第4話 夜叉の制裁
鏡のように浮かび上がる映像を見つめる。そこに映るのは、かつて私を地獄へ突き落した村の男たちだ。
心底、反吐が出る。彼らの言葉に、私は怒りで身体が震えた。彼らは、私が今までどれほど冷たく狭い部屋の中で震え、死を覚悟したかなど、微塵も考えていない。ただ、自分たちの生活を豊かにするための道具を回収しに来ただけなのだ。
「紬。どうしたい?」
刹那様が、私の肩を抱き寄せた。低い声が耳元で聞こえ、その心地よい響きに私の震えが止まる。彼は私の左目を覗き込み、残酷なまでに美しい微笑を浮かべた。
「お前が殺せと言えば、一瞬で塵も残さず消してやる。お前が許せと言えば……まあ、俺の気が向く限りの絶望を与えて追い返してやろう」
私は、自分の胸の奥に宿る虹色の光を意識した。それはかつて呪いだと思って疑わなかったもの。けれど今は、刹那様の力となる、誇らしい光だ。
「……許す必要なんて、ありません。でも、刹那様の手を汚してほしくない。私は、あの方たちに、私がどれほど幸せかを見せつけてやりたいです」
刹那様は満足げに目を細めた。
「いい答えだ。——ならば、夜叉の歓迎をくれてやろう」
彼が指を弾くと、周囲を包んでいた紫の霧がサァと晴れた。村人たちの前に、唐突に壮麗な屋敷と、圧倒的な威圧感を放つ刹那様が姿を現す。
「ひっ、あ、ああ……!?」
村人たちが悲鳴を上げ、尻もちをついた。
「……久しぶりですね、皆さま」
私が静かに告げると、父親だった男が私に指を向けた。
「つ、紬! どこまで親不孝なんだお前は! 村の者がお前を心配して迎えに来てやったのだぞ!」
横から、かつての許嫁だった男が、卑しい笑みを浮かべて叫ぶ。
「そうだぞ、紬。お前を鬼の山にやったのはな、村を救うための尊いお勤めだったんだ。そのお陰で水が出た。つまり、お前は村の英雄なんだよ。さあ、大人しく戻って、その力で俺たちを豊かにしろ。それがお前の義務だろう!」
「その派手な格好は何だ。村の皆がこんなに心配して探しに来てやったというのに、化け物の屋敷で贅沢三昧か」
「感謝しなさい。化け物に喰われる前に助けに来てやったんだ。お前のような呪われ者が村に居場所を持てるのは、俺たちが受け入れてやるからなんだぞ。さあ、その鬼から離れてこちらへ来い!」
彼らの口から出る言葉は、私の心を抉るどころかもはや滑稽でさえあった。自分たちが私を捨てたという事実を聞こえのいい言葉で塗りつぶし、再び私を檻に閉じ込めようとする。その底なしの強欲さに、私は吐き気すら覚えた。
彼らの瞳には、私への気遣いなど微塵もない。あるのは、醜い欲望だけ。
「汚い口を閉じろ」
刹那様が、一歩前に出た。その瞬間、大地が轟音を立てて震え、村人たちの周囲の地面がボロボロと崩れ落ちた。
「俺のものに、随分な物言いだな。この娘は、お前達が捨てたものだ。今さら拾い直そうなど、その汚い手がいくつあっても足りんぞ」
刹那様が私の手を握る。その優しい手に、私の心には勇気が芽生えた。彼の力と私の瞳が共鳴し、村人たちの足元を焼く黒い炎へと形を変える。
「ひぃぃ! お、鬼め! お前が紬をたぶらかしたんだな!」
「鬼に生贄を差し出したのは貴様らだろう」
刹那様が開いている方の手で、空を薙いだ。突風が吹き荒れ、村人たちは埃のように吹き飛ばされていく。彼が静かに一歩、前へ踏み出した。ただそれだけで、周囲の樹木がバキバキと凍り付き、空気が避けるような音が響く。
「人間というものは愚かだな」
彼は私の腰に手を回し、自分の方へと引き寄せる。
「この女は今、俺が愛でている。お前達のような拙劣な猿が指先一つ触れようとすることすら、万死に値する無礼だ」
刹那様は、再び軽く手を一振りした。村人たちの足元の地面が爆発したかのように弾け、鋭い岩の棘が彼らの喉元ギリギリのところで突き刺さる。
「ぎゃああっ!」
「動けばその汚い首を山犬の餌にしてやる」
彼らは今、自分が立っている場所が、刹那様の指先一つで奈落の底へ変わるのだと、本能で理解しているのだろう。彼らはただ、恐怖に顔を歪ませ、震えることしかできなかった。
刹那様は、鼻で笑った。その短い笑い声ひとつで、周囲の気温が急激に下がり、地面の草木が凍りついていく。
「この女は、俺が拾った。俺の魂の一部だ」
紅い瞳に見下ろされ、村人たちの松明は一瞬で黒い塵となって消えた。
「ひ……っ、紬、助けてくれ! 悪かった、俺たちが間違っていた! 慈悲を、慈悲をくれ!」
父が泥に顔を擦り付けながら命乞いをする。かつての私なら、その姿を見て心を痛めたかもしれない。けれど、私の隣にいる刹那様の、冷たくも心地よい力が、私の心を強く支えていた。私は彼の肩にそっと頭を預ける。彼の高い体温が、私の孤独だった過去をすべて溶かしていく。
「慈悲……? 皆さまは、私に対してそのようなものを一欠片でもお持ちでしたか?」
「お前たちに与えるのは、慈悲ではない。一生消えぬ恐怖だ」
刹那様が指をパチンと鳴らすと、黒い風が村人たちを巻き上げ、彼らは悲鳴と共にや魔の斜面へと放り出されていった。彼らはこれから一生、虹が出るたびに私の瞳を思い出し、いつ刹那様に殺されるか分からない恐怖を抱えながら生きることになるのだろう。
「これで奴らは、もう二度と近づけまい。帰っても、飢えと後悔の中で一生を過ごすがいい」
刹那様は私を正面から抱きしめ、首筋に深く顔を埋めた。村人たちの前で見せた冷酷な鬼の顔は消え、そこには私にだけ向けてくださる、甘い瞳がある。
「……汚いものを見せたな、紬」
その声は低く、優しい。彼は私の額に自分の角をそっと触れ合わせ、私の虹色の瞳を覗き込む。
「怖かったか? 俺が、あの者たちと同じように、お前を力で支配する怪物に見えたか」
私は首を横に振り、彼の胸に顔を埋める。彼から漂う甘い香りと温かさ。これが、私にとって何よりも安心できる唯一の居場所だ。
「いいえ。……私を守ってくださって、ありがとうございます。刹那様」
「当たり前だ。お前は俺のものだ。誰にも、指一本触れさせはしない」
刹那様は私の左目を愛おしそうに閉じさせ、まぶたの上にそっと口づけを落とした。彼は満足げに喉を鳴らすと、私の腰を抱き上げ、屋敷の中に戻る。
「あのような者たちのために、一滴でも涙を流すな。お前の力は俺だけのために使い、俺だけのために輝け」
「……はい」
彼の腕の力強さが、私を離さないという誓いのように感じられた。




