第55話
1泊2日の短い旅行に出かけた俺たちは、自然に囲まれた温泉地へとやってきていた。
「てかさ、温泉旅行って普通冬じゃね?」
今更ながらの発言をする翔は、お土産を見ていた咲夜にそう言いつつ、道中で購入した温泉まんじゅうを頬張っている。
咲夜 「しっかり満喫しながら何言ってんの・・・。いいじゃん、若干標高ある高原地だから涼しいし、避暑にはもってこいだよ。」
桐谷 「まぁ確かに涼しいな・・・。というか何でここにしたんだ?」
咲夜 「・・・海に近い所だと日陰がないから暑いだけだし、海水浴に来てる一般客に声をかけられたくないから論外。山だと涼しいし田舎よりだと若者が少なくて人目につかないし、貸し切りに出来る分家の旅館が都合よくあったから。」
「え!?さっきチェックインした旅館貸し切りなの!?」
俺が驚いて聞き返すと、咲夜は尚も飄々とした表情でお土産の簪をつまんだ。
「そうだよ。いちいちそんなこと報告したらお前ら気ぃ遣うし黙ってた。」
桐谷 「・・・貸し切りって宿泊費どうなんだ?」
「もちろんいらないよ。ご厚意で貸し切りにしてくれたしね。分家は高津家に恩がある人達ばっかりだから、融通利かせてくれるんだよ。」
説明されても一向に納得は出来ない。
翔もさすがにもぐもぐ動かしてた口を閉じて、ゴクリと飲みこんでから言った。
「なんかさぁ・・・別荘借りてプールで遊ばしてもらったりもしたしさぁ・・・。友達が太いっていいよなぁ。」
咲夜 「そうそう、それくらいに思って甘えてくれてたらいいんだよ。わかった?」
咲夜は手元で簪をくるっと回して、渋い顔をする俺を窘めるように見た。
桐谷 「咲夜それ彼女に買うのか?」
「・・・ん~いいや、小夜香ちゃん簪はそれなりに持ってるからね。・・・ところで・・・」
タダで泊ることに気が引けて、何と説得しようか考えあぐねていると、咲夜は簪をそっと元の位置に置いて、店内をぐるりと見渡し、腰に手を当てた。
「西田と桐谷はさ、なんか俺と翔に話したい事でもあんの?」
そう問われた俺と桐谷、もちろん翔も一瞬ポカンと咲夜を見返した。
「・・・咲夜はさぁ・・・時々そういう勘が鋭く働く能力でもあんの・・・?」
翔 「え、二人ともなんかあったの?・・・え!もしかして二人正式に付き合い始めたとか!?」
桐谷 「・・・ぶちころ「桐谷ぁ暴言まで吐かなくてもいいだろ~?ちょっとそういう関係であったのは事実なんだからさ~。」
後ろから桐谷の肩をがしっと掴んで被せるように言うと、翔はな~んだ、とでも言いたげな顔をした。
咲夜 「それで?」
また土産が並ぶ棚を物色しながら咲夜再度聞き返した。
俺は桐谷の顔をチラっと見て、ジロっと睨み返す彼に苦笑いを返した。
「・・・俺はぁ・・・佐伯さんに告白して、付き合うことになりました。」
翔 「ふぇ!!!マジ!?」
「マジだよ。・・・はい、桐谷どうぞ。」
ニヤニヤ笑みを向ける咲夜の腕をバシっとはたいておく。
桐谷 「・・・俺も彼女出来た。」
桐谷が特にいつもと変わらず報告すると、翔はもちろんのこと、咲夜さえも表情を凍らせた。
まぁそうだよな・・・。
桐谷 「色々翔が聞くだろうから先に説明しとく。知り合ったきっかけはうちの花屋にたまたま来店したから。俺より4つ年上の服飾デザイナーの卵で会社員。写真を見せろとか言われても用意してないから見た目の説明をすると、ロングヘアで細身、一般的に見て美人だと思う。西田が先に知ってたのは、こないだ悪天候の時俺んちに来て、たまたまポロっと話をしたから。以上。」
「へぇ、詳細な情報は俺も聞いてなかったから新鮮だわ。美人なんだぁ?」
小さくため息をつく桐谷を、翔と咲夜は目配せして黙っていた。
翔 「ほえ~・・・。桐谷はその人のこと、なんて呼んでんの?」
桐谷 「・・・っち・・・まだそういう質問があったか・・・。」
「そこイラつくとこか?」
咲夜 「ふふ・・・・」
桐谷 「・・・名前で呼んでる。」
翔 「名前なに~?」
尚も子供のように甘えて尋ねる翔に、照れてるのか桐谷はふいっと顔を逸らせて呟く。
「菫・・・」
翔 「へぇ~!なんかお花の名前って上品!」
それを聞いた途端隣に立っていた咲夜から、少しピリついた空気を感じてチラリと見た。
咲夜 「・・・桐谷その人苗字は?」
「あ?・・・藤川だけど・・・」
咲夜 「そう・・・。」
妙な確認を終えると、咲夜は気を取り直したように笑顔を作って、それぞれ彼女にいい土産を選ぼうと話題を逸らせた。
咲夜 「他の店も回る?」
「そうだな・・・。翔は食い物をいっぱい買おうとしてるな・・・」
旅館から少し歩いた秘湯を目当てに外に出たけど、雑貨も食べ物も充実しているお土産屋さんで、思いのほか足を取られ、家族や友達の分まで土産を買い込む翔が、郵送手続きをしているのを、俺たち3人はパンフレットなどを見ながら待った。
翔 「お待たせ~。なぁなぁなぁ3人とも」
「ん?」
パタパタと走り寄る翔を見ると、何やらソワソワしながら小声で言った。
「行こうとしてる秘湯の話を店員さんに聞いたらさ・・・あそこ混浴ですよって・・・。」
それを聞いて咲夜と桐谷に視線を向けると、2人も少し困ったのか黙り込んだ。
咲夜 「そうなんだぁ・・・。」
翔 「冬だと山にいる猿も入りに来るって♪」
「はは・・・」
桐谷 「やめとくかぁ?」
咲夜 「ん~そうだね。全員彼女がいるにも関わらず、見ず知らずの女性客が一緒に入ってきたら気まずいし・・・。俺は何とも思ってない女性とお風呂くらいでどうとも思わないけど、そういう問題でもないしね。」
「確かになぁ」
残念だけど一同は秘湯を諦めて、賑わっているお土産屋をもう少し回ることにした。
駅から近い所では、観光客用の商店街のようにあらゆる店が並んでいた。
外国人観光客もチラホラ見受けられたり、人力車を運転して走っている様子も見えた。
店に入って色々見て回っていると、咲夜と桐谷は真剣に彼女への土産を悩んでいるのか、黙ってあれこれ手にとっては吟味していた。
翔 「すっげぇ真剣な顔してんじゃん・・・。お土産って俺適当でいいと思うけどなぁ・・・」
翔が俺の隣でポツリとこぼし、ばら売りされている大きなサングラスをかけておどけて見せる。
「はは・・・。まぁあれじゃない?二人ともあれで、好きな相手に渡す物は外したくない!って思ってるのかもよ。」
「そっかぁ。俺は美羽のイメージに合うもんだって思ったらすぐ買っちゃったな~。」
「そうなんだ、何買ったの?」
「ピアス。最近開けたって言ってたからさ、可愛い和風のがあったから♪」
「へぇいいね。」
ピアスか・・・そういえばリサってピアス開いてたっけ・・・?
たまに耳飾りをつけているのは目に入っていたけど、それがピアスなのかイヤリングなのか尋ねたことはなかった。
そう思いつつボーっと桐谷と咲夜を店の入り口付近で眺めていると、時折会話している二人に、同じく観光客らしい女性客二人組に声をかけられていた。
「あ・・・」
咲夜が機嫌を損ねる前にフォローに入ろうと近くに寄る。
案の定連絡先を聞かれていたけど、二人とも真顔でふいっと顔を逸らして店の奥へと進んで行く。
出た・・・ガン無視・・・
「あ~あの・・・すいません、俺の友達なんですけど、あいつら彼女持ちなので。」
「え、お兄さんもめっちゃカッコイイんですけど!連絡先おし
まさかの飛び火に表情をひきつらせていると、後ろから翔がドン!っと背中に突っ込んできた。
「俺ら全員彼女一筋なんで!!ナンパお断り!!」
ワンワン吠えるように言い放って、翔は咲夜たちの方へ背中をグイグイ押していった。
「・・・良い番犬だなぁ・・・」
「だろぉ?あいつらどこ行ったよ!人が代わりに追い返してやったってのに!」
姿を消した二人を探しながらいると、アクセサリーが並ぶ棚で立ち止まっていた。
側に寄ると、咲夜は一つため息を落として口元に手を当てた。
咲夜 「ん~・・・ネックレスも指輪も、髪飾りもプレゼントしたことあるしなぁ・・・」
翔 「そなんだ。咲夜って彼女に貢ぐタイプ?」
咲夜 「まぁそうだね・・・。そういうのダメって怒られたことあるけど。」
「・・・咲夜って怒られるんだ・・・」
同じく何かを手に取ってまじまじと見る桐谷を伺うと、紫色の花が描かれた手帳を眺めていた。
「・・・彼女用?」
「ん・・・。」
パラパラとページを弾く桐谷の手元を見ると、表紙カバー以外のページも、綺麗な花が描かれている。
咲夜 「へぇ・・・いいじゃん。スミレの花だし、彼女にはピッタリだね?」
「あ、これスミレなのか・・・」
買う決心をしたのか、サンプルを置いて袋に入った手帳を取る桐谷は、若干俺と咲夜をジロリと睨んだ。
「スミレスミレ呼ぶな。」
そう吐き捨ててレジへ向かう桐谷の背中を見やりながら、俺も咲夜もニヤつきを堪えることは出来なかった。
翔 「・・・お前ら・・・そういう顔してるとイケメンが台無しだぞ?」
咲夜 「いやぁ・・・あの桐谷がね~~・・・。なんか感慨深いってのもあるし、新鮮だしからかい甲斐あるし・・・なんつーか・・・・面白過ぎるなぁ。」
本音が駄々洩れてる咲夜に、翔もケラケラ笑った。
やがて土産巡りを終えて、旅館に戻った一同は、歩き回って汗もかいたしってことで、何種類かある大きな温泉を堪能することにした。
各々浴衣を持って、ワクワクしながら脱衣所であれこれ騒ぎながら、貸し切りということもあって、周りを気にすることなく羽を伸ばし、どでかい大浴場を目の前に俺たちは圧倒された。
翔 「すっげ~~!テンション上がる!」
「露天だから若干涼しいのもいいなぁ。湯気で奥が見えないけど・・・」
ちょうど夕日が降りてきた露天風呂は、湯気の隙間からオレンジ色が見え隠れしつつ、岩々に囲まれた温泉を覗くと、澄んだ緑色のキラキラしたお湯だ。
桐谷 「確か・・・腰痛とか肩こりとか・・・色々効能書いてたよな。」
咲夜 「こういう温泉地が地元だったら良かったよねぇ・・・。テレビで見たけど、近くに温泉気軽に入れる地域に住んでる人はさ、仕事帰りに寄ったり出来るし、100円で入れるところもあるって言ってたよ。」
「へぇ!それは羨ましすぎる・・・」
翔は一足先にささっと体を洗って、早々に温泉に浸かり始める。
俺たちも硫黄の香りがする湯気を浴びながら、今日一日の汗を流して、泳ごうとする翔を止めながらゆっくり温泉に足を入れた。
「はぁ~~~・・・・・やっばぁ・・・・・言葉にならないわこれは・・・・」
普段浸かる風呂とは明らかに違う滑らかな湯が、ちょうどいい熱さで体に浸透していく。
桐谷も咲夜も、岩場にもたれて天を仰ぎながらため息をついた。
翔 「やばい・・・俺眠くなってきたかも・・・」
「はは・・・わかるけどまだ夕飯前だから頑張れ。」
染み入る温泉がこうも五臓六腑に効くもんなのかと、あらゆる疲労が抜けていくようだった。
「なんかさぁ・・・就活の準備とか・・・プライベートの色々とか・・・バイトとか・・・地味に疲れが溜まってたんだなぁって・・・思い知るかも。」
桐谷 「・・・若いからいけると思ってんもんな。」
咲夜 「確かに・・・。実際大学生って忙しいもんだなって、改めて思うね。んでもこういう休暇に、揃って慰安旅行みたいに出かけるのは悪くないね。」
翔 「咲夜は彼女のこと第一優先だし、やっとわかってくれたかぁ・・・」
咲夜 「ふふ・・・別に誰と行ってもいいんだよ。家族で行くのもいいしね。ただまぁ・・・こんなこと改まって言うのも変だけど・・・お前らは特別な友達だと思ってるから、これから先もこういう付き合いがあるといいなぁって思ってるよ。」
まったり気が抜けた温泉でこそ聞けた本音なのか、咲夜の言葉に何だかむず痒いような恥ずかしさを感じた。
翔 「ふぅん・・・咲夜意外とそういうこと思ってくれんだなぁ・・・。」
咲夜 「まぁね。・・・・住む世界が違うからなぁって思われて、結局疎遠になる友達ばっかりだったんだよ。そうはなりたくないよ。知ってると思うけど・・・俺は普通だからさ。」
そうこぼす咲夜が、人並み以上の苦労をして背負うものがあるとしても、気軽に接することを俺たちが止めてしまったら、それは彼が望んでいる友人関係ではなくなるんだろう。
俺たちはそれをわかっているから、こうして今も楽しく過ごせている。
翔 「つまり~~・・・俺たちの友情は永遠ってことでオッケー?」
あまり聞くことないようなセリフを、翔は口元を湯につけて隠れて言った。
俺たちはくつくつ笑いながらも、居心地のいい関係をつぐつぐありがたいと思っていた。




