第54話
残暑が厳しくとも、暦的には夏が終わろうとする頃、俺はリサとお付き合いすることになった。
それから時々、他愛ないメッセージをやり取りしたり、寝る前に通話したりする日が増えた。
絵に描いたような、付き合いたてのカップルがすることをベタにやっている。
そのうち10日ほどが過ぎて、予定していた4人での小旅行に出かける日がやってきた。
桐谷にはついこないだ会ったけど、咲夜と翔に会うのは少し間があったし、無事リサと付き合えたことを報告しないとなぁと思いつつ、集合場所の駅に到着するまでの間、時々ニヤけそうになるのを堪えていた。
1泊2日だし、出来るだけ荷物を少なめにした鞄を肩にかけ、人が空いた電車の座席に腰かけた。
車窓から途中の駅に着いたホームを眺めていると、遊園地が近くにあるからか、親子連れや年下の子供たちが多く乗り込んでくる。
近くに立つ高校生らしき子たちが、座れないことを残念そうにしていたので、二人掛けの所に一人で座っていたし、譲ろうと立ち上がった。
「座っていいよ。」
背を向けた少年の肩を叩くと、パッと振り返ったその子を見て思わず固まった。
「・・・円香くん・・・」
「せ・・・芹沢くん・・・え・・・偶然!」
驚いてポカンとしていると、一緒にいた友達らしき二人が、俺たちを交互に見て、彼の背中を押した。
「おい、譲ってくれたんだから芹沢も座れよ。」
「え・・・あ・・・・あ・・・りがとう・・・」
「ああ・・・うん。・・・・・えっと・・」
驚き過ぎて何から尋ねようかと思っていると、一緒に隣に座った彼の友達が口を開いた。
「え、芹沢が大好きっつってた例のお兄さん?」
「ちょ・・・!」
慌てた様子で発言した少年をバシバシはたく芹沢くんが、適当にあしらわれていて、側に立っていたもう一人の少年が言った。
「俺ら遊園地行くとこなんすよ。あそこの・・・」
電車の天井に吊るされた広告を指さす彼と、友達の余計な発言を抑えようとする芹沢くんが、小声で格闘していて、何だか彼らの様子が年相応に可愛く見えた。
「あぁ・・・そうなんだね。」
「・・・そんなに狼狽えなくていいっすよ。別にこいつ、振られたこと俺らに言ってるし、別に死ぬ程落ち込んでたわけでもないし。変わらず好きだって言ってましたけど、でもお兄さんの恋路を邪魔しようとは思ってないって言ってましたから。」
気を利かせて隣の彼が全て説明してくれて、座った芹沢くんも気まずそうに俺を上目遣いで見た。
何だかその表情が、可愛らしくも懐かしくて、自然と笑みが漏れる。
「そっか・・・。いい友達だね。」
「・・・うん・・・。」
「それにしても・・・偶然会うのすごいな・・・。そこまで久しぶりでもないけど、元気に夏休み満喫してるみたいで良かったよ。」
俺がそう言うと、芹沢くんは安心したような照れたような笑みを浮かべて頷いた。
「うん・・・。円香くんも・・・あ、そういえばお友達と旅行の予定があるって・・・今日はそれで?」
「まぁね。・・・あ・・・乗り換えだからもう降りるけど。じゃあ、楽しんでね。」
俺が荷物を持ち直すと、彼はふっと寂しそうな表情を見せたけど、また無理やり笑って手を振り返した。
一緒にいた友達もペコっと会釈してくれて、集合場所である駅のホームに降り立ったけど、あまりの偶然な出来事に何だかまだ不思議な気持ちでいた。
あの後俺がいなくなった車内での、彼らの会話が気になるけど・・・気心知れた友達と一緒なら、芹沢くんはきっとこれからも大丈夫だ。
あの日芹沢くんにリサの話を打ち明けてから、特に連絡は取っていなかった。
元々彼から一生懸命なメッセージをもらっていたから、気を遣ってかパタリと無くなった連絡に、内心少し心配していた。
けど俺が思っているより、芹沢くんは強い子なのかもしれない。
今後歳月が経って、また気軽に付き合える友達になれることを、どこか勝手に期待していた。
「あ!西田~~!」
「おう、お待たせ。」
余裕を持って着いたけど、意外にも俺以外の3人は既に改札前に揃っていた。
すると翔が飼い主を見つけた子犬のように、目を輝かせて言った。
「なぁなぁ!聞いて!さっきJK3人組にナンパされたんだよ俺ら!」
「ええ?ナンパぁ?そりゃあ災難だったね。」
「災難んん!?これだからイケメンは・・・可愛い女の子に声かけられるなんて嬉しいだろうが!」
「へぇ・・・今の発言椎名さんに報告しとくね?」
「はぁ!?やめろ!つーか別に美羽はそんなこと報告されても、『翔くんかわい~』で済ますわ!」
桐谷 「あしらわれ慣れてんな・・・」
咲夜 「ふふ・・・ほら、揃ったし行くよ。こっからローカル線に乗り換えだから、時間逃したらしばらく来ないしね。」
テキパキしてる咲夜に先導されて、俺たちは引率される学生のように後をついて行った。
4人揃ってどこかに出かけるっていうのは、本当にいつぶりかわからない程だ。
修学旅行のようなノリで楽しそうにする翔は想定範囲内だけど、いつも飄々としてる咲夜と、淡々としてる桐谷は特に変わりない。
いや・・・桐谷に関しては相当中身に変化あっただろうけど・・・
意外にも桐谷に彼女が出来たことを、いつ暴露させようかと思いながらいると、ふと駅構内を歩きながら周りの視線が気になった。
大元注目の的であるのは咲夜で間違いないけど、比較的若者が多い場所のせいか、若い女の子たちがアイドルでも見るような目で視線を送っていた。
翔 「・・・わかりきってたけど、お前らと居るとめっちゃ女の子ニヤニヤ見てくるなぁ。」
自分は対象外とでも言いたげに、翔はげんなりした顔でこちらを見た。
「・・・翔も可愛いなぁって思われてるよ?たぶん。」
翔 「西田に言われても嬉しかねぇし!」
「はは・・・」
もちろん俺だって可愛い女の子は好きだし、キャーキャー言われることが嬉しくないと言えば嘘になる。
けどそれを人一倍嫌う咲夜がいる限り、もし誰か声をかけてこようもんなら、気を利かせてすぐさま断らないと機嫌を損ねかねない。
桐谷はナンパされてもどうでもよさげに応対するだろうけど、咲夜はもはや目立つという自分の特性を短所のように捉えている。
人の目から逃げるように早歩きでずんずん進んで行く咲夜に、俺たちは若干置いて行かれそうになりながら、目的のホームに着いた。
一息ついていると、ワイドパンツのポケットに手を突っ込み、桐谷がポツリと言った。
「嫌なこと思い出したなぁみたいなツラしてる。」
「え?誰が?」
「咲夜が」
長いまつげを閉じて言う猫背の桐谷を、咲夜は見下ろすように視線をやった。
「・・・ふぅ・・・。こないだ大学で飯食ってたところを女子生徒に盗撮されて・・・止めてって注意したら、マッチングアプリで俺の写真を使ってるアカウントがあるって教えられたんだよ。」
「・・・・・・・え?ガチ?」
「ガチもガチ・・・。その子に見せてもらったよ。偽物だって言ったら通報しておくって言ってくれたけど・・・。まぁ写真なんてどこで誰が撮られてるかわかんないもんだしさ、俺に限った話じゃないし。そんなん言ったら美咲の方がパパラッチに撮られたりしてたけど・・・外では滅多な言動出来ないんだよね。誰がどこで見てんのかわかんないなぁって思うと・・・ちょっと気を張るんだよ。」
人から注目されるというリスクが、咲夜にとっては俺たちとだいぶ違う。
そんな現実を改めて感じて、俺たち3人は少し黙った。
翔 「わかった!旅行中は咲夜を始め、桐谷と西田も盗撮されてないか俺がガッチリ警護してやるよ!」
ふふんと胸を張って啖呵を切る翔に、咲夜はクスっと笑った。
「ありがと。」
すると右隣に立っていた桐谷が、ギロっと俺がいる先を睨んだので、俺もそっちを反射的に見た。
そこには周りに人がいるホームにも関わらず、俺たち全員をとらえるように、スマホを向けている若い女性二人組がいて、気が付いていない咲夜と翔をしり目に、桐谷はつかつかと歩み寄って行った。
「桐谷!喧嘩腰はやめろよ?」
二人も異変に気付いてそっちを見ると、どうやら外国人だったようで、桐谷は同じく流暢な英語で返答して、『データを消さないとお前らの写真も撮って訴える』などとだいぶ過激な発言が聞こえた。
桐谷のその剣幕に怖気づいたその人たちは、すんなりスマホを操作して写真を消してくれたようだ。
翔 「・・・盗撮警護は桐谷の方が向いてんかもしんねぇなぁ。」
「はは・・・そうかもね。」
何事も無かったかのようにこちらに戻ってくる桐谷は、手持ちのペットボトルを開けて水を飲んだ。
咲夜 「・・・何で撮られてるってわかったの?」
「ん・・・端末のビデオ撮影の起動音が、かすかに聞こえたから。」
「耳いいなぁ・・・こんなホームで・・・」
桐谷 「・・・今度は任せるぞ?警察犬。」
桐谷がそう言って翔の頭をぐしゃっと撫でると、翔はニヤっと口元を持ち上げた。
「ワン!」
「ははっかわい。」
そうして俺たちの小旅行は、波乱を感じさせる幕開けとなった。




