王城の事情
……そうなの?
疑問符を浮かべるリゼに、セドリックは「かわいい」と言いながら説明をしてくれた。どうやら今のこの国の王城内は不安定らしい。
セドリックの兄、現皇帝のフレデリックには二人の子どもがいる。
一人目は王子のロイド。
二人目は王女エレイン。
ロイドは幼い頃から後継者として育てられた。セドリックほど強くはないものの、秀でた魔法の才と優秀な成績、優しくもあり、為政者らしく冷徹な面もある。
将来は理想的な皇帝になるだろうと言われている。
対して妹のエレインは一言で表すならば『苛烈』である。ロイドをしのぐ膨大な魔力と魔法の才がある。が、非常に短気で気に入らないものはすぐに追い出してしまう。
エレインの周りには彼女に対して甘いものばかりで固められて諌めるものは今はいない。
バランスの取れたロイドと、力でねじ伏せるエレイン。
後継者はロイドだろうと言われていたが、皇帝は後継者を指名はしていなかった。
そんな中で、数年前に皇帝が毒に倒れた。
毒は『魔族の血』。
魔族の血液は他人の魔力を特殊な方法で込めると猛毒になる。
この毒を使えばどんなに強力で巨大な魔獣でさえも仕留めることができる。それが『魔族の血』。
世界中でこの毒の所持はもちろん製造も禁止されている。作ろうとしたことがバレただけでも重罪になる国もある。それくらい危険な毒。特効薬は存在するもののほぼ手に入らない。
そんな毒に皇帝が倒れた。
治癒魔法師や神殿の力を借りて即死を免れはしたものの、未だ目を覚さない。
フレド帝国ではロイドとセドリックで分担して皇帝の仕事をこなしている状態が続いている。
ーーそんな状態が何年も続くと、やはり後継者を誰にするかという話になってくる。
ロイド派とエレイン派で揉めている。
王政派はロイドに。反王政派はエレインに。
「順当に行けば当然ロイドが後継者なんだけど、陛下は後継者を公式に指名してないからね。本当は僕も後継者候補ではあるんだけど、早々にロイドを支持すると表明してある」
「じゃあ、ロイド様でほぼ決まりじゃないの?なんで王城が危ないの?」
「エレインの後ろについている貴族たちの中に腹黒い高位貴族が何人かいてね。なかなかうまくいかないんだ。彼らは自分たちこそが最も崇高な竜だと思っている。すでに僕の番が見つかったことを知っただろうから、エレインをうまくコントロールして、ロイドの寝首をかく算段をつけているところだろうさ」
「私が見つかったことと何か関係があるの……?」
セドリックはロイドの支持を表明しているから、勢いを削ぐために先にセドリックを倒そうとか、そういう話だろうか。
「……少し話が逸れるんだけど、番には生まれた時から番が決まっている場合と、自分が認めた相手を番にする場合があるのは知ってる?」
リゼは頷く。竜人だけではなくて他の種族もそうだ。
「ロイドもエレインも後者なんだ。二人にはまだ番がいない」
「それって何か後継者を決める上で関係あるの?」
「ううん、それ自体は関係ないかな。……問題は、」
そこで言葉を切り、少し言いづらそうに目線を逸らす。
リゼは静かに続きを待った。
「問題はエレインが僕を番にしたがってて、エレインの背後にいる貴族たちはそれを利用して権力を得ようとしていることなんだ」
「……え??」
思ってもみなかった方向に驚く。
「まず、運命の番がいる相手を同意なく番にすることは禁じられてる。実際に僕は今までずっとエレインの申し出を断ってきた。番云々の前に姪だしね。正直そんな目で見たことすらないし、血縁関係も近すぎる」
でもエレインにとってはそうではない。
「運命の番がいる相手を番にする方法がないわけじゃないのは知ってる?」
ーーおそらく知っている。竜人も魔族と同じなら。
「前例がないけど本人が同意した場合、あるいは相手の番が死んだ場合だ」
「……エレイン様が、私を殺してセドリックを番にしたがっているってこと?」
「……そう。性格的にまず前者は選ばない。あの子は苛烈だから。仮に僕が同意したとしても、本来の番がこの世に存在していることを許さないと思う。リゼが王城にきてからずっと探ってきてる。だから危ないんだ。この離宮の結界は少し弱いしね」
なるほど。と思う。
運命の番がいる相手を番にしたい、というケース自体は珍しいことではない。けれど悲惨な結果に終わる。
それは単純に運命の番以外を選ぶことはありえないからだ。
でも、もしも運命の番同士の地位が低かったら? あるいは弱かったら?
運命の番がいるとわかっていても、自分だって番が欲しい。そのために相手の番を殺してしまうこともあるのだ。残され、茫然自失となったその人を無理やり手に入れてしまうのだ。
だけど運命の番を寿命以外の理由で失ってしまうと、残された側は長生きしないことが多い。番を失った悲しみに耐えられずに気を病んで死んでしまう。
だから悲惨だ。誰も幸せにならない。
それなのに、こういうケースはいつの時代もなくならない。みんな番というシステムに狂っているのかもしれない。
「……仮に私を殺したとして、エレイン様の背後にいる貴族たちはその後どうやって権力を手に入れるの?」
自分が死んで、セドリックが手に入って、エレインの後ろにいる人に権力が渡るイメージがわかない。
「もしも、ありえないことだけど、僕がリゼを失ったとしよう。寿命以外の理由で運命の番を失ったら本当に悲惨だ。どう頑張っても心に大きな穴が空いたまま。一生満たされない。
僕はひとしきり大暴れしたのち、抜け殻みたいになるだろうね。リゼを失ったら誰のどんな言葉もすり抜けるだけ。自死しようとするけど周りも全力で止めるだろう。ただただ毎日偶然でもなんでもいいから死を待つ人形になるかもしれない。
そんな僕をエレインは強引な手段で僕を番にする。力だけは強い子だから。衰弱した僕なら制することができるかもね。
僕を手に入れたエレインはどうするか?
僕と一緒にどこかに引きこもる。あとは適当にやっておいて、といって僕をどこかに閉じ込める。目を離すと僕は自死するから。エレイン以外には多分僕を拘束できない。
そしたら次はロイドを狙う。
僕がいなくなったらロイドを倒すのは比較的簡単だと思う。
もちろんロイド抵抗すると思うよ。でもエレイン派の連中もありとあらゆる手を使ってロイドを倒そうとする。
現に今だって相当な数の刺客が来ているし、日々毒殺されそうになってる。僕は今ロイドの仕事を手伝いながら出仕している間は彼の護衛でもあるんだ。
そしてロイドをやつけてしまえば、エレインが無事王位を継ぐことになる。
でもエレインは僕に手いっぱいだ。念願叶って手に入れた番。目を離すとすぐにリゼの後を追おうとする番。そんな状態で政治なんてするわけがない。
そもそも教育も受けていないし、長時間机に向かうのもできない。だから適当に周りの人間に押し付ける。そしてエレイン派は許可を得たと言って牛耳るのさ。これで権力が手に入った。
あとは頃合いをみてエレインを始末すればいい。確かに力が強くて苛烈ではあるけど、頭のいい子じゃないから、少し工夫すれば始末できると思うよ」
セドリックは肩をすくめる。
なんとも壮大な話だな、と思った。
リゼを倒して、王弟であるセドリックを手に入れ、第一王子であるロイドも倒し、最後に王女であるエレインも倒す。そんなことが可能なんだろうか、と思ったけど現に皇帝が倒れている。
どの種族の国でも首長が反乱によって打ち取られることは、ここ数百年では起こっていない。もしも本当にこれが実現してしまったら、フレドの国内は混乱するだろう。各国を巻き込んで大変な事態になるかもしれない。
……もしもこれが実現したらの場合だけれど。
リゼは死ぬことのできない自分の体を見下ろした。
どうやら俯いたことで、セドリックはリゼが不安になってしまったと思ったらしい。慌てて再び話し出す。
「リゼのことは絶対に全力で守るよ。誰も近づかせない。でも情勢が落ち着くには長期戦になると思う」
セドリックは言いながらリゼを強く抱きしめた。いつもより腕に力が入っているのは気のせいじゃないだろう。この話を聞いて、リゼが怯えて離れていかないか不安なのだ。
でも番に危ない話を隠すこともできずに話した。
確かに普通の人間なら怯えるかもしれない。でもリゼは普通ではない。
ーー私は死なないよ。だから大丈夫。
心の中で思うに止めて口には出さない。
どれだけ命を狙われようと、それこそ魔族の血を使おうとも、リゼは死なない。死ねないのだ。だから安心してほしい。
……まだセドリックにはその事実を打ち明ける勇気が出ない。番とは言えまだ出会って数日だ。
いつか言えるだろうか。言いたいな。
「私は大丈夫だよ」
今言えることはこれだけだけど。
「……今まではリゼが見つからなかったから、互いに睨み合いが続いてた。僕が全力でロイドを保護していたから。でも僕がリゼをみつけてしまって、連れて帰ってきてしまったから……僕に弱点ができた。絶対守るから。……だから、離れないでほしい」
最後に弱々しくなって、セドリックはリゼの肩に額を預けた。角が当たってひんやりする。命を狙われる可能性を知ったリゼが離れて行かないか怯えているくせに、腕はしっかりと腹に回っていて離す気はない。その矛盾に気づいてリゼは笑ってしまう。
「大丈夫、大丈夫だよ」
セドリックの腕をぽんぽんと優しく叩いてやると、彼は弱々しく「うん……」と鳴いてしばらくリゼを抱きしめた。




