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第27話

自分のバイト先で佐伯さんとテーブルを挟み、さぁ何から話そうかと考えた。


「・・・佐伯さんはさ、何か熱中してることとか、ハマってることってある?」


藪から棒に質問すると、彼女は丸い瞳を動かして考えた。


「熱中かぁ・・・ん~それ程じゃないのかもしれないけど、ずっと続けてるなぁっていう好きなことなら、料理かな?友達との外食以外は絶対自炊だし、そんなに苦じゃないの。ハマってるっていうのとは違うかもしれないけど。」


「へぇそうなんだ。すごいねぇ、皆一人暮らしだといい加減になりがちだと思うけど・・・。」


「ふふ、でもそういう西田くんも、彼女さんのために毎日作ってたんでしょ?えらいよ。」


「ん~・・・でも俺は料理が好きって程じゃないかも。自分が作ったものを、好きな人が美味しそうに食べてくれることが好きだったなぁ。元カノはさ、嬉しそうにニコニコ食べてくれる人で・・・リアクションをくれる子だったんだよね。作ったものとか決まった味を覚えててくれてたし、作り甲斐があったんだ。だから続けられてたかな。」


「そっかぁ・・・いいねぇそういう関係。」


「うん・・・」


いつだってそうだった。そういう生活が幸せだったし、友達に彼女のことを聞かれて話すと、皆羨ましがってくれた。

俺だってそれでいいと思ってた。


「でもねぇ・・・心が折れちゃったんだよねぇ。・・・残業が続くと心配だったし、飲みに行くって言われて連絡ないことも多々あったし、待ってようと思っていつの間にか寝ちゃって、そのまま朝帰りとか・・・。営業とかデザインとかプランナーとか、そういうマルチな業務してるみたいだからさ、周りに気を遣う仕事だろうし、人間関係も重要だろうしで・・・大変だなぁって思ってたんだけど、俺と一緒にいる時間が全部後回しだったんだ。当たり前だけど、俺は大学生でバイトはしてるけど、ある程度決まったルーティンで生きてるわけで、でも向こうは違うからさ・・・イレギュラーなことが毎日起こって、帰ってきたらそのままバタンって寝ちゃうこともあったし・・・。」


当時心底沙奈の体調が心配だった。

私生活を犠牲にしないとままならない仕事って、もう本末転倒な気がしてならないけど、それでも彼女は頑張っていた。


「そうなんだぁ・・・それは話聞くだけでもだいぶ大変そうだね・・・。恋人として普通に心配になるよね。」


「まぁね・・・。でも、たまに早めに帰ると俺の好物作ってくれて、楽しそうに仕事の話してくれてさ、やりがいとか目標とかイキイキ話してくれてるの見てると、すごいなぁって心底尊敬してたんだ。自分の時間が無くなる程仕事人間にはなりたくないけど、彼女の仕事に対する姿勢は素晴らしかったからさ。だから・・・沙奈がお姉ちゃんとかだったら、普通に支えてたかもしれないけど・・・彼氏としては複雑で・・・もっと一緒にいたいなぁを言えなくなったんだよね。沙奈が悪いわけじゃないのに、考えることを増やしたくなくて・・・」


手元のグラスを持って、薄くなったアイスコーヒーと氷を弄ぶようにストローで混ぜた。


「けどそれはある意味俺の逃げだし・・・よりよい関係にするためにどうしたらいいかを、俺が考えてなかっただけなんだよね。そうしてるうちにだんだん・・・好きだった気持ちが薄れてきてさ、それなのにいつも通り家事したり料理したりしてると、あ~なんかもう全部やめたいなって思うようになったんだ。」


佐伯さんは相槌を打ちながら静かに聞いていた。


「友達に誘われてもお金を自由に使うのが申し訳なかったり、遊びに行くことが後ろめたかったり・・・そういうのってなんかおかしいな・・・って思うようになって、沙奈は何も悪くないのに嫌いになりそうな自分が居て、それがすごく嫌だったんだ。だからもう・・・別れよって言った感じかな~。」


暗い話にならないように、少しおどけてそう言った。

佐伯さんはニッコリ穏やかな笑顔を返してくれた。


「そっかそっかぁ。ありがとう話してくれて。」


「ん~ん・・・。別に今更後悔も未練もないしね。しばらく引きずってた時期はあったけど、いい友達持ったもんで・・・落ち込んだ気持ちは持ち直したよ。」


「そうなんだ。持つべきものは友達だねぇ。」


「ホントそう。」


ストローに口をつけて最後の一口を飲み切ると、佐伯さんは気を取り直したように質問を続けた。


「さっきさ、仲間内に話せないことって言ってけど、それってどういうこと?」


「あ~・・・・」


俺は頭の中で、桐谷のことを話すべきなのか考えた。

そして以前うちで咲夜と会話したことを思い出す。

色んなことを相手と話してみて、どういうリアクションを取るかよく見ていたらいい、と・・・


「実はぁ・・・つい最近の話になっちゃうんだけど・・・さっき女遊びはしてこなかったとは言ったんだけど、男友達とちょっと・・・遊びの関係っていうか・・・そういう期間があったんだ。」


「・・・そうなの?」


佐伯さんは特に表情を変えることなく、可愛い顔を傾けた。


「うん・・・。まぁ・・・さっき話した元カノとの付き合い方はさ、俺が気を遣い過ぎたり遠慮し過ぎたりで破綻したようなもんだから、そういう自分を直すべきだって言われて、恋人に対して自分勝手に我儘言えるようになれって、そうなれるように始まった関係だったんだ。1カ月ちょっとくらいなもんだけど・・・。んでもさ・・・思いのほかなんていうか・・・相手が魅力的だったから、ちょっと本気で好きになっちゃってたんだよね・・・。」


「へぇ・・・そこで新しい恋に発展したんだ。」


「そういう言い方したらロマンチックなんだけど・・・友達の延長で男とそういうことになるのが初めてだったからさ、結構気持ち的には最初曖昧だったんだ。それにもっと言うと、向こうは恋愛する意志なんて最初からなくて・・・ただちょっと恋人みたいな関係になるっていうだけで、俺を好きになることなんて絶対なくてさ・・・特別意識は持たれてたかもしんないけど・・・俺が思うような恋愛感情じゃないってハッキリ言われて、好きにはならないから諦めろってキッパリ言われちゃって~・・・もう早々に関係は終わりにしたんだ。」


「それは・・・西田くんが諦めたいって思ったから?」


「ん~・・・そうだねぇ、それもあるし・・・気持ちを強要すんのもなぁって思ったからかな。友達だと思ってくれてるからこそ、今まで築いてきた関係を大事にしたいから、お互い壊したくなかったんだよね。」


「そうなんだ・・・。」


窓の外を見やりながら頬杖をついて、外の景色でチラっとでも花が咲いているのが見えると、桐谷を思い出した。


「な~んかね・・・思ってもみなかったんだ・・・男性を好きになる自分を。でも自分が思ってるより傷ついて・・・。でも傷ついたことを抱えたままにするんじゃなくて、ちゃんと伝えて終わりに出来たからさ、良かったかなとは思ってる。」


佐伯さんが黙ってじっと眺める視線を感じて、彼女と目を合わせると、少し物悲しそうな表情をされた。


「でも・・・西田くん、まだ好きだなぁって顔してる。」


「ふ・・・。・・・・ふぅ・・・まぁそうなのかな。でも縋りたくないんだよね、自分の気持ちに。切り替えたい。」


「そっかぁ。」


「そういうのない?もうダメだってわかってるんだからさ・・・みたいな・・・。」


自分の話を終えたくてそう言うと、佐伯さんはわずかにアイスが溶けたコーヒーを飲みながら落とすように微笑んだ。


「すっごくわかる。私もそんな感じ・・・。あのね、ホントはね?西田くんにこんな話するのちょっと変な気がするし、聞かされてもなぁって思われるかもしれないの。」


「・・・同じく感傷的になってるならそう思わないかもよ。」


苦笑いを返すと、佐伯さんはクスっと笑う。


「当時友達に沢山聞いてもらったんだけど・・・私自分の中でまだまだ気持ちが残ってて、いつまで考えてるんだろって自分でも思うんだけど・・・聞いてほしいなっていう気持ちがいっぱいあるの。でも・・・話せば話す程未練たらしくなって、もっと忘れられなくなるなぁとも思うんだぁ。」


「そうなんだぁ・・・それはどうしようねぇ。傷の舐め合いみたいになるかな。」


「ふふ・・・。振り返れば振り返る程素敵だなぁって思わせる人って、どうやったら忘れられるんだろうね・・・。」


寂しそうに笑みを落とす彼女を見て、何ともシンパシーを感じた。

思えば思うほど相手が美化していくような、自分の中で独り歩きしていく対象を、ずっと持ち続けていても仕方ないとわかりながらも、ふとした日常の中で思い返して、それをやめたいと思い過ごしてる。

きっと彼女もそうなんだろう。

寂しく透明でカラカラになった氷を見つめた。

心の中で放って置くと未練が溶け出すだけで、それを飲み干しても大した渇きは潤せない。

次の飲み物を淹れなきゃ、そういう気を起こさなきゃ何も始まらなくて、俺たちは二人とも空っぽになったグラスを見つめてる。


「・・・佐伯さんが話したいっていう人なら聞きたいな。でも・・・話すことで後戻りするような気持ちになるなら、話さない方がいいのかもね。」


「ふふ、そうだね・・・。そうだ、デザート食べながら話したら元気になるかな?!」


彼女は名案だと言いたげにメニューを手に取った。


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