事件
……朝か。
テントから漏れ出す日差しによって目が醒める。
この体にも慣れてきたが、未だに身体のあちこちが痛くないのが違和感じゃな。
「あれだけ動いても、寝たら回復する……若さとは素晴らしいのだな」
改めて若さの大切さを知る。
体調もそうだが、その時にしか出来ないことが確実にあるから。
「儂も今の歳から魔王退治だったら無理じゃった。歳をとってからでは遅い事もある……そして後悔することも」
儂も後悔ばっかりの人生じゃった。
主君を死なせたことも、復讐心のみに走りユリア様を悲しませたこと……ユリア様自体に対する気持ちも。
だからこそ、アリア殿には後悔して欲しくないものだ。
「しかし、貴族が条件を出したか……何やら臭うのう」
あの冒険者ギルドでの、アリア殿に対する態度。
それらは、本当にアリア殿自身にあるのか?
……これは、後で調べるとしよう。
「やれやれ、我ながらお節介癖が抜けん」
これも、彼女がユリア様に似ているからか。
そんなことを思いつつ、顔を洗いに川へと向かう。
すると、オルトスが慌ててやってくる。
「ウォン!?(主人!?)」
「おっ、起きていたか。どうした、そんなに慌てて……まさか、何かあったか?」
オルトスはアワアワとし、視線をあちこちに向ける。
すると、川の中から人が出てきた。
その美しい姿に、思わず息止まる……そこには、白シャツ一枚のみのアリア殿がいた。
服が張り付くことで、その素晴らしいスタイルが丸わかりである。
「プハッ、気持ちのいいものだ……きゃぁぁ!?」
「こ、これはすまぬ!」
オルトスが慌てていたのはこれじゃったか。
儂は慌てて後ろを向く。
「ウォン!(すまないのだ!)」
「い、いえ……私も気づかなかったですし」
「どういうことじゃ?」
その後、ひとまず着替えてもらい話を聞く。
どうやら儂が起きたら教えてとオルトスに言って水浴びをしたらしい。
しかしオルトスはウトウトし、儂が起きたのに気づくのが遅れたとか。
「ウォン……(ごめんなさないなのだ……)」
「すまんかった。殴るなり蹴るなりしてくれい」
「い、いえ! 大丈夫ですから! は、裸というわけではないですし……」
「そうか、感謝する」
その後、儂も水浴びをすることに。
そしてふと気づく……身体は若くなったが、あっちに関しては老成したままだと。
それが良いのか悪いのかわからないが……まあ、今更恋愛する気は無いので良いとしよう。
「で、ですが、代わりと言ってはなんですが……お願いをしてもよろしいでしょうか?」
「儂でよければ何なりと」
「その……私に稽古をつけて頂けないでしょうか?」
「ふむ、稽古か……しかし、儂とお主の戦闘スタイルはまるで違う。下手をすると、腕が落ちるかもしれない。戦い方なら、昨日のトロールとの戦闘を参考にするとよいぞ」
儂とてユーリスの師匠ではあるが、剣の稽古は別の者にお願いした。
無論、基本的なことは叩き込んだし、ユーリスは儂を目指したいと言ったが……やはり適性がある方を伸ばした方がいい。
「型とかではなく、戦い方というか……もう、怯えたりしたくないのです」
「なるほど、そういうことなら構わんよ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし……やるからには加減しないが良いかのう?」
「も、もちろんです!」
「では、早速始めるとしよう」
魔法袋から木剣を二本取り出し、片方をアリア殿に。
オルトスに見張りを任せ対峙する。
同時に儂は対訓練用の三割稽古の姿勢に入った。
これは兵士の鍛錬用に編み出した、儂の力を三割でやる方法じゃ。
「さあ、どこからでも良い」
「い、行きます!」
素早い踏み込みから、袈裟斬りが放たれるが……甘い。
儂は簡単に見切り、剣を合わせることで防ぐ。
「速さは良いが、真っ直ぐ過ぎる。それでは、こうして力のある者と鍔迫り合いになったら——ふんっ!」
「っぁ!?」
腰に力を入れ、体ごとアリア殿を吹き飛ばす。
アリア殿は地面を転がり、泥だらけになる。
「ほれ、さっさと立ち上がらんか。それとも、もうおしまいか?」
「くっ……!」
顔を手で拭い、再び向かってくる。
今度は上段の構えから振り下ろしてきた。
今度は剣を合わせつつも引き、軽く受け流す。
そのまま、アリア殿が地面に転ぶ。
「ほれ、どうした」
「っ……まだまだ!」
「意気は良し。しかし、気迫が伴っておらん」
それからも真っ直ぐな剣を叩き、アリア殿を打ち付ける。
そろそろ限界かと思ったが——。
「ァ……ァァァァ!」
「むっ!?」
裂帛の気合いが入った一撃により、儂の木剣が弾き飛ばされた。
いくら三割稽古とはいえ、中々の一撃だった。
「……出来た?」
「うむ、良い一撃じゃった」
「あ、ありがとうございます!」
「さて……お主はもっと緩急をつけたり、泥臭くなるといい」
「緩急、泥臭く……」
「元々の腕は悪くないが、それだけでは駄目じゃ。大切なモノを守るためには、時に意に沿わないことも使わねばならない」
正々堂々と戦うのは美しいが、同時に綺麗事でもある。
それで大切なモノを守れなかったら本末転倒じゃ。
時には、自分の意を曲げてても為さねばならないことがある。
「……覚えておきます」
「うむ、別に無理はしないで良い。あくまでも、儂の考えなのでな。さて、まずは治療をせねば。まあ、そこまでダメージはないと思うが」
「……あれ? 思ったより痛くない?」
「ほほっ、これでも慣れているのでな。なるべく怪我をさせないような稽古は得意なんじゃ」
体を休ませ帰り支度を済ませなら、ゆっくりと村へと戻る。
すると、村の前で村人達が騒いでいた。
儂らに気づくと、一人の若者が詰め寄ってくる。
「お、おい! どうなってるんだ!?」
「どうしたのだ?」
「どうしたもこうもない! トロールが村の近くに現れたんだ!」
「……なに? 確かに、儂らは倒したが。まずは落ち着いて、証拠を見て欲しい」
魔法袋から、討伐部位であるトロールの腕を取り出す。
すると、騒いでいた村人達が落ち着きを取り戻した。
「ちゃんと依頼はこなしてくれた……申し訳ありませんでした」
「いや、無理もないこと。それで、 一体何かあったのだ?」
「貴方達が出てってから村の人達が採取に行ったんだ。そしたらトロールが現れて……運悪く近くにいた俺の婚約者が捕まってしまい……そのまま連れていかれてしまったらしい」
そう言い、涙を流しながら項垂れる。
何故すぐに助けに行かないと思わなくもないが、戦いを生業としていない者には無茶であろう。
それほど、妖魔とは恐ろしい生き物だ。
「では、すぐに助けに行こう」
「……生きているのか?」
「可能性は高い。なぜなら、その場で食してないからのう。そうなると、何処かに巣があるに違いない」
「た、頼む……いえ! お願いいたします! お金なら俺が借金をしてても払うのでどうか……!」
「うむ、任されよう。そうなると、時間が惜しい。ギルドに報告と、村長達と連携して村人達に外に出ないように伝えてくれい」
「わ、わかりました!」
儂が振り返ると、オルトスとアリア殿が力強く頷く。
どうやら、気持ちは同じらしい。
「勝手に決めてすまんのう」
「ウォン!(主人のことだからそういうと思ったのだ!)」
「むしろ、感激いたしました……まるで、物語に出てくる騎士のようで」
「そんな高尚な人間ではないよ。それに冒険者としては、依頼料などを無視して動くのは全体としては良くない」
一人が決まりを破れば、それは全体に及ぼす。
それが良いことだとしても、基本的に決まりは守るべきである。
「それは……そうですね」
「じゃから、後で一緒に謝ってくれるかのう?」
「……ふふ、もちろんです」
「ほほっ、それは助かるわい。では、目撃の場所に行くとしよう」
すぐに踵を返して、再び森の方へ向かう。
そして儂の頭の中には、とある予感が浮かんでいた。
……おそらく、統治者クラスがいるだろうと。




