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第49話、水の聖女と継承


「この方が、水の聖女……」


 アクアはその女性を見て、感嘆の吐息をついた。

 ガラスの棺のようなものに入れられた若い女性――アクアから聞いた昔話がどれくらい前かわからないが、その年月を経てもなお若い姿を保っている。


「ちょっと信じられないな」


 俺が素直な感想を言えば、アクアは微かに首を横に振った。


「マーメイドは若い姿の時間が長いんです。だから他の種族から不老なんて言われることもありますが、実際はそんなこともないんですけど」

「なるほど」


 そう言われれば、どこかの地方で人魚の肉を食べると不老不死を得られるとか、そんな昔話だが伝説があったような気がする。本当かどうかは知らないが、アクアの口ぶりからすると、種族特徴を誤解して広まった話のように思えるな。


「で、君の見立てだと、この聖女様は生きているのか?」


 モデスト伯爵の依頼では、水の聖女様を連れて帰らねばならない。そのクエスト内容から考えれば、聖女様には生きていてもらいたいのだが……。人魚の伝説になるような人だと、普通に考えるともう……。


「この聖女は、もう魂はありません」


 それはつまり死んでいる、ということか。やれやれ、伯爵になんて説明すればいいのか。


「しかし、おかしな言い方をするんだな。魂って」

「ええ、体は保存されていますから、見た目は若々しく、まだ力を残しています」


 そこでアクアは振り返った。


「ウィロビーさん、あなたは水の聖女を連れ帰る依頼を受けてここまで来られたんですよね?」

「そうだ」


 改めて確認されると、何か気になるね。何が言いたい?


「確か、モデスト伯爵、でしたね。……その方は、何故、水の聖女を求めていらっしゃるかウィロビーさんはご存じですか?」


 ギルドのクエストじゃ、そこらの内容は書かれていないもんな。アクアが知らなくも無理もない。なにせプライベートな話だから、サポート役に雇ったとはいえ、依頼人の了解なく勝手に明かすものでもない。……ただクエスト達成に必要なら、話は別だけど。


「どうして、今それを聞いてきた?」


 アクアがマーメイドで、水の聖女のことを知っている人物なのはわかった。だが、そもそも彼女は何故、水の聖女を探していたのか。

 ここまでの言動を見るに信用できるとは思うが、目的が相容れないものであったなら……ここで争うなんてこともあるかもしれない。


「見ての通り、水の聖女は亡くなっています。どうしても遺体を運ぶというのであれば、別に止めはしませんが……内容によっては解決策を提示できるかもしれません」

「説明してくれるか?」

「わたしの質問に答えてくださるなら」


 アクアは強い意志を秘めた目を向けてきた。


「あなたのことは信頼しています、ウィロビーさん。ですが、わたしは依頼を出した伯爵のことを何も知らないので、信用できないわけです」


 あー、なるほどね、それでモデスト伯爵が水の聖女を連れて来てほしいという理由を知りたがったわけか。……いいだろう。クエスト遂行に関わる重要な話と判断する。


「プライベートな話だ。水の聖女の力で、伯爵の家族にかけられた呪いを解いてほしいという」


 何でも水の聖女様は、あらゆる呪いを解除する力を持っているらしいから。どこまで本当の話かは俺は知らないが。


「その依頼内容だと、聖女が生きていないと意味がないのでは?」

「そうなるな。伯爵には死んでいる可能性もあるとは伝えてはあるが、それならそれで証明するものが欲しいとも言っていた」

「なるほど、そういう理由だったのですね……」


 アクアは遠くへ視線を向けて、考える顔になる。そろそろ話してくれない? ここで意味深な質問をしてきた理由を。


「もう一つ。ウィロビーさんから見て、伯爵は信用できそうでしたか?」


 いやに拘るね。付き合いなんて、娘を助けたお礼と依頼された時の一回だけだしな……。


「悪い感じはしなかった。家族のことを大切にしている人であるのは間違いない」


 俺に呪いの件を明かしたわけだし。普通、こういう弱みにもなりそうなことを他人に明かすのは滅多にないことだ。俺がゴールドランクの冒険者だから、嘘をつけないと考えてのそれかもしれないけど。


「わかりました。じゃあ、ウィロビーさんを信じて、協力させてもらいます」


 アクアは言った。


「話通りであれば、伯爵は家族の呪いさえ解ければ、別に水の聖女でなくてもよさそうなんですよね」

「そうだな。依頼の真の意図を考えれば、目的は呪いの解除だから、それが果たされるなら聖女である必要はない」


 で……?


「これから水の聖女から、その力をわたしが継承します。つまり、わたしが新しい水の聖女になるということです」


 え、アクアさん……? 水の聖女になるって、ええ……?


「どういうこと」

「わたしは、聖女候補なんですよ」


 アクアは告げる。


「聖女が行方不明になった影響で、力の継承ができず、ずっと水の聖女は不在だったわけです。わたしはマーメイドの中で、そういう継承者の一族の生まれで……つまり水の聖女を見つけて、その力を継承するためにここに来たんです」


 ここまでありがとうございました、とアクアは笑みを浮かべた。


「もう少し手伝っていただければ、わたしもお礼にウィロビーさんのお力になろうと思っています。……どうでしょうか?」



  ・  ・  ・



 アクアの言うことが本当ならば、拒否する理由はなかった。モデスト伯爵が子供たちの呪い解除という目的が果たされるのであれば、彼女を拒んで水の聖女の遺体を運ぶなんてことをしなくて済むわけだ。

 言い訳を考えるのも面倒というのは否定しない。


 アクアは水の聖女から継承の儀式を行った。部外者の俺がマーメイドの儀式に付き添っていいのかと確認したら、周囲の警戒も兼ねて、と言われたのでその言葉に甘えた。


 とても、キラキラしていて神秘的ではあった。若い体が……いや、その辺りは言わぬが花であろう。

 ともあれ、光が収まった時、アクアの髪色が少し水色に変わった。すぐに元に戻ったが、彼女曰く、聖女の力は継承できたという。


「ありがとうございます、ウィロビーさん。ようやく失われた水の聖女が戻ってきました」


 これでアクアが新しい水の聖女ということだな。おめでとう。そして。


「後は町に戻って、伯爵の悩みを解決したら終わりだな」

「はい! ここまで力をお貸しくださったウィロビーさんに恩返ししますね」


 お、おう、ありがとう。本当、いい子だなぁアクアは。

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