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転移剣士と滅びの古竜  作者: 空野 翔


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第3話「古竜との決戦」

 巣窟の入り口は、山の斜面に口を開けていた。高さは十メートルを超える。岩肌が熱を帯び、内側から生臭い熱気が押し出されてくる。洞窟というより、何か巨大なものの喉の中に立っているような感覚だった。

「空気が違う」ミアが呟いた。さっきまでの元気が、少しだけ鳴りを潜めていた。「魔力が濃い。古竜のブレスで焼かれた跡が、壁に染み込んでる」

「引き返すなら今だ」リリアが言った。誰かに向けた言葉ではなく、確認のような口調だった。ガルドは斧の柄を握り直した。「俺は行く」

「私も」ミアが頷く。俺は何も言わずに、一歩踏み込んだ。


 奥へ進むほど、温度が上がった。たいまつは不要だった。岩の表面が鈍い赤に発光し、足元を照らしている。溶岩の名残か、それとも別の何かか。息を吸うたびに肺が熱い。そして、声が来た。洞窟全体が、低く震えた。

「人間ども……」振動ではなく、言葉だった。岩の天井から、壁から、足元から、あらゆる方向から同時に響いてくる。

「滅びを望むか」漆黒の影が、闇の中から形を成した。

 最初はそれが何かわからなかった。左右に広がる巨大な膜が、洞窟の壁面を覆っている。それが翼と気づいた瞬間、全体像が視界に入った。体長は二十メートルを超える。鱗は夜よりも深い黒。目が二つ、燃えるような金色に輝いていた。竜だ。俺たちを、見ていた。

「散開ッ!」古竜の顎が開いた。喉の奥が赤く輝く。熱が来る前に、光が見えた。右へ跳ぶ。一秒後、俺がいた場所を炎の奔流が塗り潰した。岩が溶ける音がする。熱風が横から叩きつけてくる。頬が焼けるように痛い。

「リリア、翼の膜を狙え! ガルド、前衛で気を引け!」

「言われなくてもっ」弦の音。リリアの矢が暗闇を裂き、翼の膜に突き立った。浅い。古竜が僅かに翼を動かしたが、表情すら変えなかった。ガルドが地を蹴った。全力の突進。斧が鱗を捉え、甲高い金属音が洞窟に響く。火花が散る。傷はついた。しかし浅い。

 次の瞬間、尻尾が薙いだ。ガルドの体が、真横に吹き飛んだ。壁まで五メートル。鈍い衝突音。岩が割れ、粉塵が舞い上がった。

「ガルド!」動かない。俺は走った。古竜の視線が俺を捉える。爪が持ち上がる。踏み潰す気だ。剣を構え、叫んだ。

「転移者の剣魂・覚醒」

 体の奥から何かが溢れた。剣が青白く輝く。光が刃に沿って流れ、斬撃の残像が空気に刻まれる。古竜の爪が降ってくる。俺は一歩横にずれた。紙一重だった。風圧で髪が乱れる。爪が岩床を抉る音が、耳の真横でした。

 跳ぶ。翼の付け根に目をつけていた。先ほどリリアの矢が浅く刺さった場所。鱗の継ぎ目。皮膚が薄い。

「これで——」全体重を乗せた一撃。剣が鱗を噛み、砕き、肉に食い込んだ。血が噴き出す。熱い。古竜が咆哮した。今度は言葉ではなく、純粋な痛みの声だった。着地した俺に、ミアの声が届いた。

「悠真さん、どいてください」振り返ると、ミアの両手が赤く燃えていた。普通の火球ではない。練り込んだ魔力が球体の周囲を歪めている。熱が顔に届いてくる。

「《インフェルノ・バースト》」火球が古竜の胸部に直撃した。爆発。炎が洞窟を満たす。古竜が仰け反る。その瞬間、上から矢が来た。リリアが天井の岩棚に移動していた。貫通矢が古竜の左目を狙う。直撃はしなかったが、頭部を大きく振らせた。そして、地を這う足音。

「まだ死んでねえぞ……!」ガルドが立っていた。鎧が割れ、額から血が流れている。それでも斧を手放していない。低い姿勢で踏み込み、古竜の後ろ足の腱めがけて刃を叩き込む。古竜が傾いた。今だ。

「龍殺しの構え」スキルが発動した瞬間、剣が変わった。重くなったわけではない。ただ、手の中で剣が「意志を持った」ような感覚があった。体が沈む。重心が落ちる。世界が、一瞬だけ静止したように見えた。

 古竜の首の付け根が、視界の中心に入った。鱗が薄い。頸椎が通っている。踏み込んだ。

全力の、一撃。

 剣が鱗を割り、肉を裂き、深く食い込んだ。腕が痺れる。刃が止まらない。止まらないまま、押し切った。古竜の咆哮が、止まった。金色の目から、光が消えた。巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。洞窟が揺れる。天井から岩が落ちる。粉塵が白く舞い上がり、俺たちを包んだ。


【大ボス討伐:古竜ヴォルガン

【経験値大量獲得:レベル +8】

【称号獲得:古竜殺し】

【新スキル解禁:龍滅の一太刀】

  (龍種に対し、会心率 +100% 一撃必殺判定あり)


 しばらく、誰も動かなかった。粉塵が落ち着いてきた頃、ガルドが笑い出した。壁に背を預けたまま、腹を抱えて笑っている。額の傷から血が出ているのに、それが気にならないらしかった。

「やったぞ……! やりやがったぞ、俺たち……!」

 ミアが座り込んでいた。膝を抱えて、声を殺して泣いている。肩が小刻みに震えていた。

「ミア」顔を上げると、目が真っ赤だった。

「怖かった」と彼女は言った。「めちゃくちゃ怖かったです。でも、みんないるから、頑張れた」

 俺は何も言わなかった。ただ頭に手を置いた。ミアはしばらくそのままでいた。気配がした。振り向くと、リリアが立っていた。何も言わず、俺の右肩をとんと叩いた。痛みは感じなかった。それだけだった。それで十分だった。


 巣窟の奥に、宝物庫があった。金貨は二百枚どころではなかった。魔法武具が並び、古い巻物が積まれ、竜が長年かけて集めたものが無秩序に堆積していた。報酬として金貨と一振りの剣を受け取った。剣は持っただけで魔力の流れを感じる。


 帰り道、俺は少し立ち止まって考えた。元の世界に戻る方法を、俺はまだ知らない。あるのかどうかもわからない。でも今この瞬間、それを調べたいという気持ちが、正直なところ湧いてこなかった。深夜の交差点で「もう限界だ」と声に出した俺は、もうどこにもいない。

 ここが、始まりだ。そう思った。


 洞窟を出ると、朝日が差し込んでいた。木々の間から光が射し、森が金色に染まっている。鳥の声がした。昨日まであんなに静かだった森が、もう息を吹き返していた。隣でリリアが目を細めた。朝日を見ている横顔に、珍しく険がない。

「これからも、一緒に戦う?」

「もちろん」俺は言った。「次はどんな魔獣だ?」

 リリアが少し考えて、答えた。

「北の山脈に、ゴーレムの軍団がいるらしい」

 ガルドが即座に言った。「叩き潰すだけだな」

「私の火の魔法、石には効くのかな……」ミアが首を傾げた。

「効かない」リリアが即答する。

「そっかあ」

 笑い声が森に溶けた。四人で、朝の光の中を歩き出した。


—終わり—


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