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あくまで、家族ですから  作者: 汐多硫黄
最終章 「あくまで、家族ですから」
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13/15


「終章 あくまで、家族ですから」



「ジェンシャン。君、また迷子になりかけましたね?」

「そんなの知らんもん。あてを置いて勝手にいなくなってしまう虎丸が悪いんじゃ」

「ノー。やれやれ、であります」

 

 悪魔と、その従者。そんな二人との奇妙な家族関係が始まって早1ヶ月が経過しようとしている。

 こうして三人で商店街に来るのも、もはや両手では数え切れない回数となった。

 

 今ではすっかり現代に、日本に、地域に、我が家に馴染んだ感のあるジェンシャンとシャクヤク。

 始めのうちは、それこそ《悪魔》というその肩書きに多少なりとも戸惑いと不安を覚えたものだが、今では彼女が悪魔だという事実を忘却してしまうことすらある。

 それは勿論、ジェンシャンが《記憶の無い悪魔》であり、シャクヤクが《それを望む従者》であるからこそ生まれた奇跡の様な《平穏》であり、何より大切な事は、彼女らもそれを心の底から願っているという事実である。


「… 手、繋いでたも」

「え? 何か言いましたかジェンシャン」

「て、てて、て、手を、繋いでくれと、ゆーておるのじゃ! これなら嫌でもはぐれんもん!」

「勿論。望むところですよ」


 繋いだ手と手。

 ジェンシャンから伝わるそのぬくもりは、人間のそれと何ら違いは無かった。


 だってそうだろ? 彼女はジェンシャンは、あくまで、俺の家族なのだから。


「のぅ、とらまるぅ。あての手… 絶対に離しちゃ、いやじゃからな?」

「そんなの当たり前ですよ、ジェンシャン。俺たちは、家族なのですからね」



           ◆



 時々考える事がある。

 

深く、深く。

 

真理の裏側、真実の探究。納得は、総てにおいて優先されるべき最重要事項。

 今、俺の灰色の脳内を占めている問題は一つ。それは……


「水着と下着の違いとは何か?」

「竜胆寺、時と場所ってやつを考えろよな。そういうことはせめて心ン中だけに秘めとこうぜ?」

「あんた、やっつつつつぱり変態ね、変態男ね」

「マスター。シャクが思うに、殿方を興奮させるという意味においては、その二つに差異はないのではないかと」


 そんな永遠の命題ともいうべき男のサガと一枚の布きれについての相関関係について頭を悩ませる俺たちがやってきたのは、とある屋内プール施設だった。

 ちなみに、ジェンシャンは可愛らしいふりふりの白いパレオ水着。お子様体型な彼女には良く似合う。ソレもそのはず、何しろジェンシャンの水着はこの俺が厳選し、購入したのだから。シャクヤクは何故かダイビングスーツ。人造人間であるシャクヤクからすれば、それを隠せるダイビングスーツという選択は、あながち間違っていないといえるだろう。まじのは目のやり場に困る何ともけしからん赤のビキニ。色黒の彼女の肌と、真紅のコントラストが何とも眩しい。そして、路兎さんは… 予想通りスク水。恐らく中学で使用したものだろう。わざわざ水着を買うなんて馬鹿らしい、というか水着などというペラッペラの布に金を掛けるなんて馬鹿らしいという事なのだろう。どうやら貧乏は、人の思考を極端な方向へと捻じ曲げてしまうものらしい。


「成る程。三者三様の回答、ありがとうございます。まぁ、これについては後ほど皆で濃密な議論の場を設けるとして」

「いや、設けねーよ。参加する気もねーぞ、あたしは」

「私だって絶対嫌よ」

「マスター、日程は何時頃がよろしいでしょうか?」

「それはそうと皆さん、それぞれの特徴が良く現れていて水着姿も実にお似合いですよ?」

 小悪魔的悪魔姫君であらせられる我らがジェンシャンが、最近近所に出来たというこの《プカプカザブーン》なる屋内プール施設の存在を嗅ぎ付けたのが、総ての事の発端だった。

 一度言い出したら聞かないこの性格は、果たして悪魔に由来するものなのか、それとも見た目通りの少女のソレによるものなのか。

 とにもかくにも、俺たちはこうしてそのプカプカザブーンにやってきた。折角なので、まじのと路兎さんを誘いやってきた。

 まじのはともかくとして、路兎さんには露骨に拒否されるかと思っていたものの、料金は俺が持つという提案をすると、存外すんなりと承諾を得てしまった辺り、このプカプカザブーンの魅力という奴は、悪魔にも勇者にも通じるものがあるらしい。


恐るべし、屋内プールレジャー。


「ところで皆さん、準備運動は済みましたか? いかに屋内プールといえど、準備運動を怠ってはいけませんよ? しないでプールに入ろうものなら… 死にますよ? 足攣って」

「準備運動に関しちゃ確かに同意だが、自分のトラウマを人に押し付けるのは止めようぜ、竜胆寺」

「なにそれ? … もしかして竜胆寺虎丸、あんたカナヅチなの?」

 事実、俺は泳げない。

 そんな事は、些細な問題である。実に瑣末な問題である。人は、いや、漢は、例え泳げなくとも、カナヅチであろうと、悪魔の実の能力者であろうとも、プールに海に意気揚々とやってくる生き物なのである。

「それじゃあんた、一体ここに何しに来たのよ?」 

「愚問ですね、路兎さん。そんなの勿論」

「いや、いいわ。やっぱり聞きたくない。聞くのが怖いわ」

「何か勘違いされているようですが、勿論、ジェンシャンのおもりとしてですよ。まぁ、そのジェンシャンが先程から見当たらないんですがね」

「おいぃいいいい! 探せよ! まじでさっさと探せよ!! 何でそんな余裕で竹刀振ってんだよ! ってかてまじで何しに来たんだよ!」

「ところでマスター。申し遅れましたが、シャクは人造人間なので、水が苦手なのであります。隅の方で、皆様のご活躍を正座しながら拝見しているであります」

「うぉおおおおおいい! だから、てめーらまじで一体何しに来たんだよ!!」

 例え遊びに興じようとも、俺は日頃のルーチンワークを放棄するわけには行かない。例え1日たりとも鍛錬を休むわけにはいかない。日々の鍛錬こそ、この明鏡止水の我が精神の礎であり俺が俺であり続けるための基本素子なのだから。

 だからこそ、例えそこがプカプカザブーンであろうと、わくわくどかーんであろうと、俺は竹刀を手放したりしない。

「良し。一先ず皆でジェンシャンを探しましょう。彼女が騒ぎを起こす前に」

「いやいやいや、既にあんたが問題起こしてるからね? さっきから監視員のあんちゃんがこっち睨んでるからね?」

「私、何でのこのこついてきちゃったのかしら…」

 こんな時こそ、日頃鍛えたこの精神力で冷静沈着に対応していく必要がある。

「シャクヤクも路兎さんも、ジェンシャンを探すための術を持っている。が、そのような術を使わずとも俺には分かりますよ。彼女がどこにいるのか」

「まじで? それはあれか? 家族だから以心伝心で場所を感じ取れるってやつか?」

「いえ、全然違いますけど。全く違いますけど。毛ほども当たってませんけど。ジェンシャンの見た目と精神年齢なら、どうせお子ちゃまプールが関の山だろうと」

「良い話どこいった。心温まるハートフルストーリーはどこいった」


 まじのはそう言うものの、やはり俺のカンは正しかったらしく、ジェンシャンは子供用プールで周りの子供たちを押しのけ、一人お山の大将を気取っていた。

「にゃはははは。ここはあての縄張りじゃー。ものども、恐れおののくが良いぞー」

 可哀想に。子供たちはそんなジェンシャンに楽しい遊泳の時間を邪魔され、各々の保護者の下へと泣きながら駆けていく。

 何とも小さい悪魔がいたものである。それはもう、色々と。

「私、頭が痛くなってきた」

「おいおい路兎、こんなんで音をあげてたらこの先もたねーぜ? こいつらに付き合うのは体力使うからな」

「芦屋まじの。あんた、何で嬉しそうなのよ」

 そんな二人のやりとりを尻目に、俺はそそくさとジェンシャンの元へと近づいていく。子供をしつけるのも親の役目。と、なればここは当然俺の出番というわけなのである。

「ジェンシャン!」

「おぉ、虎丸ではないか。遠慮するでない、ちこーよるがいい。あての国によく参った」

 あての国。

 それは、大人5人も入ればいっぱいいっぱいとなってしまう、そんな小さな小さな国だった。

「何をやっているんですか君は。子供用プールを支配したりなんかして、いっぱしの悪魔気取りですか? 恐怖の大王気取りですか?」

「おうおう、いってやれ竜胆寺。いっちょガツンと灸をすえてやれ」

「勿論です。いいですか? ジェンシャン。本物の悪魔だったら、こんな小さな子供用プールを制圧したくらいで満足していてはいけません。大志は常に大きく。例えばこのプカプカザブーンを足掛かりとしてゆくゆくはこの日本全土を」

「うぉい! 何の話だよ!」

「勿論、精神論ですよ。心の持ちよう、器、精神的なお話です。小鉢ではなく、どんぶり並の大きさを持たねばいけませんから。とはいえ、君も竜胆寺家の一員ならば、その名に恥じぬ行動をしなければなりません。分かりますか?」

 

 危ない橋も一度は渡れ。

 

それが我が竜胆寺家の家訓の一つ。失敗を恐れて成す事を成さないのは愚の骨頂。そう言った意味では、悪魔が侵略行為を行う事に何ら違和感も問題もないわけだが、それはそれ、これはこれ。

「とはいえ。いいですかジェンシャン。君は悪魔である前に我が竜胆寺家の一員なのです。何時如何なる時も、それを忘れてはいけませんよ」

「とらまるぅ…」

「お二人さん。何となく良い感じの話をしてるとこ悪いが、一旦ここから離れようぜ。さっきのガキんちょ達が監視員のあんちゃんにチクったみてーだ」

 周りを見てみると、いかにも脳筋なガタイのいい監視員たちが俺達を取り囲むようにしてにじり寄っていた。

「《竜胆寺家のお約束条項、危なくなったらとっとと逃げるで候》です… ではでは、散会!」

「あっ、と、とらまるー」

「うぉーーい、竜胆寺!」


 こうして、俺たちは一旦ちりじりになり、監視員達の手から逃れる事にした。

 そのまま近くのプールに飛び込み、持ち前の運動能力で逃げ切るまじの。元から何食わぬ顔で他人のフリをしていた路兎さん。そして、ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てながらあっちこっちと逃げ回るジェンシャン。そんな様子を隅の方でシャクヤクと共に見守る俺。

「まるで子供ですね。今こうして見ていても、とても悪魔とは思えない。だが彼女が悪魔であり、君がその従者の人造人間であることもまた事実」

「イエス。そして今は、マスターの家族でもある。家族… どうしてマスターは」

 シャクヤクが俺の顔をまっすぐに見つめながらそう言い掛けた時、俺の視線は目の前のとんでもない光景をとらえ、気がつけばこう叫んでいた。


「ジェンシャン! 危ない!!!」


 その目立つ行動の数々と逃げ足の遅さから、監視員達を一手に集める形となってしまい追い詰められたジェンシャン。こともあろうに、よりにもよって一般客は使用禁止となっている数十メートルはあろうかという飛び込み台の階段を延々と上って行き、とうとう逃げ場を失い、そして… 


 結果から言うと、ジェンシャンは落ちた。その飛び込み台のてっぺんから。それはもう見事に、頭から。


 俺達の叫び声、衝撃音と大きな波が発生し、一時騒然となるプカプカザブーン。俺は、なりふり構わずプールへと飛び込み、浮かび上がってこないジェンシャンの落下地点へと泳いでいく。カナヅチであろうとなかろうと関係ない。勿論それは、まともな泳ぎ方だ何て言えなかったかもしれない。その時の俺は、それだけ必至だっという話。

 彼女が落下する様子をまざまざと見てしまった分、何もする事が出来ずただただ見つめてしまっていた分、溺れて水中に沈んだジェンシャンを探す事事態は、比較的容易だった。

 事態に気がついたまじのと路兎さんの手を借り、そんなジェンシャンをプールサイドへと運び上げる。悪魔の体力がどの程度のものなのかは、想像すらつかない世界の話ではあるものの、現状、目の前の小さな悪魔はその呼吸を止めていた。

「お、おいおい、まじ、かよ」

「嘘でしょ? 悪魔よ、こいつ。こんな簡単に…」 

 

今、俺が取るべき最善の行動は一体なんだろうか? 


 目の前の少女の惨状に心を痛めること? 違う。

 こんな状況を予期出来なかった自分をせめたてること? 違う。

 監視員たちがその長い階段を下りるさなか、俺達に、いや、俺に出来る事は。


「路兎さん、プール脇の東入り口近くにAEDがあります。取ってきて貰えませんか? まじの、今からジェンシャンに人工呼吸を行います。手伝ってください」 

「分かったわ」

「よ、よし」


 まじのがジェンシャンの体を支え、俺が彼女のみぞおちのくぼみに中指をおき、その上に人差し指を添え、心臓マッサージを15回、人工呼吸を2回のサイクル。それを一セットとして4サイクル繰り返していく。

 曲がりなりにも俺は道場を預かる身。いざと言う時の対処法は一通りは身に着けている。

「戻れ、戻れ、戻れ、戻れ。君にはまだやらなきゃならないこと、やりたいことが山ほどあるはずだ。違いますか? ジェンシャン!」 

 俺の顔を伝うこの液体は、果たしてプールの水か、はたまた汗か、それとも。

 見守る聴衆。

 到着する救急隊。

 AEDを持って駆け寄る路兎さん。

 ジェンシャンの呼吸と意識が戻ったのは、丁度そんな瞬間の事だった。


「ぷっぴゅーーーーーーーーーーーー」 


 まるで何かのコント番組のように、ジェンシャンは口から噴水の如く大量の水を吐いた後、むくりと起き上がった。

「ぎゃああああああ、と、とらまるうううう、あて、おちるーーーーーー」

「… はぁ、やれやれ。落ち着いてくださいジェンシャン。まず一つ、君は既に落ちました。二つ、気分はどうですか? どこか痛かったり、違和感のあるところはありますか?」

「はて、何のことじゃ? あてならこの通り、元気百倍じゃぞ? むしろ何故かいつもより気分がいいくらいじゃ」

 嘘は無い。

 どうやら、本当になんとも無いようだ。一度は心臓が止まっている辺り、流石は悪魔というべきなのかどうなのかは微妙なところだが。

「は、ははっはは。この野朗、ロリ悪魔! 心配かけやがって!」

「ほんっっとうに人騒がせな悪魔ね、こんな事ならやっぱり粛清しておけば良かったわ。この馬鹿悪魔っ」

「なんじゃぬしら、失敬じゃ! 失敬じゃぞ!」 

「《竜胆寺家のお約束条項、何事にもきちんと罰をもって反省するで候》です。ズバリ、帰ったら尻たたき10回といったところですね… とはいえ、今回は俺の監督不行届だった面も大きいですし、君の破天荒っぷりを甘く見ていた俺のミスでもあります。悪魔的に騒ぐのは大いに結構ですが、人間並みの節度は必要。それを知るのも大切な事です。故に、3回にしておきましょう」

「ぎゃーーーなんでじゃああああああ。なんであてだけぇええええええ!?」

 

 こうして、俺達の最初で最後のプカプカザブーン体験は終了した。

 … これだけの騒ぎを起こしたのだ、むしろ出入り禁止になるのも、ある意味当然と言えた。


 その上、後からシャクヤクから聞いた話によると、悪魔は例え何らかのショックで呼吸が止まったとしても、あの程度では全く死なないそうだ。

 本当に、人騒がせさだけでいえば、やはりいっぱしの悪魔レベルなジェンシャンなのだった。

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