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「助っ人に来ちゃいましたっ」
と、辺見先輩は言った。
「どうして、あっち向いてるんですか?」
という僕の問いに、
「だって、眼があったら潰されちゃう系なんでしょ?」
と彼女は答えた。
僕は思わず両手で口元を押さえ、馬鹿にしてんのか、と坂東さんが悪態をついた。
遊んでる時間はない、やるぞ。
坂東さんは眼鏡を額の上に持ち上げると、額の幽眼を開いた。
ジュジュジュッ、と何かが焦げる音が聞こえ、見ると坂東さんが閉ざされた玄関戸の上部を端から端まで一瞬にして焼き切っていた。玄関戸はガラスのはめ込まれた引違い戸だ。上部を焼き切り隙間を開けてしまうと、どうなるか。
「気合いれろぉ」
当然、戸は支えを失い向こう側へと倒れ込む。
年季の入った玄関戸が音を立て、開いた向こう側に夜の庭が広がった。
吸い込まれそうなほど真暗な空間だ。
表の庭は裏庭と違い、これといった境界線がなかった。表札は坂東さんが倒した玄関戸にかかっており、門扉はもともと設けられていない。つまりはどこまでが紅家の庭でどこからが敷地外なのか、一見しただけでは分からないのだ。この時間玄関前は、街灯もない夜空の下では何も見通せない。三メートル先にいるのか、十メートル先にいるのか。見ただけでは把握のしようもなかった。
「…いるよ」
と、辺見先輩が言った。
辺見先輩は僕らに背を向けたまま、ガラス戸一枚隔てた向こう側から僕たちに指示をくれた。彼女はまるで、人の気配が感じ取れる武道家のような能力を駆使しているかに思えた。カラクリは分かる。玄関戸がなくなったことで、庭先にいる何者かの禍々しい気が家の中まで漂ってくるのだ。問題は、場所を特定するその精度である。辺見先輩は実際自分の目で見ているんじゃないかと錯覚するほど、暗闇を動き回る何者かの位置を的確に、それも口頭で伝えてくるのだ。
「坂東さんの正面十メートル。…七メートル。新開くんの方、十メートル。坂東さんより右側七メートル。…六メートル。新開君正面五メートル!」
その都度坂東さんが幽眼から熱線を放ち、地面に当たった瞬間飛び散る火花が周囲を照らし出す。辺りがパッと明るくなる瞬間、閃く黒いスカートが見え隠れし、僕の全身が何度も粟立つのを感じた。
相手はまるで猿か獣のような素早い動きで、ことごとく坂東さんの攻撃をかわしている。
必死で何者かの動きにくらいつき、口頭で居場所を伝えている辺見先輩の声も、やがて恐怖で震え始めた。ただ必死で、邪な気を捉えては伝達するだけだ。だがひとたび冷静になってしまえば、相手の動きが人間場慣れしている事実を突きつけられてしまう。
『本当に相手は一人なの…?』
辺見先輩は震える手で口元を覆いながら、悲鳴をあげる代わりに相手の位置を叫び続けた。
だが近づいてこようとする相手の意志こそ感じるものの、これといった攻撃はしてこない。離れていてはその手段がないか、もしくは、…遊ばれているかだ。
めいちゃんの言った、良くない人。
秋月六花に血を吐かせたという、呪いを打つ女。
黒井姓を名乗る、謎の女…。
『本当に人間なの? あれは一体、なんなのよ…』
辺見先輩の恐怖が極限に達しようとしたその時、
「おい、モタモタするんじゃない。とっととやれよッ」
坂東さんがそう怒鳴った。僕は思わず眉をしかめ、
「何をですか」
と聞いた。
「早い所霊道を開いてあいつを落せ!」
「それはお断りしましたよね。それに、僕は自分の意志で霊道を開けるわけじゃありません!」
「なッ!?」
「二人の正面二メートル!」
辺見先輩が叫び、僕と坂東さんの呼吸が止まった。
二メートル。
淡い月明かりになど頼らずとも、家から漏れ出る光だけで十分見える距離だ…。
そこに、背の高い女が立っていた。
黒いロングワンピースを着て、波打つ広いつばが特徴的な黒色の帽子を目深にかぶっていた。
白く、細い、綺麗な女性だった。
しかし、つばに隠れて鼻から下しか見えないその女性の口元を見つめた僕は愕然とする。
恐ろしく速いスピードで、何かを繰り返し呟いていた。
「出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い出て来い」
坂東さんが熱線を放った瞬間、その女性は真上に飛び上がって消えた。
辺見先輩が頭を抱えて「上にいるよ!」と叫んだ。
この家の上、屋根である。
「見失ったじゃないか!お前なんでそんな大事な事早く言わないんだよ!」
坂東さんがあげた怒りの声を受け流しながら、僕は天井を見上げた。
相手はそこから、動こうとしない。
「もしかして…」
僕は呟き、誰もいない玄関の先にある虚空を見つめた。
「自分からは入ってこれないのか?」




