現れた。
「なんだそれ?」
「赤い、水晶?」
それは電の様に枝分かれした歪な半透明な紅の剣。
宝石で作られたとしか思えない刀身が怪しく光る。
「これを君にあげよう」
突き出した剣に、サコンは警戒して訝しみ、ミナモと剣を交互に睨み付ける。
「……これを使えば、どうにかなるのか?」
「この場はどうにかなる」
「この場……」
強調したわけではないが、その言葉に違和感を強く覚える。
そしてミナモの口はつり上がった。
「そう、この場だけ、そしてそのひと振りで君は取り返しのつかない事態に陥る」
「それでも構わない」
例え何が起きても突き進む、そんな覚悟がサコンは出来ている。
「ああ、言っておくけど、本当に引き下がれないよ。
君が得られるのはその剣、そして代償のみ」
サコンは腕を振り上げ、進むべき道へ視線を向ける。
「はぁ、どいつもこいつの真っ直ぐな眼だ、愚直で愚かで」
ズン、そんな鈍い音を立てて剣が振り下ろされた。
異様な音に全員が驚き、そして目の前の走る赤い次元の割れ目に驚愕する。
誰もミナモの言葉など聞いては居なかった。
「―――代償は君の利き腕だ」
ガラスが割れるように空間にひびが入り砕け散る。
次の瞬間には太陽の光が差し込み、先ほどと同じ森に投げ出された。
周りには相変わらず兵士やケーントゼッハ教団の姿があり、現れたシェーロ達に驚いていた。
「その顔をそそる。
計画がご破算となったその顔」
先ほどよりも口角を釣り上げてミナモが呟く。
「一体どうなってる!? そのアーティファクトは破られないのではないのか!?」
「ど、どう言う事ですかこれは……」
カザカリー兵長は急いで剣を抜き構え、それに合わせて兵士全員が慌てて戦闘態勢に移り始めた。
しかしミナモが両掌をパチンと合わせた瞬間、音が響き、全員の体が固まった。
「まーずは、ケーントゼッハ教団の人達に伝言を伝えます」
全員が状況の把握ができない中、ミナモが一人言葉を発する。
「外に出て来るなら、狩って行くから。
って君らの上司に伝えてね、じゃ、よろしく」
何を言っているのか理解できないが、次の瞬間にはミナモの近くにいたプレイヤーから蒸発する様に消えて行った。
「後は君達だけど、……そうだなぁ、卑怯にも魔物を操る何者かにより、強いドラゴンに襲われたという事にしておこうか」
手を払う。兵士達は業火に飲み込まれて消し炭になる、森が焼け閃光が走ると地面がえぐり取られていく。
その場に残っているのはシェーロ一行とカザカリー兵長のみ。
匂いだけが漂っている。プレイヤーはその匂いが何なのか理解すると吐き気を催したのか鼻と口を塞いでいた。
「化け物が……」
カザカリー兵長は呟ける状態になると、恐怖心を必死に抑え込みながら剣をミナモに向けて構え、一歩二歩と後ずさっていく。
「全て話してくれたら兵士達の様に楽に殺してあげる」
助かる道は無い、そう察するとカザカリー兵長は喉元へ剣を突き立て。
「皇帝サントラード万歳! ピュスト帝国に栄光あれ!!」
自害しようと試みる。
「自決は駄目だよ」
しかし先ほどまであったはずの剣は地面に落ちた。
「っ!? ……う、腕、がッ!?」
カザカリー兵長の腕ごと地面に落ちたのだ。切断された腕から血が噴き出し始めるが、淡い光がカザカリー兵長を覆うと流血が収まり痛みすら無くなった。
「じゃあ拷問を始めようか。
まあ、面倒だから私じゃなくて魔法でちょちょいって感じだけど」
無数の腕が突如異空間からカザカリー兵長につかみかかる。まだ何もしていないはずなのに威圧感に心臓の鼓動が激しく脈を打ち始めた。
戦闘でも感じた事の無い威圧感、カザカリー自身が押しつぶされるのではないかと思うほどだ。
暗闇に引きずり込まれていき、小さく悲鳴を残してこの世界からカザカリーが消えて行った。
「いいかい? ドラゴンに襲われた結果、君達は何食わぬ顔で生き残って城に帰るんだ」
まだ動けないシェーロに近づき、その頭を軽くポンポンと叩きながら、これからの事を話し始めた。
「あの兵士達は名誉の戦死をした、君達は亡骸の一部を持ち訴える、『彼等は国民の為に力一杯懸命に戦った、私達はそれに答え国の為に尽力します』っとね」
シェーロ達の目の前にぼとりと黒こげの亡骸が転がる、身に着けていた鎧は融解しており判別はつかないが、間違いなくそれはカザカリーその人であった。
「どうやらここに集まった兵士と皇帝以外に一部家臣たちしか今回の事は知らないようだ、後は上手く立ち回ってくれ。
まあ、この国を捨てても誰も恨みはしないさ」
全員が茫然とした状態でいたが、その中でシェーロだけが震える声でミナモに言葉を投げつけた。
「ひ、人の、することじゃ、ない」
「それって人に言える言葉じゃ無いと思うけど。
君達だってモンスターとか倒してるし、なんなら襲って来たNPCを必死に倒した事とかあるだろ?」
返答は首を傾げるものであった。
シェーロの言い分は命を奪う行為に対して責めている。ミナモはモンスターと襲って来た兵士を同一視した反応だ。
人と人を襲うモンスターが同等であるわけがない、そう返したかったのだが、ミナモはさらに言葉を続ける。
「その顔、君達は人とモンスターは違うって思ってるかもしれないけど、私には同じだよ。
突然現れた敵意ある、情など一切湧かない敵対者。
見た目に愛嬌があるならまだしも、武装して敵意を向けてる、モンスターと変わりがないだろ?」
「……ひ、人、です」
「人かもしれないけど、それ、ゲームで言うの?」
現実とは違う、ゲームだから。
「ゲームと現実を区別できないって人が一定数はいるよ、間違いなく。
私は区別できる派だから」
「……だからって例えゲームでも人を殺して良いってわけじゃない」
「う~ん、価値観の相違だね、プレイヤーだって同じだよ、君がそれを言うの?」
その言葉にサコンは言い返せなかった。
サコンもまた対人戦で技を磨いてきたのだ、いくとどなくプレイヤーを切り捨てて来た。
「黒歴史を話すと、昔モンスターすら倒せなかったよ、怖いとじゃなくて、こんな動物みたいなの可哀想で傷つけられないって」
慣れとは怖い物であった。
シェーロ達はプレイ開始当初、ゲームだからと当たり前の様に倒していた、しかし言われて初めてこの時躊躇なく殺したことを思い出した。
「ああ、一応言っておくけどNPCだろうが情はちゃんと湧くよ。
恋愛シミュレーションとかであの子萌え~とか、涙なしでは語れない展開に胸打たれるんだから。
今回の事はご縁が、出会う機会が悪かったという事で」
ミナモは出会った時と同じく退屈そうにしながら踵を返しその場から消えて行った。




