第25話
桐谷との関係を今度こそ終わりにして、数日が経過した頃、課題が終わって部屋のソファにダラけていた。
「な~んか・・・いっぱいいっぱいだなぁ・・・。」
ある意味大学生らしい日々を過ごしていると思う。
課題やバイトに追われながら、友達と遊んで何となく気になる人もいて・・・
けどずっと何かが足りないなぁと思う日々。でもその何かを見つけられないでいる日々。
不満はないけど不足を感じる。
自分の人としての中身のなさや、実績や自信のなさ故か、周りを気にして比較しているわけでもないのに、自分にはいつも何かが足りない。
そういうものから目を逸らすように、俺は桐谷が好きだったんだろうか。
華道の実績を重ねて生きてきた彼を、羨ましいと思っていたんだろうか。
自分にない物に、ひたすら惹かれてたのかな。
「普通に生きてきたら・・・何も持ってなくて当たり前か・・・」
部屋の中に溶けて消えて行く言葉を吐いた直後、メッセージの通知音がした。
スマホを開くと芹沢くんから、『今お時間ありましたら通話したいんですけど、いかがですか?』と畏まった文章が送られて来ていた。
俺が了承する旨を返信すると、数秒後に着信画面に代わった。
「もしもし?」
「あ・・・こんばんは、突然すみません。」
「いいよ、どうしたの?」
「・・・えっと・・・あの・・・来週末の土日どちらか空いてませんか?」
「ああ・・・ごめんね?連絡するって言ってて俺すっかり・・・」
「いえ!お気になさらず!西田さんはバイトもされてて忙しいかと思いますので。」
「はは、気ぃ遣わなくていいよ。・・・えっとね・・・ちょ~~っと待ってね。」
「はい・・・」
耳からスマホを離してスケジュールを確認した。
「土曜日なら空いてるよ。どこか行きたい所ある?」
「えっと、あんまり洋服を買わないので買い物に行きたくて・・・西田さんがよく行くお店に行きたいです。」
「ああ、そうなんだ。ん~~・・・そうだな、わかった。近場でしか買わないし、隣町のショッピングモールとかかな・・・。一緒に行ってみる?」
「はい、是非。」
「・・・芹沢くんさ」
「はい・・・?」
「敬語で話さなくていいよ。友達なんだし、ご近所さんだし・・・気軽に話してくれる方が俺は嬉しいな。」
「・・・でも・・・」
「確かに年齢差はあるけどさ、それでも気兼ねない友達としてまず仲良くなるには、ため口で話すのって手っ取り早いかなって思うんだけど・・・どう?」
「・・・はい、わかりま・・・・わかった・・・。えと西田さんがそう言うなら・・・あれ・・」
敬語を辞めようとしてあたふたする芹沢くんが目に浮かんで、何とも可愛らしかった。
「はは!西田さんって言ってるとあれだよなぁ・・・ん~・・・皆周りの友達は「西田」って呼び捨てにするけど・・・芹沢くんが言うにはハードル高い気するよね。」
「はい・・・」
「どうしようかな・・・」
「あの・・・西田さんが嫌じゃなければ・・・円香さんってお呼びしてもいいですか?」
「・・・ん~・・・それもなんか畏まった感じするし・・・呼ぶなら『円香くん』でいいよ。」
「わかりました・・・。・・・これからは普通に話せるように・・・努力するね。」
「ふ・・・はは・・・」
真っ赤な顔して困り果ててる姿が見えるようで、思わず笑ってしまった。
「え・・・え・・・何で笑うの?」
「ふふふ・・・・ううん、ごめ・・・ふ・・・何でもない。なんか可愛いなと思って・・・。」
どう言い返したらいいものか困っている芹沢くんを、それ以上からかうような言い方をしないように気を付けた。
「西田さ・・・・ま、円香くんあの・・・ちょっと元気ない気がするけど・・・大丈夫?」
「・・・え・・・」
通話することに緊張した様子だった彼から、そんな問いかけがきて、俺は思わず返答に困った。
「気のせいだったらごめん・・・。でも何となくその・・・いつもより元気ない気がして・・・。」
「・・・そっか・・・。ん~・・・まぁちょっと・・・なんていうか・・・気分が落ちちゃうことはあったんだけど、でもそれと同時にスッキリしたというか、あれかな・・・雨降って地固まるって感じかな。ちょっとだけ引きずってる気持ちはあるけど、時間が解決してくれそうなんだよ。」
俺が無難にそう答えると、芹沢くんは少しの間黙っていた。
「そうなんだ・・・。円香くん・・・俺、ただの高校生だし、絶対円香くんより人付き合いとか経験値ないんだけど、でも・・・ただ何となく吐き出せることを、聞いてあげられる友達にはなれるかな。」
その言葉を聞いて、少し涙が滲みそうになって堪えた。
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ・・・って言っちゃうと無碍にしてる感じがするから、何となく話せる日がきたら聞いてほしいな。ただの愚痴とか懺悔になっちゃうけどね。」
「うん。円香くんがスッキリしたり、前向きになれるきっかけになれるなら何でも聞きたい。もちろん、それ以外のことも全部聞きたいけど・・・。」
「・・・うん。・・・何で芹沢くんみたいないい子が、俺の友達になってくれるんだろうなぁ・・・。俺さ、結構周りの人に恵まれてるんだよね。いつもつるんでる大学の友達もさ、いい奴ばっかで、本当に悩んでる時いっつもためになるアドバイスくれて・・・心配してくれてさ・・・。一人で落ち込んじゃいそうになると、芹沢くんみたいにすぐ気づいてくれて、元気づけてくれるんだよ。・・・・・・」
思えば、沙奈と別れた後、気遣って外に連れ出して、色々と話してくれたのも桐谷だった。
遠い昔のことのように思う。
彼が心底友人として大事で、同性としても人間としても尊敬している。
「・・・・円香くん・・・大丈夫?」
「・・・・ふ・・・・大丈夫。芹沢くんにさ、優しく声かけてもらっちゃうと・・・甘えて何でも話しちゃいそうなんだよなぁ・・・。」
「・・・友達だからそうしてもらったら俺は嬉しいよ・・・。」
電話口の向こうで、彼がどれだけ言葉を選びながら、緊張しながら慎重に話しているのかわかっていた。
「ありがとう本当に。今度会った時はさ、もっと自分のことを話すよ。」
「うん。楽しみにしてる。」
そうして通話を終えた。
今週末は佐伯さんとランチの予定がある。そして来週末は芹沢くんと買い物・・・と。
スケジュールアプリに書きこみながら、日曜日に会う予定の佐伯さんのことを思い浮かべた。
先週4人で課題をしていた時は、大学にいる時と変わらずいつもの調子だった。
というか人前で彼女はいつも、自分を装ってる感じがする。
強い違和感があるわけじゃないけど、建前で振舞うことに慣れてるというか・・・
別にそれが悪いわけじゃないんだけど、もしかしてストーカー被害に遭ってたこともあって、男が怖いとか・・・?
いや、そこまで大袈裟な態度があったわけじゃない。
まぁ何にしても憶測から真実はわかんないな。会って話してもう少し佐伯さんっていう女性が、どういう人なのか見極めてみよう。
というのも、ただデートして仲良くなって・・・じゃ、表面上の付き合いだけで、勝手に惹かれて好きになってしまいそうだからだ。
咲夜と話してみて自覚したけど、女性でも男性相手でも、見た目や雰囲気がやっぱり一番に感じ取ってしまう部分になる。
彼女のルックスや話し方、振る舞い、声・・・すぐにわかる情報だけだと、俺は十分に佐伯さんは好みのタイプだ。
けど人付き合いというのは、関係性が近ければ近い程中身が重要視される。
ただの同じ学部、同じゼミの知り合いなら、特に何も詮索はしないけど、もっと仲のいい友達になりたいと思っている以上、彼女の中身がどういうものなのか、もっと知らなきゃならない。
ベッドにドカっと体を預けて、大きく息をついた。
自然と降りる瞼が、瞬時に体を休ませるモードに移る。
尋常じゃない集中力を以て、左目をギラつかせて花を生ける桐谷が、脳内に浮かぶ。
それ以外にそこまで執着を持たないあいつにとって、生け花は自分が生きていることを体現することなのかもしれない。
真剣な表情と、出来上がった時の達成感と安堵に満ちた顔は、未だ熱中してやまない好きなものに対する、ありのままの桐谷だった。
ああ、やめだ・・・
もう桐谷のこと考えるのはよそ・・・
眉をしかめて、今度こそ深い眠りに落ちていった。




