第52話、昔会ったその人に……
よくよく考えるまでもなく、一人旅というのは危険の度合いが高まる。
何をするにしろ、すべて自分ひとりで何とかしなくてはならない。助けが必要な事態になっても、一人ということは頼れる人がいないということだから、そうなってはおしまいなのだ。
アクアは聖女の力を継承した。これから水の聖女として色々お勤めなりあるのだろう。……よくは知らないが。
ただマーメイドにとっても重要人物になった彼女である。故郷に帰る前に、魔獣や盗賊などに襲われて命を落とすなんてことがあったら非常に寝覚めが悪くなるわけだ。
彼女から護衛を頼まれ、俺はそれを了承した。ここで後腐れなく分かれて、あとで事故がありましたという話は聞きたくないし、俺自身が後悔したくないから。
「改めて、護衛を引き受けてくださり、ありがとうございます」
アクアは、馬車の荷台に揺られながら頭を下げてきた。いえいえ……。俺は彼女の向かいに座り手を振る。
俺たちが乗っているのは冒険者ギルドの連絡馬車だ。ギルドのある町の間で行き来し、手紙や荷物の輸送を行う連絡馬車だが、冒険者だと荷物のついでに乗せてもらうことができる。たまに護衛役として随伴することもあるが、今回は普通に荷物と同伴だな。
行き先が近いところを通ったり、所属する町などから遠出する場合、案外このついでが馬鹿にならないのである。
「どこまで行くんだっけ? 海まで行くんだろう?」
「カミバルまで徒歩ですね。そこから先は、海の中ですよ」
うふふ、とアクアは笑った。ひょっとして俺、海の中まで護衛としてついていくパターンだったり?
カミバルといえば港湾都市で、そこからは彼女の言うとおり海だ。ここからだとだいぶ移動することになるな。
馬車は平原の上の街道を走る。風は強めだが、太陽の日差しが差し込み晴れに近い曇り空。荷物と一緒に揺られながら、俺たちはのんびりお喋り。
「冒険者ウィロビーの伝説ですか……」
「そう、俺の旅の目的が、昔の俺にまつわる話の収集なんだよ」
いわゆる記憶探し。自分の過去を探している。
「最近のじゃないのですが、いいですか?」
「……どうぞ」
どれくらい前かにもよるけど、これは同姓同名の別のウィロビーさんの可能性が高いかな。でもまあ、どうせ馬車旅は退屈だ。話題があるならつっつかないのはもったいない。俺に直接関係があろうかなかろうがね。
「もう結構前なんですが、サハギン族がマーメイドの町を攻めてきました」
「おや、何だか最近聞いた話のような――」
マナンティアルではなかった都市遺跡。マーメイドの古代都市で、俺が的外れな推測をした時に、アクアがサハギン絡みの話をしたと思ったが。
「ええ、サハギンは海の暴れ者。他の種族と争うことなんて珍しくありません。何年か、何十年に数回ぶつかるような感じで」
陸で言えば山賊みたいな厄介者だな。サハギンは好戦的だとは聞いているが、はた迷惑な話である。
「その時はちょうど戦士たちが出払っている時だったので、ドームポリス――海中都市に入られるほどの危機的状況だったのですが……」
ちら、とアクアは俺を上目遣いで見た。
「地上から冒険者が来ていたんですよ。『流星』という冒険者パーティーが。そのリーダーの人が、ウィロビーという名前だったんです」
ほう……、それは。ウィロビー、そして冒険者パーティー『流星』。パーティーの話は実はちらほらあったけど、その名前は初めて聞いた。
「それで、どうなった?」
「ウィロビーさんと冒険者パーティーの人たちは、マーメイドを守るためにサハギンと戦ってくれたんですよ」
「へえ、強かった?」
「とても」
アクアはどこか誇らしげな顔になった。
「強い人たちでした。特にウィロビーさんが一番でした。動くに動けない子供たちを庇って奮戦したところは、もう語り草です」
よく聞くウィロビー話につきものの強い冒険者だったというやつだ。アクアはやはり俺を見つめる。
「その時の子供の中に、わたしはいました」
え、そうなの? じゃあ、思ったより最近? 俺の記憶のないウィロビーさんだったりする?
「こういうと迷惑かもしれないですけど、その時の人、ウィロビーさんにとてもよく似ていますよ」
もしかして当たりだった……?
「冒険者ギルドであなたを見かけた時、声をかけたのも、もしかして『流星』のウィロビーさんじゃないかって思ったからなんですよ」
あー、そういえば。
「初めて会った時もそう言っていたな」
思い出した思い出した。なるほどね……。アクアの子供の頃ということなら、もしかしたら記憶にないだけで、俺本人だった可能性もあったりするかもな……。
「ちなみに、ウィロビーと『流星』だっけ、それは何をしにマーメイドの町へ?」
「人魚の涙を求めて」
人魚の、涙……? それって――まさか人魚が泣いた時に流す涙とか……?
「宝玉なんですけどね。人魚の伝説にあるものなんですけど――」
あ、宝玉か。よかった……。本物の涙だったら、犯罪みたいじゃないかと心配しちゃったぜ。早とちりはいけないな。
「それで、その人魚の涙は手に入れられたのかな?」
「さあ、どうでしょう。わたしもその辺り覚えていないんですよね……」
アクアは視線をさまよわせて考える。
「特に揉めたこともなかったようですけど、どうなったんだろう……」
「気になるなぁ」
「あ、じゃあウィロビーさんも、わたしの故郷まで来ます? 話を聞いてみれば知っている人、いると思いますし」
「そうだなぁ。俄然、興味が湧いてきた」
彼女の言う通りなら、流星とやらのウィロビーを知っているマーメイドがいるのは間違いない。子供だったというアクアと違い、すでに成人している人とか。その人が俺を見たら……俺の欠けた記憶の正体を知る手がかりになるかもしれない。
流星のウィロビーは、かつての俺か、そうでないか、はっきりする。




