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あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
第一章 「あくまで、悪魔ですから」
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上2



「あての眠りを妨げたのは… ぬし。で、よいのかの?」

「君! 何ですかその格好は? 風邪引きたいんですか!」

「いやいやいやいや。竜胆寺、まず突っ込むべきはそこじゃないだろ」

 確かに。俺とした事が、恥ずかしながら先ほどの爆発で取り乱してしまったらしい。

 と言う事で、俺は改めて謎の裸少女に問いただす。

「君! 挨拶は大切です。うにゃーって第一声はどうかと思います」

「だぁあらっしゃー。違う。駄目だ、竜胆寺のやつ、爆発で蔵の中身が飛び散っちまったせいで、持病の整理整頓癖が悪い方向へ暴走してやがる」

「の、のう。いちゃついてるところ悪いんじゃが、そろそろええかの?」

「い、いちゃついてねーよ。全然まったくこれっぽっちもいちゃついてねーよ。というか、あんた何なんだよ。何で裸なんだよ。つーか、竜胆寺も何気にガン見してんじゃねーよ」

 まじのの特技であるマシンガン突っ込みが炸裂する。

「俺はロリコンではないので大丈夫です、ご心配なさらず。でも、やはり幾ら良い天気でも裸は開放的すぎですね。何処の誰かは存じませんが、とりあえずこれを着てください」

「そうそう… ってそれあたしの制服じゃねーか!」

「そこに置いてあったので」

「何だよ! その急にボールが来たので、的なノリは! ってか、何であたし一人でこんなに疲れてんだよ。アグネスはいねーのかアグネスは」

 あまりに空気を吐き出しすぎたためか、肩で息をするまじの。

「お勤めご苦労様です」

「誰のせいだよ誰の。あんた自分では常識人で真面目人間だとか思ってんだろうけど、ド天然だからね?」

「その事については、後ほど議論を重ねるとして。ほら、見てくださいまじの。裸の彼女、すっかりいじけちゃいましたよ?」

 蔵の残がいに隠れるようにして体育座りを決めこみ、地面に指で絵を書きながら呪詛のようにぶつぶつと何やら呟いている彼女。

「無視された無視された無視された無視された…」

「め、ん、ど、く、せーえええええ。っていうか何なのこの状況!? いい? あたしもう朝練いっていい?」

「… 良かった。思ったより制服が似合いますね、彼女」

「ああそうだな。って竜胆寺、まじであたしの制服着せてんじゃねーよ!」

「いかに見ず知らずの人とはいえ、流石に裸でうろつかれては目の毒ですし」

「それがあれだけガン見してたやつの言うセリフかよ! だとしたら余計性質悪いわ!」

 何やら騒いでいるまじのを意に介さず、俺は謎の少女に近づき、隣に座りながら出来るだけ刺激しないようそっと呟いた。

「君、こんなところで一体どうしたんですか? もしかして家出? だとしたら今頃、御両親も心配なさっていると思いますよ。そう… 裸族の御両親も」

「決め付けやがった!」

 とうとう泣き出してしまった少女。ああ、可哀想に。きっとつらい目にあったのだろう。

「泣いていては分かりません。確かに、まじのの制服を着なければならないなんて、泣きたくもなりますが」

「泣いていい? むしろあたしが泣いていい? まじのちゃんまじ泣きしちゃうよ?」

「大丈夫。君は一人じゃない。裸族であろうと、決して一人ではないのです。俺も時々、道場で裸になって素振りをすることもありますから」

「こいつ、どさくさに紛れてナニ言ってんだよ、まじで」

「貧乳はステータスらしいですよ、一部の人達にとっては。残念ながら、俺は賛同しかねますが」

「… 駄目だこいつ、まじで早く何とかしねーと」

 俺の辛抱強い説得が、彼女の心の鍵を開錠したためだろう。彼女は、暫く俺の顔をじーっと見つめた後、涙を拭き、その可愛らしい口を開き始めた。

「あて、喋ってもええのかえ? あての話、聞いてくれるのかえ?」

「ええ、勿論です。是非教えてください。君は何者なのか、そもそも何故あのような場所にいたのか。俺の間違いでなければ、あの蔵にはそもそも俺とまじのしか居なかった筈なのですが」

 彼女は、そのぱっちりとして大きな瞳をを赤く晴らしながらも、はっきりとした口調で宣言する。


「うむ。では、良く聞くがよいぞ。あてはの、あては… 《悪魔》なんじゃ」


「成る程、そうですか。俺も良く仏のようだと皆に言われます。気が合いますね」

 これみよがしに大きな溜息をつき、再びいじけモードに戻ってしまう自称悪魔さん。なんとも可愛らしい悪魔がいたものである。

「いやー、流石に今のはどっちもいい勝負だったと思うけど、今の御時世、流石に悪魔はないわー。ああ、それとも本名が悪魔とか?」

「それはないでしょう、まじの。ほら、覚えていませんか? この間もちょっとアレな若い夫婦が、まるで暴走族の当て字のような名前をつけようとして役所に却下されていたじゃありませんか。全く、近頃の若いもんときたら、暴走するのは自分の頭だけに留めて欲しいものです」

 と、俺とまじのに挟まれる形で座っている悪魔さんが、わなわなと震え始める。

「じゃから、さっきから悪魔じゃとゆーておるじゃろーが。ええい、もっと恐れおののかぬか、人間どもー」

「落ち着いてください。勿論信じますよ。それはそうと悪魔さん、俺は竜胆寺虎丸と申しますが、あなたのお名前を教えていただけ無いでしょうか?」

「む? う、うむ。あての、名前かえ。あての、名前は… うーむ、うにゃー? そ、そうじゃ、悪魔は人間なんぞに簡単に名前を教えないものなのじゃ」

 そんな悪魔さんの様子を見て、まじのが小声で尋ねてくる。


「… で? 彼女、《どう》なんだ? 竜胆寺」


 まじのにしては何とも抽象的な質問。だが、俺はその質問の意味をすぐ理解する。

「はい。俺の《視た》ところ、どうやら彼女、嘘はついていないようです…… 驚くべきことに」

「うげっ、まじで?」

「マジ、です。少なくとも本人はそう思い込んでいる。もっとも、俺が見抜けるのはあくまで人間の嘘だけですから。彼女が本当に悪魔だとしたら、その限りではありません」

 頭を抱えて唸っていた悪魔さんが、急に何かを思い出したように飛び上がる。

「そ、そうじゃ。おぬしら、ちょっと見ておれ」

 そう言って全身に力を入れ、再びぷるぷると震え始める悪魔さん。

「おいおい、今度は何だよ。何おっぱじめよーってんだよ」

「ぎにゃー。あばばばばば」

「あの。大丈夫ですか? 主に頭とか頭とか」

 このままでは何かまずいのではないだろうか。そんな、根拠の無い不安感が俺の頭を満たしつつあったその刹那、まじのが叫ぶ。

「は? は? はぁあ? 嘘だろ。嘘だと言ってくれ」

「まじの、落ち着いて。歩く近所迷惑のあなたまで可笑しくなってどうするんですか」

「見ろ、つーか見ろ、竜胆寺! あいつの頭だよ、頭」

「ええ。だから知ってますって。あなた達の頭がアレなのは良く知ってます」

「なっ、て、てめぇ、竜胆寺。さっきからどさくさに紛れて何言ってくれちゃってんだよ! いーからあいつの頭を見ろって言ってんだ!」

 必死の形相のまじの。これ以上は拳が飛んできそうなので、気を取り直し、俺は改めて未だ唸り続ける悪魔さんの頭部に注目する。

 そして、言葉を失った。

 何故か? 


 答えは簡単、彼女の頭には可愛らしい角とこれまた可愛らしい獣耳が生えていたからだ。


「まじかよ、こいつ。本当に人間じゃねーのか?」

「むふふん。女、よい反応じゃの。存分に、恐れおののくがよいぞ。そして、何とあては、変身をまだ一回残しておる」

 ちょこんと生えた角と呼ぶにはいささか可愛いらしすぎるサイズの角と、ぴこぴこと絶え間なく動く黒い獣耳、いや悪魔耳。ここまでくれば予想は出来る。

「大方、次はしっぽでも生えてくるのでしょう。ふむ、それにしても、確かにこれは人間業ではありませんね。イリュージョン?」

「確かに次は尻尾じゃが。な、なじぇ分かった。って、何をするのじゃ、あての許可無く勝手にあての体に触れるでない。こ、こそばゆいではないか。角は弱いのじゃ。って、痛い。引っ張るでない。あての耳をひっぱるな!」

 悪魔耳は柔らかく、暖かく、痛覚まで存在しているようだった。つまり、血が通っている紛れも無い本物だと言う事。変わりに、先ほどまでの裸族の少女姿のときにあった通常の耳はあとかたもなく消えている。逆に角は確かにミニマムサイズではあるものの、堅く冷たくまるで骨のようだった。少なくとも、角の生えた人間も、獣の耳を携えた人間も俺の知る限り存在はしない。

 そして何より、先ほど自分で診断したじゃないか、彼女は嘘をついていない、と。

 さて、この状況、一体どうするべきか。

「まじの、一旦落ち着いて少し状況を整理しましょう」

「あ、ああそうだな。腹立つくらいの落ち着きっぷりは竜胆寺の専売特許だからな、そーいうのはお前に任せるぜ。正直言ってあたしはもう何が何だか」

「なんじゃー。またあてを蚊帳の外にする気かえ?」

 ぐったりした様子で俺の隣に腰を下ろしたまじのに代わり、俺は目の前の自称悪魔さんを見下ろしながら言う。

「いえ。その逆ですよ。とりあえず、あなたが人間じゃないらしいってのは理解しましたので」

 俺がそう告げると、悪魔さんは満足げに頷きながらその薄い洗濯板な胸を張ってみせた。

「そーじゃ。あては悪魔なのじゃ。えっへん」

「恐れながら、その悪魔さんに幾つか質問が有ります。哀れな下等生物であるこの俺の愚問に、お手数ながらお答えていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ。くるしゅーないぞ。何なりともーすがよい」

「ちゃっかり取り入ってやがる。竜胆寺、恐ろしい子…」

「ありがとうございます。では早速一問目。あなたが悪魔だと言うのなら、先ほど俺達が開けてしまった箱に封印されていたということなのでしょうか?」

 そう口にしながら、先ほどまで手にしてた、あの黒い箱の事を思い出していた。爆発の衝撃でどこまで飛んでいってしまったのか、今俺の手には無いものの、まさか本当にあれがパンドラの箱だったなんてあの時は予想すらできなかった。

 加えて、よもや封印などと言う言葉を日常生活の中で使う嵌めになるとは思っていなかったし、正直自分で口にしておいてもまだ現実感の無いセリフ。とはいえ、状況と現状を何度見合わせてみても、それが俺のいきついた答えだったのだから仕方が無い。

 さてさて、悪魔さん。肝心の答えは?

「し、知らん。あては、そんなの知らなんもん」

 ほぅ、知らないと来たか。先ほどからこの悪魔。自分の事は悪魔であると宣言したわりに、自分の名前を始めとして、他の点について触れようとしない。答えようとしない。

 何故か?

「そもそもあなたは何故あんな箱に封印されていたのでしょうか?」

「あー、それはあたしも気になるわ。もしかしてこいつ、見た目に反してすんごい悪事を働いてたんじゃねーの?」

「悪事ですか。まじの、例えば?」

「例えば… 人間に、い、いたずらとか?」

「あてを馬鹿にするでない! あては誇り高き魔族の祖である上位悪魔ぞ。あてがそのような低俗な事柄に身を落とすはずがないのじゃ、この無礼者め」

 上位悪魔。日常生活ではおよそ聞くことのないそんなセリフ。だが、やはり自分がどのような存在であるかについては良く分かっている様子。

「そうですよ、まじの。彼女は誇り高い悪魔なのですから、×××やら○○○程度、よもや△△△(自主規制)くらい日常茶飯事なのでしょう」

「ま、ままま、まじかよ。流石は悪魔、極悪非道だな。残虐超人も真っ青な外道っぷりだぜ。口に出すのもおぞましいぜ」

「ど、どどどどどうじゃ、お、おお恐れ言ったか、人間」

 自分の事だというのに、挙動不審な悪魔。どちらかというと俺の言葉にびびっているといったほうがしっくりくる。

「成る程。今のではっきりしました。悪魔さん、あなた嘘ついてますね?」

「何を根拠に! 何を根拠に!」

「カンですよ。ただの俺のカン。俺の見立てによると、君、本当は記憶が無いでしょ? だから自分の名前も言わないんじゃ無くて言えない。封印うんぬんについても、きっと何も覚えていないんでしょうね。唯一、自分が悪魔だということだけは、何故か覚えているようですが」

「はぁ? 何だよそれ。結局自分自身でさえ、何も分かんないくせにあんなデカイ態度とってたのかよ」

「おぬし… 見かけによらず悪魔のようなやつじゃな」

「あはははははっ。そいつにゃあたしも同意するぜ。竜胆寺はさ、何故か昔から人の嘘が見抜ける性質なんだよ。真面目ぶっちゃいるが、だからこそ、こんなひねくれた性格になっちまったんだろうな」

 嘘が見抜ける。確かに俺の特技ではあるが、正確にはちょっとニュアンスが違う。まぁ、今はそれどころではないので捨て置く。

「本場の悪魔さんにそう言われるのは光栄ですが、最後に一つだけ確認です… 俺の親父殿を御存知ですか? 親父殿は、あなたと何か関係があるのでしょうか?」

「? 知らん。おぬしの親父なんぞあては知らぬ」

「… そうですか」


 場に張り詰めていた緊張感が一気に解ける。彼女が自身の事についてさえ何も知らない以上、この場でこれ以上問い詰めても無意味だろう。

 俺は一旦彼女に対する詰問を取りやめる。


「で、結局どうすんのさ。こいつ」

「どうするもこうするもありませんよ。親父殿の蔵に貯蔵されていた箱を俺が勝手に開けてしまった。相手が何者であれ、責任は俺にあります」

「はぁー。あんたならそう言うと思った。相変わらず変なとこ堅物なんだからさー。ま、一先ずあたしは朝練いってくるわ。くれぐれも無茶するなよ」

「ええ、勿論。彼女に無茶はさせませんよ」

「いや、お前の事だよ。竜胆寺」

 そう言って、ふらふらと手を振りながら学園を目指し歩いていくまじの。それに答えるべくこちらも手を振りながら俺は呟く。

「まじの… 今日一日学園内を体操服で過ごすつもりですか? 何とマニアックなプレイ」

 そんなまじのを見送りながら、全く緊張感のかけらもない制服姿の悪魔も呟く。

「それにしても、よい天気じゃのー」

「ええ、本当に」


雲一つ無い青空の下、人間と悪魔。一人と一匹。


 さて、これから俺はどうすべきかなのか。そんな事を考えながら目の前の悪魔をじーっと見つめる。

「な、なんじゃなんじゃ。そんなに見つめないでたも。は、恥ずかしいではないか」

 やれやれ。何と言うか、あれこれ考えるのが馬鹿らしくなってきた。

 悪魔だろうが、幽霊だろうが、怪物だろうが、妖怪だろうが、今俺の目の前にいるのは何てこと無いただの少女。少なくとも俺にはそうとしか見えなかったからだ。

「さて、とりあえずあなたの服を何とかしましょう。後何分かすれば、まじのが制服の件に気がついて戻ってくるはずですから」

「なんじゃ、そうなのかー? あて、この服気に入っておったのにのぅ。ひらひらスースーして気持がええのじゃ」

「レディーがそのような事を言ってはいけません。あなたのその見た目は、あくまでただの少女なんですから」

「ややこしいのぅ」

「物事とは、万事そういうものです」


 雲一つ無い青空の下。

 こうして一人の少女、いや、悪魔が俺の目の前に現れた。そんな、いつもと変わらぬ、爽やかな新しい朝の出来事。

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