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…三神さん曰く、大神鹿目の呪いが消えたかどうかは分からないそうだ。
だが、その後まもなく村へと到着した『チョウジ』の壱岐さん指導のもと、いくら紅家の裏庭と井戸を捜索したところで死体は発見されなかった。誰の、ではない。一体も死体は出なかったのだ。
紅家の裏庭にある井戸は、枯れ井戸だ。中の水はとうの昔に尽き果て、その存在目的すらあいまいな遺物と化している。ライトを照らして覗き込めば、土砂のたまった底がすぐに確認出来る。しかし何度も言うが、そこには何もなかったのである。
当然、水中さんは逮捕されなかったし、秋月さんも彼女を責めなかった。玉宮さんが許したのだから、自分もそうすべきだ、というのが彼女の意見だった。
秋月六花さんは、僕たちが聞いていたよりも少しだけ実年齢が上だった。だが女性として『サバを読む』というごく一般的なたしなみから大きく逸脱する程の偽りではなく、三十代後半、というのがその真実だった。
秋月さんは、紅おとこさんが四十代半ばで産んだ実の娘だそうだ。
その事は玉宮さんはおろか三神さんですら知らされておらず、若い頃に一度天正堂の門を叩いたのも、下告村にまつわる呪いをなんとか出来はしまいかと考えてのことだった。その後、警視庁公安部『広域超事象諜報課』へと渡ったのも、同じ理由だそうである。
忽然と姿を消した母のことは、特に心配はしていない。もとより死せる存在である現実を僕はとうに受け止めているし、それ以前に、母は何度祓っても戻ってくる。辺見先輩はもとより、紅おことさんがやっても結果は変わらなかった。ある意味、僕の母は永遠の存在と言える。
ただそうなれば、大神鹿目の呪いもまた永遠だと言えはしまいか。
三神さんが事後について明言を避けたのも、きっと僕と同じ考えだったからに違いない。
下告村へと現れた黒井七永と思しき人物の行方も、不明なままだ。僕の背後へと迫り来たその者にどういう意図があったのか、それも分からない。
水中さんによれば、伝手を頼って彼女が自ら村へと招き入れたというわけでもなさそうだった。確かに水中さんは長年継承され続けた村の因習を憎み、途切れされる算段を練ってはいた。ただあくまでも、誰かを不幸に貶める腹積もりはなかったのだ。僕は彼女の言い分を疑う気にはならないし、その意味もないだろう。
ある時、紅家に一本の電話があったそうだ。久しぶりに村へと訪れたいが、今はほとんど所縁のある住人は残っていないと思われる。玉宮家か紅家、どちらかを頼って訪問したいが、許されるだろうか。そんな話だったそうだ。
下告村にルーツを持つと語ったその者が黒井七永本人であったのか、それは水中さんにも分からない。だが電話口で聞いた声は若い女であったし、何故だかその時ぴんと来たのだそうだ。そして聞いた。
裏神嘗と呼ばれる村の儀式を、知っているか。
若い女は間を開けて、こう答えたそうである。
「死を告げるあの村の、恥の上塗りですね」
水中さんはその時、言葉の意味を理解しなかった。だが電話口に聞いた女の声に、村の因習に対する悲観的な感情が含まれていることは分かった。
「終わらせることはできますか」
と、水中さんは聞いた。
女は答えた。
「私の訪問を受け入れてもらえるなら、お手伝いくらいはさせていただきます」
そこから何度か電話でのやりとりを重ねて、『カナメ石の御力を奪い去る』という、水中さんが口にしていた例の計画が実行に移されたわけだ。つまりは、外部の人間がカナメ石に接触を試み、十月の祭祀を中止に追いやったのである。具体的には、何度かその女(本人かどうか、共犯者がいたかどうかは不明)が、井戸の上からカナメ石を持ち去り、そしてまたもとに戻すということを何度も繰り返したそうだ。当然、決められた十月の祭祀が行われる週も、同様に。
本来魔物から村を守る存在として奉られたきたカナメ石が、何度もその姿を消すのだ。『御力が奪われた』と水中さんが訴える言葉に、誰も違和感を持たなかった。それどころか村人からは不安の声が当然のごとくあがり、様々な懸念が口々に叫ばれた。しかしそこから三ヶ月が経ち、僕らがこの村を訪れるまでの間に、目立った凶事は起きていない。住人の多くが高齢者である為、人が亡くなることはあったそうだ。しかしそれとて別段不審がられるような死因ではなく、老衰又は病死であった。
実際、蓋を開けてみれば水中さんはその女に騙されていたと言えなくもない。裏神嘗が中止になったことだけを見れば計画は成功なのだろう、だが女が村を訪れて「カナメ石を動かす」意外に何をしたかと問えば、答えは「何も」だ。
両目と幽眼を潰された坂東さんにしてみれば、相手は紛う事無き凶悪犯である。しかしその女はカナメ石の封印を解くわけでもなく、喫茶店にて秋月さんを攻撃し、坂東さんの目を潰して去っただけである。その行動の裏にある動悸というものは、全くもって不明なままである。
後悔している。
水中さんは僕らと別れる直前、そう語った。
初めて話をした、黒井という苗字以外顔も分からないその女に只ならぬ魅力を感じてしまったのだとも、水中さんは胸中を打ち明けてくれた。
いつの間にか、その女がひょっとしたら自分の未来に光明をもたらす存在なのではないかと思うようになり、この計画は自分だけでなく、村全体にとっても素晴らしい事なのではないかと信じるようになった。
この村から見る海は、一年を通してずっと灰色をしているそうだ。
水中さんは言った。
「光が欲しかった」
ただ、それだけだったのだ。
これから後の人生で、再びその村を訪れることがあるかと問われれば、僕はおそらく「ない」と答えるだろう。しかし困った事に、僕はどこにいても海を見る度、この村のことを思い出してしまうのだ。
「しもつげむら」 了
ありがとうございまいた。
近日、『文乃』『しもつげむら』に続く長編三部作の第三弾を連載予定です。
そちらも是非、よろしくお願いいたします。
新開水留でした。




