『ニナ』
「ピネの代わりにお仕えします、ニナです」
午後になるとニナという侍女がやってきた。藍色のおさげの竜人の女の子。見た目はピナと同じくらいの年齢に見える。
ピネが元気いっぱいなのに対して、ニナは黙々と仕事をこなして行くタイプだった。とても静か。ピナみたいにリゼの所作にいちいち感動しない。
ピネと居た時の癖で、散歩の時やティータイムに何度か声をかけたが、基本的に「そうですね」としか返事が来なかった。かと思えば他の竜人の使用人と談笑しているところを見たこともあるので、単純に他の種族があまり好きではないのかもしれない。
うーん、手強い。
ニナは公爵邸に仕えて三年目らしい。それから王城に騎士として働く番がいるんだとか。あまりプライベートなことに答えてくれないので聞き出せたのはこれだけ。
本人にその気がないのに話しかけ続けるのも変かな、と思ったので最近は無言でティータイムを過ごしている。
休憩中はレインやシドは扉の外で待機していることが多いので部屋の中はすごく静かだ。話し相手がおらず暇なので、テーブルセットを窓辺に移動して、最近は庭を眺めている。
今まで関心がなかったので気づかなかったけど、屋敷の建物の周囲を常に騎士や魔法使いが警備しているようだ。自分が庭に散歩に出る時は一切出会わないので、本当に自分と使用人があまり出会わないように徹底的に管理されてるんだだと感動した。
ピネがいなくなって変わったことは、ティータイムが無言になったくらいで、それ以外は変わらなかった。というか、警備を徹底管理している中で、自分が普段と違う動きをすれば迷惑をかけそうだなと思ってしまい、あえて毎日同じ動きを繰り返すようになった。
リゼのルーティーンは完全に仕上がってしまった。
毎日同じ日の繰り返しが苦手な人もいるって言うけれど、リゼは平気だった。動きは同じでも食事は違うし、本だって違う。実験している魔術の種類も。だからリゼにとって特に問題はなかった。
でも、一つだけ少し気になっていることがある。不満というほど大きくはないけど、なんかちょっとどうにかしたいなと思っていること。
それはティータイムに飲むお茶の味が変わってしまったことだ。
なんというか、ニナの紅茶は美味しくないのだ。
それまでリゼは、自分が味のわかる人間だとは思っていなかった。食べ物に対して好き嫌いもないし、誰かが作ったものはなんでも美味しく感じる。平民として暮らしていた時も、どんな食事でも美味しく食べられた。
それなのに、ニナの紅茶はどうしても美味しくない。変な味がする。鉄の味というか、臭みというか。茶葉にお湯を注ぐだけなのに、どうしてこんな匂いがするのかわからない。なんか濁っている気もする。
お茶が腐ってる?腐ることってあるのかな……
じゃあ水が腐ってるとか…?まさか汚水で淹れている?
そう思って一度見せてもらったけど、綺麗なお湯だった。お湯の味も確かめてみたけど本当にただのお湯だった。ついでに茶葉も確認したけど腐ってなかった。どうやって出しているのかわからない摩訶不思議な味だ。本人は他の仕事同様に至って真面目に淹れているのに。
でもやっぱりいつも美味しくない。
その上、紅茶を飲んでいる時はじっとニナが見てくるのが気になっていた。
「どうしたの?」
「いえ」
気になって尋ねれば、いいえといって気まずそうに目を逸らされる。
もしかして紅茶を入れるのが苦手な自覚があって、味の感想が気になるのだろうか。でも不味すぎるので感想は言えないなあと思っていた。
魔女という種族は嘘をつけない。どんなに些細な嘘もつけない。誤魔化せるのは身分に関することだけ。なので美味しくない紅茶に対して、「ありがとう、美味しいわ」とは言えないのである。なのでお礼までに止めていた。
「ニナ!配管が破裂したの!こちらを手伝える?!」
中庭で不味い紅茶を飲んでいたところに、他の使用人が飛び込んできた。どうやら配管トラブルのようだ。水に濡れた使用人がニナを呼びにくる。公爵邸でもそういうことってあるんだ。
ニナは私と使用人を交互に見つめてオロオロしている。
「行ってきていいよ」
そう伝えれば、名残惜しそうにしながら出て行った。
紅茶を啜る。そして顔をしかめる。やっぱり美味しくない。
「うーん」
「どうかされましたか」
ニナが出て行ったので、代わりにレインが部屋に入って来た。
「うーん、ニナはお茶を入れるのがあまり得意じゃないみたい。あ、これ、内緒ね」
お茶が不味すぎる。
どう言えば紅茶の淹れ方が上手くなるだろうか。何を言っても傷つけそうだなあ。うーん。
特に今日のお茶はとびきり不味く、リゼはついぞ紅茶を残してしまった。こんなことは初めてである。
ーーいっそ自分で入れるか…?紅茶に興味があるとか言って。それがいいか…?
紅茶を淹れるなんて、一人で暮らしていた時もやったことはないけれど。不味いお茶を飲み続けるよりはマシに思えてきた。
そうと決まればお茶の淹れ方でも調べるか、図書室へ行こうと心に決めたのだった。




