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破滅の罪人:細胞レベルの記憶は化石となってもなお  作者: 川内祐
第六章・ファンデルとアンテ

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第26話 サンティの帰還

 バシリアスの母、ジャネルがその体躯を精霊に捧げる一日前。


 思いもよらぬ来客に、バシリアスの館を出たヴェールが情けない声を響かせた。慌てて呼ばれたスタークとミディエも、それぞれに驚愕する反応を見せた。中でも、ミディエは大きな声を上げ、その来客に駆け寄った。


「サンティ!」


 スタークもゆっくりと笑顔でサンティのもとへと近寄ったが、話に聞いただけで初めて聖獣サンクテクォを間近にしたヴェールは、少し距離を取っている。


「ミディエ、勝手を言うがまた一緒に旅して構わないだろうか?」


 ミディエは返事を返さずスタークを伺い見た。


「断る理由はないがユーランたちの動きは把握しているのか?」


 サンティに向けられたスタークの表情は柔らかいが、眼光だけは鋭い。


「ディシビアに向かったのは知っている。そして、また今はシェニムへと戻っているようだ。随分と急いで。だが、オレにそれは関係ない。オレは」


 サンティはヴェールも含めて、そこにいる一同の顔を眺めた。


「オレは聖獣サンクテクォではなくなったのかもしれない」


 首を傾げるミディエに、質問を投げられる前にサンティは付け加えた。


「概念としての話だ」


 だが、それでもミディエにはサンティの言っていることが正確には分からなかった。


 しかし、それでもいい。また共に旅が続けられるのであれば。ファンデルと戦えるのであれば。ミディエは力強く頷いた。その肩にスタークが手を添えた。


「では、行くぞ。何が起きているのか分からんが、ゆっくりとはしていられないようだ」


 スタークを先頭に大通りへ出ると自然と人混みが左右に割れた。


 聖獣サンクテクォに、かつて近衛騎士団で大きな力を持っていた風使いの親子。その連れの精霊使いも、只者ではない雰囲気を纏っている。


 城の門扉で警備している衛兵も、思わず敬礼をする始末だ。無論スタークとヴェールのことはかつての同僚である。正体を知っているが、やはり聖獣が共に歩いている状況はただ事ではない。何とも言えぬ威圧感があった。


 一歩前に出かけたスタークを制し、ヴェールが衛兵の前に立った。


「ザックワーズ公に謁見したい。約束もない上にこの人数だ。無理にとは言わん。が、時間を取らせるつもりもない。この世の行く末の大事な話があると伝えてくれ」


 何事かと門から顔を出した重臣の一人も、ヴェールの言葉を聞きつつ、その目はサンティに釘付けになっていた。


 頭を下げて場内を駆ける足音を残した重臣に、ヴェールはサンティを振り返り苦笑した。


「いざとなったら風でも纏って、ちょいと脅してやるかと思ったが、その必要はなかったな」


 それにはスタークも頷いた。彼にも同じ覚悟があったのだろう。


「シェニムやヌイーラでの民たちの反応とは随分違うが、聖獣は過去にこの辺りで何かしたのか?」


 スタークが意地悪い笑みを浮かべてサンティに問う。


「オレにその記憶はない。だが、ほかの聖獣は知らん」


「この国にはたくさんの国から人が集まるからね。いろんな噂話が多いのかも」


 なんとなく他の聖獣たちを突き放したサンティの物言いに、ミディエはサンティの首を撫でた。


 それから四半刻も経たぬうちに、スタークたちはバシリアスの父、ザックワーズ公に謁見していた。


 四人の重臣を残し近衛騎士たちは席を外している。


 この国に長く住んでいるヴェールが、事の成り行きを説明した。そのヴェールが酒に溺れていたのを知る重臣たちも、もちろん正面に座るザックワーズ公も、誰一人としてヴェールのことを蔑む目でなど見ていなかった。


 それほどまでにヴェールの話は鬼気迫っていた。その話を聞く間、ザックワーズ公はグラスの水を幾度となく口に運び、水差しを空にし、汗へと変えていた。


「その責が我らにあると申すのか?」


「そうは申しておらぬ。これは個人、あるいはひとつの国の問題ではないのですぞ。この世界そのものの問題。それをご承知していただいたうえで、ブロアヒンメル王国のシンヌイ宮殿に書状をしたためていただきたい」


 ブロアヒンメル王国は、閉鎖的な国だ。その王国の中心であるシンヌイ宮殿へ、彼らの忌み嫌うバルバリの民が三人も向かうのだ。変化のオルビスに繋がるバルバリの民が宮殿にいるのは分かっていても、その状況までは分からない。牢に捕らわれている可能性もある。


 当然用もなく王が住まう宮殿に入ることなどできない。そこで、ザックワーズ公に入国を乞う書状を用意してもらおうとしているのだ。王国を含む世界が危機に瀕していると。その発端がザックワーズ公の息子であるバシリアスであったことは、直接の問題ではないと、ヴェールはその名は出していない。


「儂と倅は元近衛騎士団。いや、できることなら再び近衛騎士団として入国したい。その方が余計な詮索も誤解も受けぬであろう」


 ザックワーズ公にその依頼を拒否する理由はなかった。彼が素直に首を縦に振らないのは全く逆の理由。仮に断った場合どうなるかを考え、言い知れない恐怖を感じているのだ。あのヴェールが騎士団への復帰を乞うとは、相当な覚悟だ。


「それは構わん。構わんが」


 ザックワーズ公はヴェールの後ろに控える一見奇妙な面々を眺めた。


 ヴェールとスタークの元近衛騎士団。二人とは雰囲気の違う精霊使いの若い美女。更にフィクスムの輝きを放つ聖獣サンクテクォ。そのサンクテクォが口を開き、人語を話した。


「我が名を記しても構わぬぞ。聖獣サンクテクォとしての用ではないが、ヴェールの言った通りこの世界の均衡を崩そうとしているものがいるのを知って、それを見逃す訳にはいかんのだ。貴公に迷惑はかけぬ」


 ザックワーズ公はその口ぶりに、僅かな焦りを感じた。


 苛立つ聖獣。


 一国の元首であっても、その姿に恐怖を覚えずにはいられまい。スタークはザックワーズ公に同情して苦笑し、ひと言添えた。


「何も難しく考えていただく必要はございません。外の国からシンヌイ宮殿に来ている者が居るはず。その者に会いたいと。それだけのこと」


「うむ、そうだな」


 ようやく筆を走らせ始めたザックワーズ公に、ヴェールは胸を撫で下ろした。後ろからのミディエの視線に、ヴェールも焦り始めていたところだ。ミディエは気が強い所がある。苛立ちでミディエの口からバシリアスの名でも出されたら更に時間がかかっていただろう。


 一度筆が動けば早い。もとよりスタークが言う通りに短い書状だ。ザックワーズ公はその短く重い仕事を終え、最後にもう一度空唾を飲み込んだ。


「では、これで良いな? で、その厄災とやら。我が国にも災いを運んで来るのか?」


 この話を聞き、一番に知りたかったのはそれだろう。国家の元首として当然のことだ。だが、その質問には誰一人答えることができなかった。無論、聖獣サンクテクォであっても。

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