お礼
儂が目を開けると、いつの間にか目の前にアルトがいた。
どうやら、アルトに肩を叩かれて目が覚めたらしい。
「おお、アルトか」
「シグルドさんってば、全然起きなかったよ」
「それはすまんかったのう」
「ううん、俺達を助けるために体力を使ったんだよね……」
すると、アルトが神妙な顔をして正座する。
これはただ事ではないと思い、儂も姿勢を正す。
「あ、あの! どうしたら、シグルドさんみたいに強くなれるかな!? 僕、シグルドさんみたく強くなりたい!」
「ふむ……何故、強さを求める?」
「えっ? ……そ、そりゃ、強くなって妖魔とか魔獣と戦ったり」
「冒険者や兵士になりたいと?」
「そ、そう言うわけじゃ……」
儂の問いに、アルトは答えを窮する。
「儂は個人的には、理由なき強さには意味がないと思うておる。あとは、他者を痛ぶるために強くなったりな」
「そんなんじゃ……!」
「それはわかっておる。だが、目的もなく強くなった者の末路は……良いものじゃないのがほとんどなのじゃ」
強さに溺れる者、道を違える者、生き急ぐ者など様々だったが、それらは良くない方向へと行っていた。
そして儂も偉そうなことは言えん……その力を復讐のために使ってしまった故に。
結果的には世界を救ったかもしれないが、それはたまたまに過ぎん。
「そうなんだ……確かに強い人の中には、無意味に偉そうな奴とかいるかも」
「己の力を持て余しているタイプの者に多いのう。さて……何か考えがまとまったら、また聞くとしよう」
「う、うん、わかった」
すると、部屋の中に良い香りが漂ってくる。
ふと扉を見ると、エルが顔を覗かせていた。
「あ、あの、ご飯できたって……」
「き、聞いてんなよ!」
「き、聞こえちゃったんだから仕方ないよぉ〜!」
「ほれほれ、喧嘩するでない。さあ、ローザ殿のところに行こう」
儂は二人を宥め、居間にいるローザ殿の元に向かう。
そこの食卓には、すでに色とりどりの料理が並んでいた。
肉料理と添えられた野菜に白飯、汁物や漬物などもありバランスが良さそうじゃ。
それらは、見ているだけで心が躍る。
「起きたんだね。それじゃ、三人共席についてちょうだい」
「「はーい!!」」
「うむ、有り難く頂くとしよう」
ローザ殿に促され、儂は丸いテーブル席の上座に座らされた。
おそらく、本来なら家長である父親が座っていた場所であろう。
「 わぁー! 肉だ肉! 早く食べようぜ!」
「お兄ちゃん、お肉たくさん!」
「こら、待ちなさい。まずは、挨拶からよ。それに、お客様より先に食べるんじゃありません」
ローザ殿が二人を止め、三人で儂の方を向く。
儂は気にしないが、姿勢を正し向き合う。
すると、ローザ殿が再び頭を下げてくる。
「シグルドさん、二人を助けてくれて本当にありがとうございました。こうして二人と無事に会えたこと、薬の事も感謝いたします」
「シグルドさん! ありがとう!」
「お兄ちゃん、ありがとうー!」
その何度目かわからない感謝に、儂は嬉しくも照れ臭くなってしまう。
だが、本当に助けられて良かったと心から思った。
そしてローザ殿が顔を上げ、儂に食べるように促す。
「ささっ、まずはシグルドさんが食べてくださいな」
「うむ、では有り難く頂戴しよう」
儂が食べないことには二人も食べられないので、その提案を受け入れた。
そして椀を持ち、汁をひと口啜り……その深い味に感動する。
次に具材を口に入れ……ほっと息を吐く。
「美味い……これは味噌汁か。味に深みがあって、それでいてコクもある。大根はよく出汁が染みておるし、途中にある根菜類の食感がまた楽しい」
「あら、お口にあって良かったわ。それは豚汁っていう料理で、お肉の旨味と野菜を一緒に煮込むんですよ。栄養価も高く、これを食べると元気になるとか」
「これが豚汁か……トンガの肉を使っているから豚汁……うむ、肉も美味い」
脂の乗ったバラ肉は、口の中で溶けていく。
何より、その脂は味噌汁全体の旨さを引き出していた。
思わず、そのまま食べきってしまうほどに。
「むっ、なくなってしまった」
「おかわりもありますよ。 でもその前に、お肉の方もどうぞ」
「うむ、それでは……」
次に、何やら薄切りになっている肉を摘み……口に含む。
柔らかくも噛みごたえのある食感と同時に、肉の旨味と甘さが合わさった味がする。
ほのかに香る爽やかな香りはなんなのかわからないが、儂は慌てて白飯をかきこむ。
「これは白飯に合う! いくらでも食べられそうじゃ!」
「あらあら、嬉しい事言ってくれるじゃないか。それは生姜焼きっていうんだよ。トンガのロースの部分を蜂蜜に漬けて、それを生姜とニンニクで炒めて、仕上げに醤油で味付けしたものさ」
「生姜焼き……先ほどの香りはそれか。いやはや、こんな料理があるとは知らなんだ。しかし、これはたまらんな」
儂は戦場暮らしが長く、最前線ではろくなものは食えなかった。
どうやら、知らない間に色々な料理が増えているようじゃな。
すると、それを見ていた二人が我慢しきれずにそわそわしだす。
それほど、ニンニクと生姜の香りは暴力的ということだ。
「ねえねえ! 食べても良い!?」
「お腹減ったよぉ〜!」
「はいはい、もう食べて良いわよ」
「「いただきます!!」」
そして、二人が物凄い勢いで食べ始めた。
そんな中、ローザ殿が儂をじっと見つめてくる。
「何かあったかのう?」
「いや……それって、普通の家庭料理なんだけど。シグルドさん、どんな生活をしてたんだい?」
……儂は数十年の間、北の大地で過ごしていた。
ちらほらと人々は住んでいたが、基本的には野営ばかり。
故に手の込んだ料理など作ることもなく、ただ食べられたら良いと。
「……戦場が長かったものでな」
「あっ、うちの夫と一緒だね。あの人も、ろくなものを食べてなかったって。そんで帰ってくるたびに美味い美味いって……ごめんなさいね」
ローザ殿はそう言い、少し寂しそうに笑う。
戦場で死んだ者達の遺族に会った時、皆同じような顔をしていた。
やはり、まだまだ戦いは終わってはいない。
これから生きる者達のために、儂に出来ることはあるかのう。
「いや、気にせんで良い。それとすまんが……白飯と汁物のおかわりを頂いても?」
「……あははっ! 悪かったねえ! 」
「お母さん! 僕も!」
「私も!」
「はいはい、わかったよ……こんなに楽しい食事は久しぶりだね」
ローザ殿はそう言い、今度は微笑む。
確かに良き者達と美味い食事を囲むのは、この上なく幸せなことだ。
儂は心から、その言葉に同意するのだった。




