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天の川の喫茶店

有り難うの短冊

作者: aya
掲載日:2026/07/07

  ありがとうの短冊


七月七日。


午後十一時四十分。


店の外は静かだった。


賑わっていた祭りの音も、もう遠い。


『天の川の特等席』の窓際には、一組の男女が座っていた。


マスターは二人の前へコーヒーを置く。


「お待たせしました。」


「ありがとうございます。」


男性は店内の笹を見上げる。


「今年もあるんですね。」


「はい。」


マスターは短冊を二枚差し出した。


「どうぞ。」


女性は嬉しそうに受け取る。


「何を書こうかな。」


男性は少しだけ笑う。


「今年は決まってる。」


さらさらと書き終えた。


女性は横から覗こうとする。


「見ちゃだめ。」


「えー。」


少し拗ねたように笑う。


やがて女性も書き終えた。


二人は並んで笹へ結ぶ。


風が吹く。


短冊が揺れた。


コーヒーを飲みながら、女性が尋ねる。


「そういえば。」


「去年は何を書いたの?」


男性は少し照れくさそうに笑う。


「内緒。」


「また?」


「毎年そう言うよね。」


女性が頬を膨らませる。


男性は窓の外を見つめた。


「去年までは。」


「毎年同じ願いだった。」


「勇気が出ますように。」


女性は首を傾げる。


「勇気?」


「うん。」


「君に伝える勇気。」


一瞬だけ。


女性の動きが止まった。


男性は照れ笑いを浮かべる。


「この店で何度も短冊を書いた。」


「でも書くだけで。」


「結局、言えなかった。」


「だから毎年来た。」


「今年こそ。」


「今年こそって。」


女性は思わず吹き出した。


「そんなこと考えてたの?」


「考えてた。」


「全然気付かなかった。」


「だろうね。」


二人は顔を見合わせる。


そして同時に笑った。


女性は笹を見上げる。


「じゃあ。」


「今年は何を書いたの?」


男性は結ばれた短冊を見る。


「もう願い事じゃない。」


「え?」


「去年。」


「願いは叶ったから。」


女性はそっと短冊を裏返す。


そこには。


『ありがとうございます。』


たった、それだけ。


女性の目が少し潤む。


「私も。」


自分の短冊を見せる。


そこには。


『また来年も、この店で笑えますように。』


男性は優しく笑った。


「それなら。」


「きっと叶う。」


マスターは二人の短冊を静かに見つめる。


願いは。


いつか感謝へ変わる。


それが何より幸せなことなのだと。


マスターは小さく微笑んだ。


「また来年、お待ちしています。」


二人は顔を見合わせる。


「はい。」


声が重なる。


店を出る二人の背中を見送りながら。


マスターは笹を見上げた。


風に揺れる短冊の中で。


『ありがとうございます。』


その一枚だけが、どこか星明かりを受けているように見えた。


まるで。


天の川へ届いた返事のように。

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