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あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
最終章 「あくまで、家族ですから」
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15/15

          ◆

 

 予言の悪魔、恐怖の大王などと謳われる悪魔と、我が家のリビングで向かい合っている。一見、何ともシュールな光景だと言える。

 

まじのには一旦路兎さんを連れて、他の部屋に待機してもらっている。ちなみにシャクヤクは先程から部屋の入り口で立ったままじっとこちらの様子を伺っている。あんごるモアが復活してしまった以上、正式には今もその従者である彼女には、もはや何の手出しも出来ない。だからこそせめて二人の様子を見守らせて欲しいという事らしい。

 さて。とにもかくにも、ここからが本番だ。先程の路兎さんとあんごるモアとの短い勝負をみただけでも、この悪魔には生半可な戦力では通用しないということは明らかだった。正直に言えば、路兎さんが敵わなかった以上、俺が戦闘で勝てるとは思えない。そういう範疇を大きく逸脱した存在なのだ、目の前のこの悪魔は。

 そして、これが何よりの問題であり、現状どうすることも出来ない事実なのだが… 俺は、《あんごるモアを再度封印するすべ》を持っていない。13年前、我が父、竜胆寺天児は何故あんごるモアを封印するにいたり、いかにしてその封印を行ったのか。残念ながら、シャクヤクもその総てを知るわけではないらしい。だとしたら、当事者であるあんごるモアから直接聞きだすしかない。封印は出来なくとも、ジェンシャンに戻すことは出来るかもしれない。

 ジェンシャンは我が竜胆寺家の一員、俺の立派な家族だ。だったら、その裏の人格であるあんごるモアだって、俺の家族に違いないはず。


 だからこそ、これは《説得》ではなく、あくまで家族としての《話し合い》なのだ。



「あんごるモアさん」

「女王様でもモアたんでもいいわよぉ?」

「では、間を取ってモア様」

 今回はツッコミ役がいないので、そのまま進行。だが、ここでイニシアチブを取られてはいけない。あくまで主導権はこちらになければならない。

「申し遅れましたが、俺の名前は竜胆寺虎丸。竜胆寺流古剣術の師範代にして竜胆寺家現当主です」

「竜胆寺ぃ? ってことは、あれかしらん?」

 一瞬だけ、あんごるモアの表情から余裕が消えたものの、すぐに先程までの悪魔的な薄ら笑い顔に戻る。

「ええ、あれです。13年前、あなたを封印した人間の息子ですよ、モア様。残念ながら張本人は現在行方不明ですがね」

「あら~ん? 通りで、そなたを見ていると思わず食べちゃいたい衝動がするわけだわん♪」

 やはり、我が父の手によって封印された事は確からしい。親父殿は、一体何を考え何を想い、そしていかにして悪魔の封印なる荒業を成し遂げたのか? 昔から何かと謎の多い人物だったが、というか謎しかないような人物だったが、ここにきてまたその謎が増える事となってしまったわけだ。

「ズバリ、モア様の目的は何ですか? 人間界の征服ですか、それとも予言通りこの世界に恐怖をばら撒く事?」

「興味ないわぁ~ん。だってぇ、わらわはこの世界で遊びたいだけなのよぅ?」

 …… 嘘は無い。だが相手は正真正銘本物の悪魔だ。それに、本当にそれだけだったら、わざわざ我が家の蔵に封印などされているはずがないのだから。

「折角こっちの世界に来たっていうのにぃ、13年間もあんなちっぽけな箱に押し込められていたのよん? 酷いと思わないかしらん?」

「とんだ放置プレイですね」

「加えて、わらわの体にあ~んな仕打やこ~んな仕打ちまでぇ」

「けしからんですね」

 あんな仕打。つまりはジェンシャンのことだろう。親父殿が行った悪魔封印、その際生まれたのがジェンシャンという人格。人格どころか姿かたちまで変わってしまう辺り、ただの二重人格で済ませていいものかは疑問が残るが、相手は悪魔であり術者は親父殿なのだ、もはや何が起こっても驚きはしない。

 だが、何より重要な事はあんごるモアを再度封印することでも、親父殿に関する事でもない。それは…。

「…… でも、俺はそのけしからん悪魔に用があるのですよ、モア様」

「あらん?」

「ジェンシャンは竜胆寺家の一員。既に大事な俺の家族です… 例えそれが悪魔だろうと、恐怖の大王の裏の人格だったとしても、です」

 俺は、そんな言葉と共に確固たる意思で目の前の恐怖の大王を見据える。

「あぁああん。その目、いいわぁん。思わずいぢめたくなっちゃう。で~も、ざ・ん・ね・え・ん。わらわが目を醒ました時点で、あの子の魂は、きれいさっぱり消えちゃったのよぉん♪」


 なん、だと? 


いや、違う。


 これは 《嘘》 だ。


 色は黒。眩暈がするくらいの嘘だ。


「モア様、俺は諦めが悪いですよ?」 

「大歓迎よぉん。わらわは悪魔、欲しいものがあるのなら強引に、力づくで奪ってもいいのよん♪」

「たまには、そんな悪魔の取引に応じるのもまた一興。ならば、万難を排してでも取り戻して見せますよ」

 結局、最終的にはやはりこうなってしまうのだろうか。とはいえ、男にはやならければならない時があるもの。例えそれが、勝てない勝負と分かっていたとしても。

「わらわも、丁度体を動かしたかったところよん。そうと決まれば、まずはキレイキレイにしましょう」

 あんごるモアは、ふいに立ち上がると、路兎さんの時と同様その右手を恭しく掲げ、パチンと指を鳴らす。

「うふふ、リング作りよ~ん」

 彼女のそんな一言で、我が竜胆寺家のリビングは… 再び無残な姿へと変わる。

 飛び交う家具、舞い上がる埃。もはや起立性も整理整頓もない、無秩序状態の我がリビング。俺のいる場所を残してぽっかりと空いてしまったスペース。



 俺の理性という名のリミッターは、飛んだ。



「すみません、モア様。その前に一つ、言い忘れていた事がありました」

「あらん? 何かしらん。遠慮なんていらないわよぉ~? これから体と体の激しいぶつかりあいをし合う仲、でしょん♪」

「それでは遠慮なく…… 俺の、眼の前で、部屋を、汚すんじゃねえよ!!!」

「あ、あらん?」

「おいコラてめぇ、悪魔だかSMの女王だかしらねーがよぉ。俺の城で、俺の聖域で一体全体何してくれちゃってんだよ。あぁ?」

 あんごるモアも親父殿も、この際どうでもいい。どうだっていい。今は何一つ関係ない。この時の俺の頭にあるのは唯一つ。


「てめーは俺を怒らせた」


「え、ちょ、ちょっとそなた」

「屋上に行こう。久しぶりにキレちまったぜ」

「きゃ、キャラが完全に変わっちゃってるわん」

 俺は、初めて見せたあんごるモアの困惑顔を意に介さず、じりじりと目の前の悪魔に詰め寄る。

「《竜胆寺家のお約束条項。俺の聖域をぶち壊しちゃう糞野朗は、ソレ相応の辱めを受けるで候》」

 因果応報。

 自業自得。

「くぅら! 動くんじゃねぇ、逃げるんじゃねぇ!」

 俺は目の前でぽかんとしている悪魔をぐいと抱えあげ、その尻をバチンバチンと叩いていく。残念ながら、我が家では時と場合によっては体罰も辞さない家訓なのだ。

「ぁああん! そ、そんな、痛っ、いた、いたキモチイっ」

「当然、これで終わりじゃねーぜ?」

 俺は、口元を邪悪に歪ませながら、懐から今朝ジェンシャンを簀巻きにするのに使用したロープを取り出す。

「悪魔界の女王様にゃ、この格好がお似合いだぜ」

 ハァハァと熱い息を上げながら、自らの尻をさする茫然自失状態のあんごるモアを手際良く縛り上げていく。 

「オラオラオラオラぁああ」

「あぁん、そんな、激しい、激しいわぁん!」

 仕上げに天井から吊るしてやれば、はい完成。

「亀甲縛りだぜ」

 一仕事終えた俺が、そんな自らの作品を見上げて悦に浸っていたその瞬間、ドタドタという騒がしい騒音とともに、我が聖域へと珍入してくる輩がまた一人。

「大丈夫か竜胆寺! って、何じゃこの光景はあああああああ」

「おい、うるせーぞまじの。騒ぐようならてめーもこうなるぜ?」

「うげぇ。Sスイッチ入っちゃったのかよ。しかもこの状況、なにがどうしてこうなった? ってか、随分高度な話し合いしたみてーだな。肉体言語かよ」

「はん。どうもこうもねーぜ。この手のSっけ溢れる手合いはな、同時にMの気もあるもんなのさ。つまり、話し合いなんてちゃちぃ真似で攻めるより、屈服させてやるのが一番ってわけだ」

「この状態の竜胆寺が言うともの凄い説得力があるな」

 光と影。SとMは表裏一体。裏があるから表がある。闇があるからこそ、照らし出される光もある。

「ま、何にしろまずは… ふゅーっ」

 そんなまじのの掛け声と共に、俺の耳元に生暖かい風が大量に送り込まれる。

 

 な、、な、な………

 

 その瞬間、俺の思考は、停止した。


「しっかしまぁ、改めて見てもなんつー光景だよ。エロスか。エロスの権化か。エロス大名神か」

「はぁはぁはぁ」

「何かハァハァ言ってるよあの悪魔。ってか悪魔を亀甲縛りにするとか、竜胆寺、まじで恐ろしい奴」

「はぁはぁはぁ」

「… あれか? そんなにか? そんなにいいモン… なのか?」

「はぁはぁはぁ♪」

「五月蝿いよ!!!」


 そして、時は動き出す。俺、再起動。


「… はっ。俺は一体何を」

「おっと、お目覚めか竜胆寺。見てみろよ、この光景。嘘みたいだろ? 死んでるんだぜ、これ(プライド的な意味で)」

「何と恐ろしい(尊厳的な意味で)。人間は皆、その心の奥底に黒い野獣を飼っているものなのですね」

「竜胆寺の場合、黒ってかピンク色じゃね? 蛍光色のさ」

 一先ず、このままではまともな思考も出来ないという事で、まじのと二人であんごるモア… の成れの果てをおろしていく。

「で、これはこれとして、だ。これは一体全体どういう解決になったってんだ?」

「さぁ?」

「その俺は関係ありませんって言う涼しい顔が腹立つなおい」

「だって記憶が無いですし」

「改めて考えると、この悪魔が二重人格どうのこうの言う前に、自分のその性格を何とかしろよと。あたしは声を大にして言いたいね」

「その件に関しては後ほど家族会議を開くとしまして」 

「出るぞ。それならあたあしも出る。是非とも物申してやりたいからな」

「まぁまぁ。まずは、こちらの家族会議が先決です」 


 俺は、何故か時折ぴくぴくと小刻みに震えるあんごるモアを見事な亀甲縛りから解放し、そっと手を差し伸べる。

「どうぞ、手を取ってくださいモア様。お怪我はありませんか? ジェンシャンが家族だというのならば、その正人格であるモア様も俺の家族同然、いや、モア様はもう立派な我が竜胆寺家の一員です。大切な俺の家族ですから」

「…… 何だこの飴と鞭」

 

 先程とは真逆の満面笑みでそう投げ掛ける俺。対する恐怖の大王、あんごるモアの答えは…。


「はいっ! ありがとうございます、だ~りん♡♪」


 モア様は、俺の手に頬擦りをしながら、実に良い声でそう言った。

「まじで? つーか何だこの茶番…… ったく、やれやれだぜ」


 まじのは、実に良い表情でこの場をそう締めくくった。


          ◆


「納得できない。私、今、猛烈に納得できないわ」

「ああ、同感だな。全くもって同感だ」

 我が家の荒れ果てたリビングは、あんごるモアの力によって再び元の姿へと戻っていた。やはり、予言の悪魔の力は伊達や酔狂ではなかったらしい。思うに、親父殿があんごるモアにジェンシャンという悪魔の癖に何の力を持たない人格を埋め込んだのは、その強大すぎる力をセーブする役割があったのかもしれない。封印が完全ではないなら尚の事だ。

 そしてこの場には、俺、まじの、路兎さん、シャクヤクそしてあんごるモアという一連の事件の関係者が揃い踏み。

「だ~りん、あのツンツン女がわらわを睨んでるわん。わらわ、こわ~い」

 俺にぴったりと寄り添い、むしろ俺にぴったりとくっついて離れないあんごるモア。

「… この腹の底から湧き上がってくる憤りと苛立ちは何なのかしらね?」

「奇遇だな。あたしも同じ気分だぜ、路兎」

「あら~ん? 嫉妬かしらぁ~。でもだ~め、だ~りんはわらわのものよん?」

 何だか場がカオスになりつつあるが、一応けじめはけじめ。結論は出さなければならないわけで。

「君が我が竜胆寺家の一員になったのは大いに喜ばしい事ですが、実際のところジェンシャンの存在はどうなったのですか?」

「もうっ。だ~りんったら、焦っちゃめ~よん。それに、わらわとあのコは一心同体なのん。わらわの感情が昂ぶったり興奮したりすると人格があのコにスイッチするわん。逆もまた然りよん。それがわらわ達のルール。さっきは昂ぶりを我慢するのが大変だったわぁ」

「おいおいおい、昂ぶりってなんだよSM悪魔」

「た・と・え・ば♪ こ~ゆうことよん」

 そう告げると、あんごるもあはチュッチュと俺の頬にその魅惑的な唇を押し付ける。

「うぉい! SM悪魔!」

「あらん、あららん? ジェラシー?」

「ちっ、ちげーし」

「まじの様、素直さは美徳であります」

「… はぁはぁん。きた、きたわ~ん。だ~りん、一旦お別れだけど、浮気しちゃ駄目よ~ん」

 そう言って最後に俺の体をぎゅーっと抱きしめたあんごるモアの体が再び強い光に包まれる。

 

 やがて光が収束し、俺の隣に姿を現した人物、それは……。


「ジェンシャン!」

「おっ、ロリ悪魔だ。面白いなー、本当に元に戻りやがったぜ」

 ジェンシャンは、大きな欠伸をし、大きく伸びをして、大きくその口を開く。

「うにゃ~、よー寝た。あて、起床じゃ。ってなんじゃなんじゃ、とらまるぅ。あてにいきなり抱きついたりして。相変わらず甘えん坊じゃのう」

「本当、やれやれだぜ」




          ◆ ◆ ◆

           ◆◆◆

            ◆


「マイロード、以上が今回の事の顛末であります…。はい。今後もあんごるモアの動向を注視しながら、虎丸様を見守っていくであります…。ええ、虎丸様は未だマイロードの正体にも、あの人格の本当の正体にも辿り着いていない様子であります…。了解であります。お任せくださいマイロード、竜胆寺天児様」

            

            ◆

           ◆◆◆

          ◆ ◆ ◆



 翌日。


「ちゅっ」

「だ~りん♪」

「ちゅっ」

「なんじゃぁ、とらまるぅ」

「ちゅっ」

「だ・あ・り・ん♪」

「ちゅっ」

「って、失敬じゃぞ! 失敬じゃぞ! あて達で遊ぶでない! あてのいたいけな純情を弄ぶでない!」

 悪魔の二重人格とは不思議なもので、お互いがお互いの存在を認識するようになってからは、脳内会議で互いに話し合うことが出来るらしい。

「何だか、君達の扱い方という奴が分かってきた気がします。《竜胆寺家のお約束条項、悪魔は全力で愛でる候》、です。ほら、ジェンシャン。拗ねない拗ねない。抱っこしてあげますよ? それとも俺の膝の上に座りますか?」

「うゎあーい… ってあては、ごまかされんぞ!」

「でもちゃっかり座るんですね。ほらほら、何ならあごの下を撫でてあげましょう」

「うにゃー、ゴロゴロ」

「流石はマスター。そこに痺れる憧れるぅ、であります」

「あらあら~」

「全く、相変わらずけしからん奴じゃ。そもそもぬしらはもっとあてを丁重に扱ってもいいんじゃぞ? なんと言ってもあては、竜胆寺家の家族の一員。あくまで、家族なんじゃからなっ!」


 

 今の我が家の様子見たとき、親父殿は、一体どんな顔をしてどんな言葉かけるのか、正直言って俺には見当もつかない。けれど、一つだけ確実に断言出来る事もある。


 我が竜胆寺家は本日も平常運転。悪魔でも、騒がしい一日になりそうだって事。なんてね。



 THE END      

                                  

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