森の異変
その日は軽い食事を頂き、早めに寝た。
そして夜明け前に起き、いつもの日課をこなすために村長から提供された平家を出る。
すると、オルトスがたたっと駆けてきた。
「なんじゃ、いないと思ったら」
「ウォン(身体を動かしてきたのだ。なんだか、嫌な感じなのだ)」
「確かに嫌な感じはするのう。とりあえず、儂も万全の状態に持っていくか」
オルトスは野生の勘は頼りになり、こういう時の儂の勘もよく当たる。
すぐに素振りを開始し、次第に汗が出てくる。
シャツを脱ぎ、上半身裸になって続きを行う。
「ウォン?(あれ?)」
「むっ? ……おおっ、アリス殿か」
隣の小屋から恐る恐るアリア殿が出てくる。
村長に部屋を一緒にしますかと言われた時は焦ったわい。
儂はともかく、アリア殿は若い女性なのだから嫌だろうに。
「お、おはようございます……」
「どうかしたかな? 顔が赤いように見えるが……」
「い、いえ! なんでもありません! 私、顔を洗ってきますね!」
そう言い、走り去ってしまう。
「なんじゃ?」
「ウォン……(主人が悪いのだ……)」
「なるほど、確かに上半身とはいえ裸は不味かったか。よし、儂も水を浴びて着替えるとしよう」
何故かオルトスは呆れてたが、意に返さず支度を始める。
いくら中級の中では下位のトロールとはいえ油断は禁物だ。
儂が準備を済ませた頃、支度を終えたアリア殿と合流する。
「さて、参ろうか」
「は、はい!」
「そんなに緊張せんで良い。確かにトロールは凶悪じゃが、儂は戦い慣れておる」
「ウォン(多分、そうじゃないのだ)」
「むっ? 違うのか?」
「だ、大丈夫です! さあ、行きましょう!」
足と手が一緒の方向に動くアリア殿を追いかけ、村を出ていく。
それから暫く歩き、ようやく元通りになる。
そのまま進み、一時間程度で森が見えてきた。
「さて、森が見えたか。オルトスよ、気配はするか?」
「ウォン(すぐ近くにはいないのだ)」
「そうなると、森に入らねばか。アリア殿、儂の後ろについてくれるかな?」
「はい、わかりました」
「オルトスは最後尾で、何かあったら儂に知らせてくれい」
隊列を決めたので、ゆっくりと森の中を進んでいく。
辺りはやけに静かで、それだけで様子がおかしいのはわかる。
妖魔はもちろん、魔獣の気配もしない。
「ウォン(生き物がいないのだ)」
「やはり異変が起きているかのう」
「確かに静かすぎますね」
「うむ……よし、もっと奥に行くとしよう」
そのまま慎重に歩き続け……儂の直感が働く。
同時にオルトスが唸ったので正解じゃろう。
「グルル……(臭いのだ……)」
「いたか……アリア殿、戦闘準備じゃ」
「わかりました……!」
その場でじっと待つこと数分、次第に重たい足音が聞こえてくる。
そして木々を押しのけて、その巨体が姿を現した。
体長三メートル、全身緑色の身体にでっぷりしたお腹。
顔は醜悪の一言で、見るものを嫌悪させる。
「グヘェ……」
「相変わらず醜いやつじゃ」
「わ、私を見てます?」
「此奴らは特に若い女性が好みじゃからな」
「な、なんと……」
妖魔は無差別に襲いかかるが、弱い者を狙う傾向がある。
もしくは本能的に、女性が人類の繁栄の元と知っているからなのか。
「しかし、こんな村近くにトロールか……やれやれ、兵士や領主達は何をやっているのやら」
「……本当に」
「まあ、仕方ない部分もあるわい。魔王を倒したことで、妖魔達の統率も無くなってしまったのかもしれん」
魔王とは妖魔を統べる者、奴には妖魔を従える不思議な力があった。
それを倒した今、北の大地から各地に妖魔が散ってしまったのかもしれんな。
……やれやれ、まだまだ役目はありそうじゃ。
「なるほど、そういう見方もあるのですね」
「うむ……むっ? 奴は何かを持っている?」
全体の姿を見せたトロールの手に何かが握られている。
一瞬人かと思い焦ったが、どうやら違う。
見たところ、何かしらの魔獣のようだ。
「あっ! あれは……コカトリスです!」
「ふむ、見た目的には鳥に近い魔獣かのう?」
「ええ。首が長くて羽がなく、通称飛べない鳥とも言われています。ちなみにですが、高級食材の一種なのですよ」
「ほほう……いいことを聞いたのう」
儂の旅の目的の一つ、それは美味い飯を食うこと。
見たところ齧られた形跡もないし、おそらく狩ったばかりとみた。
「グヘェ!」
「ウォン!(動くのだ!)」
「シグルド殿、私がやっても?」
「なぬっ? ……わかった、任せよう」
「ありがとうございます」
その顔には決意があったので、儂は一歩下がって様子を見る。
当然、すぐにでも助けに入れる準備をして。




