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エピローグ

「船縁には近付くなと言っただろ?」

 ルイスはその声を聞いて振り向いた。ルカーノとユースフの二人が、彼のもとへ歩み寄ってくる。

「大丈夫だよ、落ちないから」

「落ちられてから泣かれても困る」

「まさか。泣くもんか」

 そう言うと、ルイスは再び船縁に体を乗せ、満天の星を映す海原に目を落とした。彼の隣には今誰も居ない。その背に向けてルカーノは問いかける。

「……やっぱり、寂しいのか?」

「寂しいよ。一緒に来てほしかった。アルの馬鹿。あんなに泣くくらいだったら最初から見送りなんか来なきゃよかったのに。あいつは、本当に、ほんっとに、泣き虫……なん、だから……」

 ルイスはその名を口にしたとき、こみ上げる涙を抑えることはできなかった。嗚咽を噛み殺し、目頭を押さえて止めようとするが、それらは何の甲斐もなかった。

「泣くなとは言わない。だが、悲しむことはない」

「分かってる。……大丈夫、また会える」

「ハーリドの奴がしっかり面倒を見てくれている。心配するな。馬に乗るのも上手かっただろう?」

「ハーリド? 誰、それ? オルミーガさんでしょ?」

「オルミーガの本名がハーリドだ」

「本名?」

 本名ということは、一体どういう事なのだろうか。ルイスがそう尋ねる前に横からユースフが割って入る。

「提督?」

「どうした、ユースフ」

「言っていいんですか、それ?」

「ルイスだったら構わないだろう?」

「まあ、はい。そうですけど……」

「ねえ、ちょっと待って。ルカーノさん、本名ってどういうこと? オルミーガさんはオルミーガって名前じゃないの?」

「ああ。当たり前だろう。お前の言うとおりだ。どこの世界に蟻なんて名前をつける親が居る」

「じゃあまさか、ルカーノさんも」

「ああ、そうだ。かぶと虫も流石に居ないだろうな」

「ずっと騙してたの? ひどいや。信じてたのに」

「まあ、そう怒るな。ちゃんと本当の名前を教えるから、それで勘弁してほしい」

 ルイスは純粋に腹を立てていた。その様子に微笑を浮かべつつ、ルカーノと名乗っていた男はルイスの横に立ち、船縁に手を添える。その帽子の前面を飾るカモメの羽根は風を受けてはためいている。

「私はアシュラフ。アシュラフ・アル=ハディードだ」

「アシュラフ。うん、覚えたよ。だけど、そうだなあ、ルカーノの方がやっぱりかっこいいかもね」

 ルイスは腹立ち紛れにそう言った。それを聞いて、なぜか当のアシュラフが手を打って哄笑した。ユースフはルイスとアシュラフを交互に見て何か言おうとしている。

「ははは、そう言われたのは初めてだ」

「お、おい。ルイス」

「何? ユースフさん」

「それだけか? お前、言うことは、もっと他に……」

「いいんだ、ユースフ」

 何か非常に物言いたげな顔をしたユースフを、上機嫌に笑うアシュラフはそう言って制した。

「私の名前がアシュラフだろうが、ルカーノだろうが、どちらだろうと私そのものは変わらないんだ。ルイス、これからも好きに呼んでもらって構わない。ルカーノという名前を気に入っていると言ったのは、あれは嘘ではないからな」

「本当? じゃあルカーノって呼ぶことにするよ。そしたらさ、すぐに俺が呼んでるって分かるよね?」

「なるほど、そういう考え方もあるな」

「アシュラフ様、いいんですか、本当に?」

「何が不満なんだ、ユースフ。お前だって普段私のことを提督としか呼ばないじゃないか。ハーリドのことも団長としか言わないし」

「あなた様たちをかぶと虫だの蟻だの、そんなもの呼ばわりすることはできません」

「そんなことは気にしなくていいさ」

「気にします!」

 ルイスはそんな声を聞き流しながら、夜空に輝く月を見上げる。アルにまた会う時は、あいつの知らない話をたくさんしてやろう。ルイスはその時が、既に楽しみで仕方なかった。

「ねえ、そうだ。ルカーノさん」

「何だ?」

「今度はどこに向かってるの? どこに行くの?」

「それは確かに。俺も何も聞いてませんが」

「アルゲントゥムだ」

 瞬間、ルイスとユースフはほとんど同時に口を開く。

「本当に?」

「何ですって? アシュラフ様、そりゃあいいですが、どうやって探すんですか? いい案はあるんですか?」

「どうやって、か」

 そう問われたアシュラフは茫漠たる海原に目を向ける。そしてくるりと振り向き、二人に向き直ると、あの底抜けに明るい顔でこう言うのだった。

「波の便りに、導かれようか」


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