第26話
日曜日がやってきて、俺は以前と同じくバイト先の最寄りであり、佐伯さんちの最寄りでもある駅前で待っていた。
「西田くん!」
佐伯さんの声がしてパッとスマホに落とした視線をあげる。
「お待たせ。」
「あ・・・佐伯さん、おはよ。」
昼前だから「おはよう」と言うには遅いけど、以前と雰囲気の違う彼女に少しドキリとして、第一声を考えてなかったこともあり適当な挨拶をした。
家で会った時のラフな服装とは違って、スカートを履いてデートの装いである佐伯さんは、ニコリと自然な笑みを返した。
「ちょっと早いけど・・・ランチの時間混むだろうし行こっか。」
「うん。・・・うふふ・・・。」
楽しそうに隣を歩く佐伯さんもまた、内心ウキウキしている様子を感じた。
「なに?」
「ううん。実際働いてる人がいるんだから、お勧めも聞きやすいし・・・西田くんからしたらちょっと気まずいかもしれないけど、私はすっごく楽しみだなぁって。」
「ふふ・・・まぁ・・・他のスタッフにからかわれるのは目に見えてるけど・・・。」
さほど距離もない道のりを歩いて、そこまで大きい店ではないものの地元の人には人気なので、少し込み合い始めていたバイト先に入った。
「いらっしゃいま・・・あれ、西田さんお疲れ様です。」
バイト仲間である女性が振り返って、ポカンと表情を返しながら挨拶した。
「お疲れ、田中さん。・・・俺夕方からだけど・・・今はお客さんなんで。」
案の定ニヤニヤと意味深な笑みを返されて、それを窘めるように睨みつけた。
空いた席に通されてメニュー表を受け取る。
「西田くんここで働いて長いの?」
「そうだね、でもまぁ大学入ってからだから・・・丸2年とかかな。」
「そうなんだ。カフェって混む時間帯は慌ただしいけど、天候悪いと暇だったりで差があるよね。」
「そうだねぇ。チェーン店なわけじゃないし、地元の人が主に来るとこだから・・・天気悪いとホント閑古鳥が鳴いてるね。・・・忙しくしてる方が時間早く過ぎるからその方がいいんだけど。」
「それもそうだよねぇ。でも美味しそう、これとか・・・」
楽しそうにメニューを眺める佐伯さんを、何となくじっと眺めた。
メイクは控え目で、清楚系な服装を身に纏う彼女に、何となく気になっていたことの一つを問いかけた。
「佐伯さんってさ・・・1年の時から去年の始めくらいまでは、結構派手目な格好好きだったよね?いわゆるギャルっぽかったというか・・・。」
彼女はメニューに半分隠れた顔を上げて、またふっと笑みを返した。
「そうだね。なんていうか・・・2年の始めくらいにね?好きな人が出来て・・・その人と並んで歩いてると自分が悪目立ちする気がして、だんだん今くらいの格好の方が落ち着くようになっていったんだぁ。」
「そうなんだ・・・ふぅん・・・その人が今みたいな雰囲気が好きって言ったってこと?」
「ううん、彼は一緒にデートしてても何も気にする人じゃなかったかな。金髪とかピンク髪にしてても、よく似合ってるって言ってくれたし、服装のことも何も言う人じゃなかった。」
「・・・そうなんだ。」
「あ、別に付き合ってたわけじゃないんだけどね。デートはたくさんしたけど・・・。」
少し複雑そうな笑顔を作って、佐伯さんはその後俺のお勧めメニューに決めた。
俺も適当に注文して、先に持ってきてもらったアイスコーヒーに口をつける。
「・・・佐伯さん可愛いから、デートしてくれっていう奴いっぱいいるでしょ?」
ストローから口を離して、俺は特に何も考えずに尋ねた。
彼女は一瞬ポカンとしてから、視線を泳がせながら言った。
「ん~・・・ふふ・・・変に否定しても西田くんにはバレそうだし正直に言うと・・・誘われることは結構あるよ。合コンとかもだけど・・・。でもストーカー被害のこともあって、今はあんまり余計な交友関係広げないようにしてるかなぁ。」
「なるほど。・・・ちなみにだけどその・・・ストーカーって・・・大学の人とかじゃない・・よね?」
「うん、全然知らない人だった。後々お父さんから聞いたけど、バイト先で私を見かけて・・・みたいなこと言ってたらしいから、私前まで働いてたとこ辞めたんだぁ。また来られて新しい家も特定されたら大変だし・・・」
「そっか・・・。大変だったね・・・。今は心配事とかなんもない?」
「うん、大丈夫。来た時わかったと思うけど、かなりセキュリティー厳しいマンションに移ったし、何か不審なことがあったらすぐに連絡しなさいってお父さんにも言われてるし・・・。」
佐伯さんは運ばれてきたアイスティーをにこやかに受け取った。
「翔もちょっと言ってたけどさ・・・家はそれなりに離れてはいるんだけど、不審者が近辺にいたとか、変な人に声かけられたとかあったらさ、駆け付けることは出来るから言ってね。」
「・・・・ありがとう。ふふ・・・。」
当然だと思って言ったけど、佐伯さんは一瞬ビックリしたような顔をして礼を述べた。
「あの・・・誤解されたらあれだから言うけど、別に下心があって言ってるわけじゃないからね?」
「うん、わかってるよ。・・・下心があったら前に何かされてるもんね?」
「ふ・・・まぁそうだね。」
全くないわけじゃないけど、とは言えなかった。
「そういえば・・・ちょっと気になったんだけど、お父さんは何してる人なの?」
「・・・警察官だよ。」
「そうなんだ!へぇ・・・。」
だからストーカー被害に遭った時、迅速に対応してもらったって感じなのかな・・・
そんなことを思いながらまた一口ストローをすすると、あちこちに動かしていた視線が彼女とぶつかる。
口元を上げて何となく笑みを返すと、佐伯さんも微笑みながらストローをすすった。
「西田くんはさ・・・女の子からお誘いがあったら快くデートとか行く人?」
一瞬質問の意図を考えたけど、正直に答えるほかなかった。
「ん~・・・興味ある人だったら出かけようかなって思うけど、そうじゃなかったら遊びはしないかな。何で?」
「んふふ・・・だって前もそうだったけど、女の子に声かけられること多いだろうから、それなりに遊んでるのかなぁって思って。」
「いやぁ、それこそ前も話したけど連絡マメに取る方じゃないからさぁ・・・飲み会とか付き合いで皆と出かけることはあっても、わざわざデート取り付けたりはしないかな・・・。」
「そっかぁ・・・」
佐伯さんは何か真意を探るようにじっと目を合わせていた。
「・・・もしかして遊んでるのかなって、そういう意味で聞いてた?」
「ふふ・・・まぁそうだね。」
「・・・」
彼女の中にも、少なからず何か俺に対して貼り付けたイメージがあるんだろう。
よく知らないから知ろうとしてる段階なのかも。
「口で否定しても何の証明にもならないだろうけど、長いこと前の彼女と付き合ってたし、その間も別れた後も、女遊びしたことはないよ。」
咲夜だったらこういう時、飄々と相手を揺さぶるような返しが出来るんだろうか。
「そっか・・・そうだよねぇ。何となくそんな感じする。」
探り合うような会話をした後、頼んだメニューが到着してお互い食べ進めた。
ふとこないだご馳走になった料理を思い出す。
「そういえば・・・こないだ作ってくれた生姜焼きすっごい美味しかったけど、やっぱサークルで作ってるだけあって料理得意なの?」
「ん~・・・そうだねぇ、得意な方かな。小さい頃からおじいちゃんにイタリア料理教えてもらってたんだぁ。だから好きになったきっかけはその頃かも。」
「あ~・・・そういや何となく翔に聞いたような・・・。おじいさんイタリアの方なんだっけ?」
「うん、料理人してたの。でも日本に来た時おばあちゃんに一目惚れして~、そのまま日本に永住してる感じ。」
「へぇ・・・そうなんだぁ。なんかいいな、そういうの・・・。」
「・・・そういうのって?」
佐伯さんはパスタをくるくる巻きながらにっこり尋ねる。
「ん・・・なんていうか、好きになった人と一緒に居たくて一生懸命になる人っていいなぁと思って。俺も・・・・・ああ~なんか自分大好きみたいになっちゃうけど・・・俺も結構・・・同棲してた時、彼女が仕事忙しかったから、料理とか家事とかやってあげたい方で、献身的になってたからさ・・・。まぁでも不満があったのに言えなくて関係が破綻したから、俺は悪い例なんだけどね。」
苦笑いを落として、俺も手元のパスタをフォークで巻きながらいると、佐伯さんは「そうなんだ」と返しつつ、何か考えているようだった。
「ふふ・・・私もそうだなぁ・・・。一緒にしないでほしいって思われちゃうかもしれないけど・・・私もね、相手のために全部してあげたい!みたいになっちゃう方で・・・そういうのが重いって言われて、結局別れることになっちゃうっていうか・・・不満とか全然言えなくて・・・。でも私は浮気されちゃって別れるから、そもそも見る目がないんだけどね!」
「ふふ・・・そうなの?」
「・・・うん・・・あ、でも違うの!前に好きになった人はね!すっごくいい子なの。私のこと考えて悪いとこは悪いってハッキリ言ってくれたし、無理したり建前で振舞うと、気を遣わなくていいって言ってくれて、一緒に居たら楽しくなるように話してくれて、ちゃんとね?お互いを尊重し合う関係を築ける人だったの。」
「へぇ・・・そっかぁ・・・確かにそれはしっかりいい人だね。」
彼女の説明を聞いて、また桐谷の姿が浮かんだ。
モグモグと咀嚼しながらいる佐伯さんを眺めながら、デート中に他の人のこと考えるなんて失礼だよなぁと思った。
「なんかダメだなぁ俺・・・」
思わず口をついて情けない言葉が漏れて、自分でハッとなる。
「何が?」
「あ、いや・・・」
その後少し食べ進めながら話を逸らして、他愛ないやり取りをして食事を終えた。
「ねぇねぇ西田くん」
「ん~?」
唐突に甘えたような表情を向けられて小首を傾げると、綺麗なピンクのリップが塗られた唇がニッコリ持ち上がる。
「前も少し話したけどね?恋バナとか聞きたいなぁ。おうちでゆっくり話したいけど、一人では来ないって言われちゃったから、今聞いてもいい?」
日曜日のお昼の時間で、多少店は込み合っていたけど、そこまで席の数は多くないので、隣のお客さんが気になる程じゃなかった。
彼女は内緒話を待つように身を乗り出してじっと見つめる。
「・・・俺の恋バナはぁ・・・情けない話しかなくてさ・・・仲間内に話せないからほぼ愚痴みたいになるけど・・・いいの?」
「うん!もちろん私にも何か聞きたかったら話すよ。」
妙な交渉が成立して思わず口元が緩むと、彼女もまた「ふふ」と微笑んだ。




