再会は凍った世界
避難区域は、静かすぎた。
人の気配はあるのに、誰もが沈んでいる。
家族の顔も同じだった。
母も薙も、私を一切責めなかった。
「親は子を守るもの。蒼星が無事でよかった」
そう言ってくれた。
それから母はずっと黙ったまま。
薙も壁にもたれて、視線を落としている。
私のせいで父は命を落とした。
その事実は変わらない。
(……重い)
蒼星はそっと立ち上がった。
「ちょっと外、行ってくる」
「……あんまり遠く行くなよ」
薙の声は弱い。
「うん」
それだけ返して、外へ出る。
結界の外側は冷たい空気だった。
でも不思議と、その冷たさの方が落ち着く。
夜が近い空。
月が浮かんでいた。
(十六夜……)
何も起きないはずの夜。
なのに、こんなに怖い。
蒼星は空を見上げたまま、立ち止まる。
(お父さん……)
胸が締め付けられる。
(私が……もっと早く動けてたら)
その時だった。
「……あ」
声。
すぐ後ろ。
蒼星はびくっとして振り返る。
そこにいたのは——
あの“氷の青年”だった。
以前、戦闘の現場で一度だけ見かけた人。
白い息を吐きながら、こちらを見ている。
「……お前」
短い声。
蒼星は一瞬固まる。
(この人……)
「あの時の……」
言葉が途切れる。
青年は少しだけ目を細めた。
「また会ったな」
それだけ言う。
(名前……まだ知らない)
蒼星は少し迷ってから口を開く。
「……あの」
「あなたの名前、まだ聞いてなくて」
青年は一瞬だけ黙る。
風が吹く。
氷のような空気が、少しだけ揺れる。
「白峰零」
(れい……)
その名前が、静かに落ちる。
「……私は」
「神代蒼星」
「蒼星いい名前だな」
零はさらっと褒めてくれた。
父がつけてくれた名前。
褒められたのも嬉しかった。
でも同時に虚しさが込み上げてくる。
声を出さずに泣き出す私を零は黙って背中をさすってくれた。
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少しの沈黙。
月だけが空に浮かんでいる。
蒼星は視線を落とした。
「……家族、みんな落ち込んでてさ」
ぽつりと漏れる。
「私も……ちょっとだけ外の空気吸いたくて」
零は何も言わず、ただ隣にいてくれる。
それが逆に、ちょうどよかった。
蒼星は続ける。
「お父さんが……私を庇って」
声が詰まる。
「死んだの」
言葉にした瞬間、胸が痛む。
(まだ慣れない)
「私、動けなかった」
「怖くて」
「何もできなくて……」
指先が震える。
「だから、私が弱いとまた誰かが……」
そこまで言ったところで、言葉が止まる。
零は黙って聞いていた。
途中で遮らない。
否定もしない。
ただ、そこにいる。
(この沈黙は……)
責める沈黙じゃない。
逃げる沈黙でもない。
ちゃんと聞いている沈黙だった。
少しして、零が口を開く。
「怖いのは普通だ」
短い。
でも重い言葉。
蒼星は顔を上げる。
「でも、お前は逃げなかった」
(え……)
零は空を見たまま続ける。
「動けなかったって言ってたけど」
「最後は動いてたんだろ」
(……)
蒼星は何も言えない。
「それでいい」
静かに言う。
「全部完璧にやる必要はない」
風が吹く。
月が少しだけ明るく見える。
零は少しだけ間を置いてから続けた。
「一人で背負うな」
その言葉が、まっすぐ落ちる。
蒼星は息を飲む。
「もしまた動けなくなったら」
「その時は俺がやる」
(……)
「だから勝手に全部決めるな」
少しだけぶっきらぼうな言い方。
でも、それが逆に優しかった。
蒼星は小さく息を吐く。
「……変な人」
ぽつりと。
零は一瞬だけ目を細める。
「よく言われる」
少しだけ空気がゆるむ。
蒼星は、ほんの少しだけ笑った。
(この人……)
(不器用すぎる)
でもその不器用さが、今はありがたかった。
蒼星はもう一度、月を見る。
(まだ怖い)
(でも)
(少しだけ……)
心が軽くなる。
「……ありがとう」
小さくそう言う。
零は照れくさそうに、
ただ、ほんの少しだけ頷いた。
その夜。
月は静かに、空に浮かんでいた。




