表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
第一章 「あくまで、悪魔ですから」
PR
1/15

上1



 第一章 「あくまで、悪魔ですから」



 午前5時。

 俺の一日は、道場の掃除から始まる。たっぷり1時間を使い、雑巾がけ、箒による拭き掃除、道具の手入れを行う。住まいの乱れは心の乱れ。道場を常に清潔且つ快適に保つ事は、己の心を洗練し、磨くのと同義。埃一つさえ、見逃してはならない。


 午前6時。

 掃除を終えた後は早朝マラソンを行う。朝の空気を全身に感じながら、軽く10キロ。町内の様子を見回るようにして走る。ちなみに、雨の日はこの時間を読書に当てる。天気の良い時とはまた違った印象を、作品から読み取る事が出来る。特に、雨の日に読む太宰は格別だった。


 午前7時。

 朝食の準備をし、母さんを起こして差し上げる。寝ぼけ眼の母を食卓へと着かせ、二人で食事を摂る。

 母には、まだ若いのだからもっとしっかりと大人としての自覚を持った行動をして頂きたいと、切に願わずにはいられない。余談ではあるが、俺はお世辞を言わない主義だ。つまり、母は言葉通り本当に若い。俺を生んだのが15の時なので、まだ33。こうやって母の年齢を計算する度、父には説教の一つもしてやりたくなる思いだ。だが、もはやそれすら叶わない… 何故なら、親父殿は俺が12の時に失踪したからだ。この道場一つを残して。


 午前8時。

 道場にて早朝鍛錬を始める。竜胆寺流古剣術の現師範代として、その唯一の継承者として、俺は毎日剣を振るう。

 

 午後12時。

 昼食の準備をし、母さんに召し上がっていただく。これも余談だが、母は恋愛小説家だ。真に遺憾ながら、我が道場の経営状態はお世辞にも順調とは言えなかった。理由は簡単。何故なら門下生が一人もいないから。

 この春、高校を卒業した俺は父の後を継ぐべく、この道場の師範代となった。父が失踪して早6年。現在の俺は、あの頃の道場を復活させるべく、いや、あの頃以上の復興を目指し、日夜暗中模索を繰り返す… 未だ、その兆しすら見えてこないのが俺の心を抉る。

 と、一見、道場の復興はおろか、普通の日常生活すらままならないような竜胆寺家の経済状況。この窮地を救っているのが母の小説だったりする。母曰く、ナウなヤングに馬鹿ウケ、なのだそうだが、良く分からない。因みに俺は、母の小説だけは是が非でも読まないようにしている。理由は察して頂きたい。


 午後1時。

 町内会の会合や仕事をこなすため外出。


 午後3時。

 帰宅後、道場の改装作業をこなしつつ、午後の鍛錬。


 午後6時。

 朝食の準備をし、母さんに召し上がっていただく。またもや余談だが、母は家事能力はおろか、生活能力が皆無だ。だからこそ、竜胆寺家の家事全般は俺が受け持っている。誰が親で誰が子供なのか、時々分からなくなる。


 午後8時。

 襲撃を受ける。比喩では無い。俺と《彼女》とは、所謂幼馴染と言っても差し支え無い間柄なので、俺はそう呼んでいる。

 つむじ風の様に突然やって来て、嵐のように場を荒らしたいだけ荒らして、去っていく。

 人には得手不得手が存在する。彼女にとってのそれは、勉学全般だった。俺はほぼ毎日、彼女の抱える宿題の山を切り崩す手伝いをしている。


 午後10時。

 一日の疲れと心の垢を落とすため、入浴を果たす。一日のルーチンワークの中で、俺の最も好きな時間。風呂は心の垢を落とす清掃活動故、こちらも朝と同じくたっぷり一時間を掛ける。


 午後11時。

 ふらふらになりながら風呂から出て、コップ一杯の牛乳を飲み干し就寝。



 これが変わらぬ俺の何気ない一日であり、平和で穏やかな、それでいて希望に満ちた毎日が続く事を心から願っていた。

 …… だからこそ俺は、その日もいつもと同じ朝5時に起床し、道場の掃除を行うため部屋を出たのだった。


          ◆


「うん。やはり朝の空気は、気持がいい。最高にハイって気分だ」


 まず始めに深呼吸を行う。朝の澄み切った空気が肺を満たし、体全体が再構築されていくのが分かる。

 体が軽ければ心も軽い。

 いつもより調子が良かったせいか、はたまたそういう運命だったのか、或いは単なる気まぐれか。早々に道場の掃除を終えてしまった俺は、道場の脇に位置し、長らく放置常態だった我が親父殿の蔵、父の夢と黒歴史の詰まった未整理常態の物置蔵の掃除に取り掛かることにした。

 親父殿が失踪する以前から放置常態だった土蔵。内部にはありとあらゆる様々なものが安置され、あらゆるところに埃が蓄積している。成る程、これはなかなか、やりがいがありそうな仕事である。

 俺がこの蔵に足を踏み入れたのは、今回を含めても数える程度。ほぼ親父殿が管理、使用をしていたので、中に何が置かれているの、俺には皆目検討がつかない。

 竜胆寺家は旧家である。その昔は、地元の有力者に使える士官だったらしい。そのせいか、蔵の内部にはその時代すら見極めるのが難しい書物や巻物、絵巻などがぞんざいに放置されていた。だが、何より俺の目を引いたのは、そのような古き時代の遺産ではない。その隣へ堂々と並べられている、皆目見当のつかない所謂… オーパーツ達だ。

「それにしても、親父殿。本当に、あなたは一体何者だったのですか」

 親父殿は、我が竜胆寺家道場の師範でありながら、冒険家だった。師範と冒険家という二束のわらじ。

 とは言うものの、実のところ、その比率は1対9で圧倒的に後者の割合が強かった。家に留まる事の無い人間。家族を省みる事の無い人間。つまりは、親父殿はそういう人間だったのだ。

 旅に出てはこれらお土産と称した得体の知れない粗大ゴミ持ち帰り、知らぬ間に再び旅に出る。

 だが、今日と言う今日は、竜胆寺家の諸悪の根源たる親父殿のこれら負の遺産を根こそぎ清算するべく、俺は気合を入れて作業に取り掛かったのだった。



「オッスー、竜胆寺。今朝もまた掃除たぁー偉い偉い」

 

 そんな気概があったためだろう。俺は、そんな《お隣さん》の朝の第一声さえ聞き逃すほどこの作業に集中していた。

「あれ? 何? 無視? この芦屋さんちのまじのちゃんを無視でっすかー?」

「ああ、すみません。お早うございます、まじの。今日も朝練ですか?」

「そーゆーこと。ってかさ竜胆寺、今日はまた一段とやる気まんまんじゃねーか」

 ショートカットの色黒少女。すらりと伸びた足が健康的な彼女の名は、《芦屋まじの》 俺の一つ年下のお隣さんにして幼馴染。

「ええ。今日はいい天気ですし、お掃除日和ですから。この蔵の整理、一気に片をつけようかと」

「まじで? そりゃまたごくろーさん」

 まじのは、俺と蔵とを交互にまじまじと見交わした後、その口元をにやりと歪めながら言う。朝陽に照らされ、彼女御自慢の白い歯が眩しい。

「何ならあたしも手伝おうか? 朝練までまだ時間あるし、竜胆寺のおじさんの蔵ってさ、何気に興味あったんだよねー。なんつっても、あのおじさんだし」

「良いのですか? 制服、汚れてしまうかもしれませんよ」

「問題なし! ほら、あたし朝練前だから、体操服持ってるし」

 そう告げた後、何を思ったか俺の目の前で制服を脱ぎ始める大胆かつ豪快なお隣さん。

「ちょ、ちょっと朝から何やってるんですかまじの!」

 慌てて後ろを向く俺。

「にしししし。なーに、竜胆寺? それじゃー朝じゃなけりゃいいってのか? こ、の、ムッ、ツリ。なーんてね」

 くるりと俺の前に回りこんできたまじのは、既に体操服姿だった。つまりは。

「制服の下に体操服。こんなの常識だぜ、竜胆寺」

「はぁ。一瞬、本気で焦っちゃいました。目の毒ですよ、まじの」

「目の毒ぅー? ナニソレ、あたしの裸は毒物ってこと? そ、それとも、し、刺激的すぎるとか?」

「あぁ。いやそれは無いです。むしろ、まじのがそういうプレイに目覚めたのかと思いまして… って朝から何て会話してるんですか、俺達は」

「プレイってお前…。って、ホントだな。なにやってんだ、あたしら。ほ、ほら。とっとと掃除、やっちまおうぜ」

 

 はぁ、と小さく溜息をつくまじのを尻目に、俺はこくりと頷きながら、共に蔵の中へと戻ったのだった。

 先ほどの妙な気まずさからか、俺達は掃除における事務的な確認意外は私語を挟むことなく作業を続ける。

 

 1時間ほど経過した頃だろうか。その頃にはお互い汗だくで埃まみれになっていた。

 そう言えば、そろそろまじのは、朝練の時間ではなかろうか。俺はそれを確認するため、反対側で作業を行っていたまじに声を掛けようと近寄った… が、その瞬間。


「うっわー、まじで!? 何だこれ。なぁ、竜胆寺ぃー、ちょっとこっち来てくれー」

「どうしました?」

 俺はまじのの真横にぬっと顔を出した。

「ウガッ、近っ。いちいち気配を消すな気配をっ! って、それより見ろよ、これ」

 まじのが指さす先、その先にあったもの。それは。

「箱? 何やらやけに綺麗な装丁の箱ですね。美しい」

「いやいやいや竜胆寺。相変わらずあんたのセンス、どっか可笑しいわ。これはよー、綺麗っていうより毒々しいとか、禍々しいって言う方が正しいだろ」

 箱の大きさは縦横高さ30センチ四方。真四角の正方形のキューブ型。まじの言うとおり、黒を基調としたその箱には、シャレコウベ型の模様と、何かの花… 模様からしてリンドウ? だろうか。その二つの模様の描かれた美しくもどこかおどろおどろしい漆黒の箱。

「うええっ、趣味わりー。さっすが竜胆寺の親父さんだわ。これもどっかの国のお土産かな?」

「はい、恐らくはそうなんでしょうけど。俺としては、箱よりその中身が俄然気になります」

「まじで? あ、あたしはむしろ見たくねーな、これは。しかも、鍵が掛かってんのかしらねーけど、全然あかねーぜ、これ」

「関係ないですよ。それに…… なんの根拠もないんですが、俺ならあけられるような気がするんです」

「あんたってさ、時々チャレンジャーだよね。まじめ君のくせにさ」

 … 何故だろうか。

 気がつけば俺は、自分でも、不思議なほどに、この箱に、この漆黒の箱に、惹きつけられていた。

「そう何ですよね。自分でも腑に落ちないのですが。開けたい。むしろ開けたい。今すぐ開けたい。ちょー開けたい」

「ちょ、ちょーってあんたね。どーしたん? キャラ崩れてるぜ。そ、それになんつーか、目も血走ってるし」

 既に、まじのの言葉さえ耳に入らない俺。明らかにいつもの自分では無い。自分でもそう理解できる。日頃の鍛錬が足りないせいだろう。にも拘らず、俺は自身の衝動を押さえつける事が出来ない。そして、我が視線の先にあるのは、件のパンドラの箱のみ。

「開ける、開ければ、開けるとき、開けよう。竜胆寺流現師範代、《竜胆寺虎丸》、いざ、参らん」

 やはりと言うべきか? まじのの言葉とは裏腹に、俺は、いとも簡単にその箱を開く事が出来た。

「お、おいおい竜胆寺。ちょっとま」


 俺がブラックボックスを開いたその瞬間、親父殿の蔵は… 豪快な爆発音と煌めく閃光、そしてそれらを覆う煙に包まれた。

 

もはや掃除どころの話ではない。何せ、俺とまじのは蔵の外へと吹飛ばされ、中にあった殆どのアイテム達も四方八方に吹き飛び、焼け焦げ、粉々になってしまっていた。ああ、俺としたことが、一体何て事をしてしまったのか。人生万事塞翁が馬。禍福はあざなえる縄の如し。覆水盆に返らず。後の祭りとは正にこのこと。

「まじの。大丈夫ですか? 怪我はしていませんか?」

 俺は、ぶつけた後頭部をさすりながらまじのの姿を探した。

「いってー。何だよあれ。爆弾でも詰まってたのかっての。まじのちゃんの大切なおみ足に、傷でもついたらどーするつもりだってんだ」

 そう毒づきながら、まじのは俺の後ろにへたれこんでいた。

 良かった。不幸中の幸いにして、どうやら大きな怪我は無かったようだった。陸上部である彼女の足に、万一怪我をさせてしまったとあらば、俺は、一生自分の事を許す事が出来なかっただろう。そう考えても、やはり今回の自分の行動がいかに軽率だったかを思い知らされる思いだった。なんとも、俺らしく無い行動だった。まだまだ修行が足りない。圧倒的に。

「すみません、俺とした事が迂闊でした。相手はあの親父殿の残した遺産。何が起こっても可笑しくは無かったはずなのに」

「正直あたしも舐めてたわ。あんたの親父さん」

「一先ず、お互い怪我は無かったのが救いです。最も、仕事量は倍以上になっちゃいましたけど」

「だな。御愁傷様」

 爆発と疲労感でボロボロになった俺とまじのは、暫くの間、ただただ無言でぼーっと空を見上げる。

 天気は晴天。今朝の天気予報の通り、雲ひとつ無い青空だけがどこまでもどこまでも広がっている。


 だがしかし、そしてしかし。はいそうですかで終わらないのがこの世の常。

 そろそろ作業に戻ろうかと、その場に立ち上がろうとしたその瞬間、蔵の中から瓦礫をかき分けるような物音が聞こえてきた。


「な、なぁ、竜胆寺。今、蔵から物音がしなかったか? 気のせいか? あたしの気のせいなのか?」

「…… いえ。残念ながら俺にも聞こえました」

 俺達は互いに顔を見合わせ、息を潜めて蔵を見つめる。やはり気のせいではないらしく、蔵からは絶えず瓦礫をかき分ける音が断続的に聞こえてくる。そしてその音は、一歩また一歩とこちらに、蔵の入り口へと近づいてくる。

 … ごくりと息を呑む俺とまじの。

 辺りに何とも言えない緊張感が走る。

 体からは冷たい汗がとめどなく流れ、音も無く地面へと伝う。

 俺達に言葉は無く、互いにただただ息を潜め、成り行きを見守る。

 そして、とうとう、その足音が入り口へとたどり着き。

 朝の日差しにに当てられ、その小さなシルエットが浮かび上がる。



「うにゃー。やっぱり、日の光はええのー。なんじゃか、生き返った気分じゃ。ま、冬眠明けのあての体にはちと眩しすぎるがの」



 《それ》は、人間の姿をしていた。

 正確に言えば、女性。さらに厳密に言えば、10台前半の少女。それも、銀髪碧眼の異国少女。

 まるで童話や小説から飛び出てきたかのような、或いは、絵画から抜け出てきたような。そんな少女。

 そして、彼女は、何故なのか俺にはさっぱり検討もつかないが… そう… 彼女は、裸だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ