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最終話:自由へのランチ、そして晴れ渡る空



「り、離婚だと……!?」


和樹はテーブルに置かれた緑色の紙を凝視し、引きつった笑みを浮かべた。


「ふざけるな! 俺の金を勝手に使い込んでおいて、離婚で逃げられると思ってるのか! 裁判だ、裁判にしてやる!」


「ええ、構わないわよ」


私は平然と答えた。


「裁判になれば、財産分与の話になるわね。でも、分与すべき『共有財産』はもうゼロ。むしろ、生活費の管理実態や、あなたのこの録音データが公の場で再生されることになるわ。『俺の顔を立てて払え』って言った音声がね」


「う……」


「それに、私の父の遺産は『特有財産』だから、財産分与の対象外。裁判所もそこは認めてくれないわよ。弁護士にも確認済みだもの」


私は淡々と事実を突きつける。

 和樹は口をパクパクさせているが、有効な反論が出てこない。


彼は気づいたのだ。

 裁判をしても金は戻らないどころか、自分の恥を世間に晒し、弁護士費用でさらに借金を背負うことになる未来に。


「それにね、和樹。私と離婚しないとして、これからどうやって生活していくつもり?」


「あ?」


「貯金はゼロ。来月には車検代20万円。再来月には固定資産税の通知も来るわね。私の遺産おさいふがなくなった状態で、あなたの給料だけでそれらを払いながら、お義母さんとお義姉さんの贅沢を支えられるの?」


和樹の顔が絶望に歪んだ。


今まで私が黙って補填していたから回っていた生活だ。

 それがなくなれば、彼の安月給では破綻するのは目に見えている。


「このまま結婚生活を続けて、借金まみれになって一緒に沈むか。それとも、今すぐ離婚届に判を押して、一人でやり直すか。……好きな方を選んで」


究極の二択。

 数分間の沈黙の後、和樹は震える手でペンを握り、離婚届にサインをした。


プライドの高い彼のことだ。

 私が家に残って「金を出さない妻」として冷ややかな目を向け続ける生活には耐えられなかったのだろう。


「……出ていけ。二度と俺の前に顔を見せるな」


「ええ、喜んで。さようなら、他人・・さん」


私は荷物をまとめると、振り返ることなく家を出た。

 背後で、和樹が何かを叫んで物を投げる音が聞こえたが、それはもう私には関係のない雑音だった。



それから、半年が過ぎた。


私は今、ホテルの最上階にあるレストランで、一人ランチを楽しんでいる。

 目の前には、色鮮やかな前菜と、よく冷えた白ワイン。


窓の外には、どこまでも広がる青空が見える。


離婚はスムーズに成立した。

 慰謝料は請求しなかった代わりに、財産分与もなし。お互いに「持ち出しなし」のきれいな別れだ。


もちろん、私の手元には手つかずの父の遺産が丸々残っている。


風の噂によると、あの後の元夫・和樹たちの生活は悲惨なものらしい。


まず、お金がないことがバレた瞬間、義母と義姉が発狂したそうだ。

 「嫁の管理が悪かったせいだ」「和樹が甲斐性なしだからだ」と罵り合い、毎日のように喧嘩が絶えないという。


結局、車は車検代が払えずに売却。

 義姉は「こんな貧乏な家、いられない」と再び男を作って家を出ようとしたが失敗し、今は嫌々ながらパートを増やしているとか。


和樹は、毎月の支払いに追われ、やつれた顔でコンビニ弁当を食べる姿が目撃されている。


かつて私に「金を出せ」と強要した彼らが、今はお金に苦しめられている。

 まさに因果応報だ。


「……ふふっ」


ワイングラスを傾けながら、自然と笑みがこぼれる。


一人で食べるランチが、こんなに美味しいなんて知らなかった。

 誰かの顔色を窺う必要もない。

 誰かのために我慢する必要もない。


私はまだ29歳。人生はこれからだ。


不妊治療だって、本当に信頼できる新しいパートナーと出会えたら、また考えればいい。

 あるいは、一人で自由に生きる人生だって悪くない。


選択肢は無限にある。

 なぜなら、私には「自由」と、それを支える「経済力」があるのだから。


「さて、メインディッシュは何かしら」


運ばれてきた肉料理の香ばしい匂いに、私は胸を弾ませる。


私の名前は美晴。

 その名の通り、私の未来は一点の曇りもなく、晴れ渡っていた。


(了)

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