第11話、帰るまでは、終わっていない
「おっ、目を覚ましたか?」
俺が覗き込むと、少女は目を細めて、身を起こした。
「うーん、ここ、は……?」
「どこかの空洞の中だ。正確にどこなのか、俺にもわからない」
素直に答える。高い天井、その上の地上がどうなっているのか、まったく想像できない。森か? それとも草原か?
「あれ、冒険者のお兄さん!」
「おう」
意識がはっきりしてきたようだ。後頭部をさすっているのは、運んでゴブリンが逃げた時に落とされたからか。子供くらいの大きさのゴブリンといえど、無防備に落とされたら、高さがさほどなくても危ないもんな。
「痛むか?」
「少し……。ボク、ゴブリンに出くわして――」
「そう、地下に運ばれて、ここまで連れてこられた」
「そうだ、ゴブリンは!?」
「目につく範囲の奴は、倒したよ」
「お兄さんが!?」
「冒険者だからな」
ゴブリンは、人間にとっては害獣だからな。見かけたら討伐するものだ。放置するとすぐ増えるし、あいつらの残虐性を考えると妥当なところだ。
「そうじゃなくて! 見ず知らずのボクを助けに、この……よくわからないところまで来てくれたの?」
少女は驚く。……どこかおかしいか?
「俺、君に護衛として雇われたんだぜ?」
「! で、でも、それって口約束だし、そもそも報酬もないよ?」
少女はブンブンと手を振った。
「ボクのことを放っておいても、お兄さんには何も問題はなかったはずだよ!? もちろん、助けてくれたのは、感謝しているけれども」
ちょっと恥ずかしそうに少女は言った。感謝を口にできるのは偉い。
「こういうのは俺の性分なんだろうな。乗せてもらえるだけで報酬が発生していたから、恩を返さず見殺しは、寝覚めが悪いからね」
「それで命が危なくなっても?」
「眠る時に、悶々とするのって、結構しんどいんだぜ?」
人生は色々後悔しながら生きていくものだけど、そういうのは少ないにこしたことはない。それでなくても、くる時はくるからな。それが生きているってことなんだが。
「動けそうか? あまりのんびりしていると、今日中に家に帰れないかもしれないぞ」
「……今日帰れないのは、よくないね」
少女は立ち上がった。
「お婆ちゃんが心配しちゃうし、水運びの途中だった!」
仕事の途中だもんね。俺は知らないが、汲んだ水を待っている人がいるだろう。もちろん、家族もな。
問題なさそうなので、歩いて帰る。最悪、歩けなかったら俺がおぶってやるつもりだったけど、自力で歩けるなら、面倒が起きても対応できる。
「出てこないとは思いたいが、ゴブリンがいると面倒だからな」
ゴブリン以外にもモンスターとか。いざ現れたら戦えるのは俺だけだからな。
「お兄さん、道はわかる?」
「元来た道を引き返すだけならな。冒険者というのは、ダンジョンで迷子にならないように地図を描くんだ。今回みたいなシンプルなのは、頭の中でもちゃんと記憶してる」
「へぇ……。さすが冒険者なんだね」
感心する少女。広々とした空洞内を歩く。光るクリスタルに興味津々のようだ。
「ここもタンジョンなの?」
「どうかな? 天然の洞窟かもしれないし、もしかしたらダンジョンかもしれない」
最悪なのはゴブリンの巣があることだけど、たぶん、いやあるんだろうなぁ。まだそこまで大きくないんだろうけど。……これは彼女を送り届けたら、ギルドに報告して駆除案件だな。
ウィロビーの屋敷の地下室と繋がっていて、そこを拠点に使っていたりしたから、大規模なコミュニティーを作る前に潰しておかないと、いずれ被害が出る。
「はー……」
空洞内の滝を見て、少女がポカンとする。こういうの、初めてなのかもしれない。ここから壁に沿って山道を登るみたいに上へ行くわけだけど。
「これ、食っとけ。携帯食」
「いいの?」
「味は保証できないが、まだしばらく歩くからな。屋敷に戻っても、君の村まで遠いでしょ」
街道に戻って、どれくらいで村に着くか知らんけど。固めたバー状の携帯食を不思議そうに見ていた少女は、かぶりつく。
「思ったより固いし、何というか味が濃いね……。これ何?」
「なんだろうね。冒険者ギルドが、販売しているやつだけど、色々混ざっているっぽい」
沸かした水に入れると、スープにもなるって代物なんだけど、そのままだと味が独特なのもそのせいなんだと思う。野菜とか肉とか、何かわからなくなるまでペースト状にして、それを固めたらしい……というくらいしか知らない。
「わからないの?」
「何でも冒険者ギルドの特許の品らしくて、製法を含めて公開されていないんだ。だから舌で素材がわかるような奴でもない限りは、わからないんじゃないかな。……あまり美味しくだろ」
「うん、一個で充分って感じ」
少女は正直だった。俺も笑う。
「腹持ちがいいから、一個で一食分くらいの満腹感があるんだと。……ちなみに、それわざと美味しくしていないらしいんだ。何故だかわかるか?」
「わかんない」
ブンブンと首を横に振る少女。
「美味しくできるなら、美味しくすればいいのに……」
「それをすると、携帯食ってのを忘れて、一気に食べちゃう間抜けが出るんだそうだ。さっきも言ったけど、一つでお腹いっぱいに感じられるものを一度にたくさん食べたら、その後が大変だからな」
それに携帯食はちまちま食べるもので、保存も考えないといけない。おいしいからとストレスからの逃避で気づいたらつまんでいた、ということも昔はあったらしい。
「へぇ、よく考えられているんだねぇ」
感心しきりの少女である。……とりあえず、だいぶ落ち着いているようだ。
ゴブリンに襲われて、ショックもあるとは思うが、少なくとも冒険者がいて護衛されているから、余裕が出てきたようだ。
滝のそばまで登り切って、川に沿っていくだけだが、かなり暗い。携帯式ランプ、魔力を注いで明かりをつける。
少女は……大丈夫。落ち着いてる。暗がりで怖がるんじゃないかと心配したけど、ランプのおかげで、問題なさそうだ。
「ねえ、お兄さん。あのお屋敷に戻るんだよね?」
「そうだな。この洞窟、屋敷の地下室に通じている穴がある。そこを通れば、外に出られるさ」
「ゴブリンいない?」
「あの時屋敷にいた奴らは全滅させた。あの時いなかったのがいたら……まあ、その時は俺が始末するよ」
冒険者だからな。俺は安心させる意味でニッコリした。
元来た道は、ここまでゴブリンが出てくることはなかったけど、外は果たしてどうなっているかなぁ……。




