食あたり騒動
その日の夜、珍しくレインとシドが部屋を訪れた。入浴を済ませた後に二人がリゼの元を訪れるなんて初めてのことである。
本を読んでいたところ、やや慌てたノックが聞こえたのでリゼはドアを開けた。扉の前には焦った表情の二人がいた。
「二人してどうしたの?何かあった?」
屋敷は静かなので、侵入者というわけではなさそう。となると何かわからずリゼは首を傾げる。
もしかしてセドリックに何かあったのだろうか。
「いえ、あの、リゼ様」
「うん」
普段はっきりとした物言いのレインが珍しく歯切れが悪い。
「その、体調は悪くありませんか?」
「? 体調? 元気だけど、どうしたの?風邪でも流行ってるの?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
一体どうしたのか。レインはチラチラとこちらを伺っている。
訳がわからずにシドを見ると、シドは小さくため息をついた。
「ええと、屋敷内でちょっとした食あたりが発生しまして。リゼ様がご無事か確認したかったんです」
「ああ!なるほど。うん、なんともないよ。体は丈夫なの」
「結構重めの食あたりなのですが」
「胃腸は強い方なの」
「もし、もしも少しでも異変を感じたら、我慢せずにすぐに仰ってください。深夜でも早朝でも気にせずに、必ず呼び鈴を鳴らしてください」
そんなにひどい食あたりなのだろうか。
もしかして嘔吐しちゃってシーツを汚してしまうとか、そんなことなのかな。
「他のみんなは大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「ほんと?もし重症者が多いなら回復薬とか作ろうか?」
「いえ、本当に大丈夫です」
「吐き気どめならすぐ作れるよ?」
「大丈夫です」
それならいいんだけど。
確かに最近は気温も高かったし、食あたりになることもあるよね、などと呑気なことを考えていた。
***
「ピネが戻るまでお世話させていただきます、フィンです」
「あれ、ニナは?」
「ニナは家族の不幸があり、急遽辞めることになりました」
「そうなの?」
「ええ。代わりに私がお世話させていただきますね。コロコロと使用人が変わってしまい申し訳ありません」
「ううん、大丈夫。えと、よろしくフィン」
フィンはピネやニナに比べると年上に見えた。聞けば数百年公爵家に仕えてきたというから驚きである。セドリックが生まれる前から働いていたらしい。
穏やかで優しい顔立ちのお母さん、という印象だ。
急遽使用人が変わったことに驚きつつも、もうあの不味い紅茶を飲まずに済むと思うと少しほっとしてしまった。
「えっと、変なこと聞くんだけどフィンは紅茶を入れるのは得意?」
そう言うとフィンはにこりと笑った。
「お任せください。ピネよりも美味しい紅茶を淹れて見せましょう。コーヒーもお好きと聞いております。コーヒーも得意ですよ」
結果から言うとフィンの紅茶はとてもおいしかった。コーヒーも。
実は本当はずっとコーヒーを飲みたかったのだが、ニナが最初に淹れた紅茶が不味すぎてコーヒーをお願いするのを断念していた。コーヒーの方が工程が多いので、紅茶が無理ならコーヒーも無理だろうと思って数ヶ月我慢して紅茶を飲み続けていた。
フィンの入れる紅茶は確かにピネくらい、いやピネ以上に美味しいかもしれない。でもそう言っちゃうとピネが戻ってきたときに拗ねてしまう気がしたので言わない。
ここ最近不味い紅茶ばかり飲んでいたものだから、フィンのお茶を飲んだ瞬間思わず息を漏らしてしまった。
ごめんね、ニナ。家が大変なのに。




