第12話、思い出は宝物
屋敷の地下室に戻るまで、ゴブリンと接敵することはなかった。穴をつたって、地下室に。
緊張の一瞬。ゴブリンは……いませんでした。
狡猾な奴等のことだから、待ち伏せしているかもと身構えたけど、この様子だと屋敷にいたゴブリンは間違いなく全滅していたのかもしれないな。
少女は鼻をつまんだ。
「うわ、何この臭い……」
「ゴブリンの生活臭というやつだ」
臭いよなぁ。俺も半ばうんざりしつつ、階段を登り、頭だけ出してぐるりと観察。敵影なし。
屋敷に足を踏み入れ、荒らされた室内を抜けて、中庭に出る。外はすっかり午後の空模様。夕焼けも、それほど時間はかからない。
一食分、飛ばしたな。携帯食を食ったからいいんだけど。
「それにしても、何だってウィロビーの屋敷なんて言われていたのかなぁ」
俺は改めて建物を見上げる。
感覚的に、まったく何も感じない。ビジョンを見ることもなければ、懐かしさを感じることもない。
ウィロビーはウィロビーでも、俺とは縁もゆかりもない場所だったのか。それとも単に俺が思い出せないだけか?
「そういえば、何か庭に埋めているとか言ってなかったっけ?」
「そうだった!」
少女は中庭の一角へと駆ける。俺は念のため、ゴブリンが隠れていないか、中庭から建物を見回す。俺たち以外いないのか、とても静かだった。
よいしょ、と彼女は四角にカットされた石を持ち上げる。その下には小箱があった。
「これが目的のものか?」
お宝かな? 昔ここに住んでいた家族の娘さんと埋めたのかな?
蓋を開けた彼女は、中身を眺める。……うん? これは――
「石!」
少女はニシシと笑った。
「あの子と綺麗な石を見つけて、集めていたんだ」
思い出の品。少女を見ていると、そんな風に感じた。
「何で庭に隠していたんだ?」
子供って親に秘密のして遊ぶの、好きそうではあるけど。
「大人にとっては、ただの石なんだ。こんなものを飾っておくなって、怒られたんだって。だから箱に入れて、隠していた」
「そっか」
そういうものかもしれないな。
「ボクたちにとっては、ただの石じゃないんだ。キラキラして、綺麗で、とっても素敵なの!」
子供にとって、それは綺麗な石だった。それが、宝石的、鉱物的価値がなくて、お金にもならなくても、自分たちで見つけて、そこに価値を見いだした。
大人になったら、やっぱりただの石だったってわかるんだけど、その時の純粋な気持ちって……いいものだと俺は思う。眩しいなぁ。
彼女はこの屋敷に寄って、もしかしたら友人が戻っていないかの確認と、思い出の品の回収という目的を果たした。
とんだ付き添いだったけど、無事に帰ることができそうでよかった。俺の探しているウィロビーの記憶はなかったけど、そういうこともあるよな。のんびりやろう。時間はいくらでもあるんだから。
ラットンが曳く荷車に乗って、屋敷を離れて、森を出る。そこから街道に合流し、俺は彼女の村へと辿り着いた。夕日がかなり傾いていたけどね。
少女は、明日用の水の補充を完了。聞けば一日二回。村と泉を往復しているらしい。夜明け前と、午後に一回。それを毎日とは、中々大変だとな。
その日は、彼女の祖母のお許しを得て、一泊。ゴブリンから孫娘を救った件で、大変感謝された。いえいえ、仕事ですんで……。
・ ・ ・
翌朝、早朝の水汲みにいく少女に、俺は同行した。
「昨日の今日だからな」
大丈夫だとは思うが、街道にゴブリンが出ていたら大変だ。
「お兄さん、心配し過ぎだよ」
少女は笑ったが。
「でも居てくれると頼もしいよ」
と、本音を覗かせた。少々眠かったが、冒険者をやっていると不規則パターンはよくある話。勝手に護衛として付き添い、ついでにフランバの泉を拝見。
まさしく清流。森の中にあって、神聖な空気に身が引き締まる。朝日が昇る中、まだ若干空気が冷えていたのも影響しているかもしれない。
そこから村へ往復。道中、ゴブリンと遭遇することはなかった。何事もなくてよし!
ということで、少女と別れる。お仕事頑張ってな。
「お兄さんこそ、気をつけて。色々ありがとう!」
元気っ娘の満面の笑みに、大きく癒やされ、俺は一人旅に戻る。……前に、村長宅を訪問。
突然、冒険者がやってきて、ビックリしたようだった。俺は昨日の件を報告した。
「――ということで、少し離れてはいるが、街道近くの森にゴブリンの小集団がいた。とりあえず片付けたけど、地下に大きな空洞があって、もしかしたらまだ、それなりの数がいるかもしれない」
いないかもしれないけどね。ただ全滅させたとは断言できないから、数はわからないが残っていると見た方がいい。
「冒険者ギルドに報告を入れて、調べるよう頼んでは見る。もしかしたら、調査の冒険者がこちらに立ち寄るかもしれないけど、その時は面倒をみてやってくれると助かる」
この村、宿がないからね。
「もし村人からゴブリンの目撃の報告があったら注意してくれ。襲撃のための偵察かもしれない。その時は冒険者ギルドに即通報したほうがいい」
「わかりました」
「何もないことを祈ってるよ」
「ええ、まったくです。冒険者さんも気をつけて」
「ありがとう」
村長に知らされたので、目撃の通報があればすぐに対応できるだろう。初回の報告は様子見とか言って行動が遅くなりがちだけど、二度目となると危ないのでは、という心理が働く。
万が一に備えることは大事だからな。
警告を終えて、ようやく俺は村を出る。街道に沿っていけば、次にあるのはベリエの町。ここは冒険者ギルドがあるから、最寄りはここだな。
心なしか風が強い。俺は一人、街道を黙々と歩き続けた。
遠くで草食動物を見かけたり、林の周りを走り回っている戦士――おそらく冒険者を二人見かけたが、それ以外に特に興味を引かれるようなものはなかった。一日かけて俺は城壁に囲まれた町、ベリエに到着した。
第一町人は、門番だった。
「冒険者か?」
すっ、と冒険者票を見せる。
「ゴ、ゴールドランク! ど、どうぞ。ようこそ、ベリエの町へ!」
「どうもありがとう」
上級ランクの冒険者は一目置かれるんだ。これがある限り、俺は記憶がすっ飛んでいようとも、ウィロビーという名前で、冒険者だったのはわかるわけだ。
さてさて、まずは冒険者ギルドへ行くか。




