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第1話:『家族』という名の請求書



私の名前は佐々木美晴ささき・みはる。今年で28歳になる。


結婚して3年目、夫の和樹かずきと二人暮らしの専業主婦だ。

 傍から見れば、平穏で幸せな結婚生活に見えるかもしれない。


でも、家のドアを閉めれば、そこには重苦しい空気が澱んでいる。


一番の悩みは、子供のことだ。

 残念なことにまだ子宝に恵まれず、年齢的な焦りもあって、そろそろ本格的に不妊の検査や治療を受けてみようかと悩んでいる。


もちろん、私一人で悩んでいても仕方がない。

 子供は二人で作るものなのだから。


けれど、夫の和樹は――。


「ええ? またその話かよ」


夕食後、私が切り出した相談に、和樹は露骨に嫌そうな顔をしてスマホから目を逸らさなかった。


「まだ20代なんだし、焦る必要ないだろ。自然に任せればいいじゃないか」


「でも、もう3年よ? もし私か和樹、どちらかに原因があったら早めに分かった方が……」


「俺は健康診断でも問題なしだぞ。大げさなんだよ、美晴は。病院なんて行きたくないし、金もかかるだろ」


会話はそこで打ち切られた。


和樹は子供が欲しくないわけではない。

 ただ、「面倒なこと」に向き合うのが極端に嫌いなのだ。

 私の不安や焦りに寄り添おうとはせず、のらりくらりと逃げ続ける日々。


そんな夫への不満に、さらに追い打ちをかけるような「悩みの種」が、最近になって急激に育ちつつあった。


それは、夫の家族――義母の富江とみえさんと、義姉の由香里ゆかりさんの存在だ。


義実家は私たちのマンションから徒歩圏内にある。

 義父はすでに他界しており、義母は一人暮らし……だったのだが、半年ほど前に義姉の由香里さんが離婚して実家に戻ってきた。

 いわゆる出戻りだ。


世間で言うような、ドロドロした嫁姑バトルがあるわけではない。

 むしろ、表面上の仲は悪くないと言っていい。

 二人とも明るいし、私を邪険にすることもない。


じゃあ、何が問題なのかと言えば――。


下世話な話で恥ずかしいけれど、「お金」の問題なのだ。


事の発端は、ほんの1年前に私が実父を亡くし、それなりの額の遺産を相続したことだった。


私が遺産を受け取ったと知った途端、義母と義姉の私に対する距離感は、妙な方向にねじ曲がってしまった。



「わあ、美味しそう! 私、この『季節限定・黒毛和牛のランチコース』にしちゃおうかな!」


「あら由香里、いいじゃない。じゃあお母さんもそれにしようかしら。美晴さんはどうする?」


週末のランチタイム。

 駅前の少しお洒落なレストランで、義姉と義母の声が弾む。


月に一度だったはずの義実家との食事会は、ここ最近、週に一度のペースに増えていた。

 しかも、選ぶ店が少しずつグレードアップしている気がする。

 以前はファミレスだったのに、今日は1人3,000円近いコース料理だ。


「……私は、このパスタランチにします」


私が一番安いメニュー(それでも1,500円)を指さすと、義姉の由香里さんは大げさに肩をすくめた。


「やだあ、美晴さんったら。もっといい物食べればいいのに。お金ならあるんでしょ?」


「そうよ美晴さん。お父様の遺産が入ったんでしょう? 使わないと経済が回らないわよ?」


悪びれもせず、くすくすと笑う二人。


そして、会計の時がやってくる。

 これが一番の苦痛だ。


店員が伝票を持ってきた瞬間、二人は示し合わせたように化粧直しを始めたり、スマホを見たりして動かなくなる。


「……あの、お義母さん、お義姉さん」


「あら? どうしたの美晴さん」


「お会計、どうしますか? 別々に……」


私が言いかけると、義母の富江さんは「何を水臭いことを」と言わんばかりに目を丸くした。


「美晴さん、私たちは『家族』でしょう? 今、この中で一番余裕があるのは誰かしら?」


「そうそう。美晴さんが出してくれれば、ポイントだって貯まるでしょ? 私たちは家族なんだから、持ちつ持たれつよ」


持ちつ持たれつと言うけれど、二人が私に何かを持ってくれたことなんて一度もない。


でも、ここで「嫌です」と言えば、角が立つ。

 夫の家族と揉めるのは避けたい。

 金額も、まだ私の小遣いでなんとかなる範囲だ。


私は愛想笑いを張り付け、伝票を手に取った。


「……わかりました。今日は私が出しますね」


「さすが美晴さん! 頼りになるわあ」


「ごちそうさま。次はあそこのお寿司屋さんがいいわね」


当然のように私の財布をあてにする二人。


最初は「たまになら」と思っていた。

 けれど、一度甘い顔を見せたのが間違いだったのだ。


蜜の味を覚えた二人の要求は、ここから坂を転げ落ちるようにエスカレートしていくことになる。


そしてそれを止めるべき夫・和樹の言葉が、私の心のスイッチを完全に切り替える引き金になるとは、この時の私はまだ知らなかった。

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